八月の引越し
三題噺もどき―ひゃくごじゅうよん。
お題:引越し・気まぐれ・まどろみ
八月に入り、ただでさえ酷かった熱は、さらに本格的になってきた。
じりじりと肌を焼く日差しは、日中には攻撃性を増して、全力をもって襲ってくる。
なんの恨みがあるんだと言いたくもなるが。そもそも、その日差しが強くなっているのも、人間のせいだと言われてしまえば、ぐうの音も出ない。―そういう環境問題とかには、あまり興味がないから、詳しいことは知らないが。
それでもまぁ、自然の頂点にいるつもりの人間様のせいでは、あるだろうよ。自業自得もいい所だ。
「はぁ…」
しかし、その暑さにその人間が耐えられるかというと、そうでもなく。
暑さが増せば増すほど、クーラーを使うし、扇風機を回す。電気使い放題だ。―これもよくなかったりするのか?まぁ、生きていくには、生活していくには、これを無くすのは惜しいので、辞めようがないのだが。
「……」
だが今は、その冷房機器すら稼働していなかったりする。外の室外機は静かだし、扇風機のモーター音も聞こえない。
ただ、窓が開け放たれ。時折生ぬるい空気が通っていくだけ。
半そでをまくり上げ、ノースリーブのような状態にして。極力動きやすく、且つ涼しいハーフパンツを履いて。出せる肌は、むき出し状態。ジワリとかく汗はそのまま。 そのうち畳にシミができそうだ。それは避けたいところではあるが。
「……」
通り過ぎる風は、ザワリと肌をなぜる。涼しくもないので、ただただ気持ち悪さが残る。 かと言って、窓を閉めると、もうこの部屋がサウナ状態になるので却下だ。
ならば冷房を入れろと言う感じだが、まだそれらがそろっていない。残念ながら。
クーラーはまだカバーがついたままだし。扇風機は、多分どこかの部屋にごみ袋でおおわれたままに置かれている。
「……」
その扇風機だけでも取りに行こうかと、思いはしたのだ。が。目の前に広がる段ボールの山と群れに、一気にやる気が失せた。
今からこれを開いて、中身を出しながら整理して、段ボールをつぶして…という過程を考えただけで、もう駄目だった。
「…めんど…」
この八月。
私は、私の家族は引越しをしていたのだ。あっついのに。
夏の。中途半端といえば、中途半端なこの時期に。
ちなみに私自身の荷物と言えば、せいぜい段ボール2,3個分で済んだ。他の家族分もこうして並んでいるから、山になってるし、群れている。
「……」
その家族と言えば、昼食を買いにコンビニに行っている。
私は、もう、なんというか、体力が限界だったので、こうして1人留守番をしているのだ。
まだましな、涼しさがある部屋に。1人。積まれた段ボールに、ぐったりと寄りかかり、足を放り出している。手はもう動かないぐらいに、だらりとなっている。
「……」
これなら、一緒に外に出て、クーラーの効いているところにでも行けばよかったな。と、今更ながら後悔している。遅すぎる後悔だ。もう、あの時はほとんど思考が回っていなかったんだな…と思いつつ。
実際今でも、たいして鮮明ではなかったりするが。
「……」
全く。
もともと、体力も気力もないのに。半端に手伝いなんてするんじゃなかった…。
家族はそんなこと、承知の上なので、手伝わなくてもいいと言われてはいたのだが。
ここで私が、素直に手伝わないという選択を選ぶわけもなく。気にしいで気まぐれなのだ、私は。今日発揮するものでもなかったが。大人しくしとけばよかったのに…。なんで手伝いなんかしたんだろう。 ただでさえ、引越し業者という他人が居て、気が張っていて、それだけでも疲れるのに。そのうえで、気まぐれまで起こして、手伝ってやるか…なんて。どこのどいつだお前は…。
「……」
おかげで、周りに人が居なくなった途端これだ。
体力も切れて、気力も尽きて。
ただぼーっとしてるのが関の山。暑さも相まってなおの事。どっと疲れに襲われてしまって、立っていることもままならない。もう動きたくもないし、眼球を動かす事すら億劫になってくる。呼吸動作でさえ、面倒になってきそうだ。
「……」
しかし。
少しずつ。少しずつ。
疲労は、眠気へと変わっていたりする。こんな暑い中で、眠れるもんかと思いはするが。もう瞼は落ちつつある。思考はすでに停止作業に入っている。
「……」
どろり―とした眠気に襲われ。
私はそのまま、それに身を任せ。
まどろみの中に、落ちていく。
「……」
遠くで、ガチャリと玄関の開く音がしたが。もう私は起きて居られない。空腹より。食欲より。睡眠欲だ。
まどろむ思考の中で、ただいまという声を聞き。
私は意識を手放した。