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コンプレックス

作者: 瑞雨


足がなくなった。

正確にはふとももから下。


178センチあった身長が約半分なくなったのだから、まあ、世界の見え方は変わる。

群衆の中で頭が抜けていないというだけで、頬はこれほど火照るのだ。

感じたことのない、人ごみの圧迫感と地面の熱。

信号待ちの間、なんとなくこちらに向かってくる車を目で追いかけている。

別の道から行く?と友人に訊ねられてはじめて、自分が車ばかり見ていることに気づくのだ。


辛い人として扱うな。

不便を感じている人間として接するな。

私は背が高いのが嫌だったのだ。

人ごみにいると飛び出す自分の頭。

小さい頃から嫌だった。

自分の顎あたりまでしかない友人たちと話をするたび、自分の背中が曲がっていることに気づいた。

よく言われる「モデルみたい」という言葉はもはや誉め言葉でもなんでもなかったし、身長とともに発育していく自分の体は、同い年の子たちとばかりいるとやたらと目立った。

母方の祖父に似て背の高い私は、祖父に似て肩幅もそこそこあった。

背が高く、肩幅が広く、胸が大きい。消せない存在感は私の内面には追い付かない。

中学3年生になると、学校で一番背の高い先生とまっすぐ目線が合うようになった。

じろじろ見られるたびに眉間にしわが寄るので、人相が悪いと母によく叱られた。

背が高いのが嫌だった。

嫌だったのは背の高さばかりではなかったけれど。


あんなに嫌だった身長がなくなっても意外と何も思わない。

足はもうない。

生えてはこないし、自分では歩けない。車椅子がなければ移動はできないし、外で会話すると首の痛みと太陽のまぶしさは当たり前についてくる。

私は、足がなくて肩幅が広く胸が大きい背の低い女になった。

私からなくなったのは足だけで、変わったのは目線だけだ。

嫌なところが、一つ、減っただけ。

苦手なものは増えた。それと同時に頬の火照りと同様、気付くものもたまにあった。

私は案外散歩が好きだ。

心配性な人間が周りに多いので、ゆっくり知らない道を独りで開拓する、という密かな趣味はもう少し経たないと再開できそうにないけれど。

成長を見守っていた猫の親子は、多分もうあそこにはいない。

遠野さん(表札にそうあった)の家の老犬もそろそろ見かけなくなってしまうかもしれない。

実家の近くの公園にあるイチョウの葉を頭に感じることはもうない。地面に張り出す根が車椅子で近づくには邪魔で、少し離れて見るばかりになった。


足がなくなった。

でも足のない私に、依然として私は、足のあるころと同じコンプレックスを抱えている。



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