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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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悪役令嬢死んじゃった

作者: 藍砂

 まず人生の一回目。あぁ、これを誰かに言うことはないのだけれど、死んで痛い目に遭ったとか、同情はしなくて結構よ。ああ、こんな言い方をしては誤解されるから言い直すわ。

 気にしないで大丈夫。

 だってこれは、確かに私の過去に起きた話だけれども、別に話したいから話すだけであって、共感してほしいわけではないから。



 私、アルシュ・シュタンツルの華々しい人生の一周目――まだ、一周目なんて考えもしなかった、未だ純粋無垢で無知だった、可愛らしかった、馬鹿な娘だったとき。


 そう、本当に初め、最初の人生は婚約者であり、王太子でもあるユーリス様に殺されてしまったの。


 えぇ、巷で流行っている恋愛小説みたいに、王太子の愛しい恋人の殺害を企てたとかで彼がお怒りになり、裁判なしの公開処刑が決定されてしまった。勿論、収監されたのは貴族が入るような牢屋ではなく、監獄に連れていかれて、大罪人が収容されるみたいな――とにかく酷いプライベートもない地下牢で最期の刻を過ごしたわ。

 その頃には、学園はおろか、社交界にだって悪女という噂は蔓延しきって――お察しの通り、実家である公爵家は、私のことを助けようとするどころか、絶縁を宣言して見捨てたのよ。

 仮にも未来の王妃になる筈であった私が処刑されるなんて――とあの頃は憤慨していたけれど、公爵家は異母妹のミリアがいたから、父としてはどちらが王妃になり替わってもいい。寧ろ異母妹のほうが操りやすいだろう――ていう魂胆もあったのだと思う。


 とにかく、誰にも面会することなく、私は処刑の日を迎えたのだ。

 ここで恋愛小説だったら、誰かが助けに来てくれるみたいな一縷の希望も抱くのだけれど、私は誰もが認める稀代の悪女。だから結局、誰も彼も私が悪いと嘲笑って、誰も助けようとしてくれなかった。


 痣だらけの身体に白いワンピースを着せられて、監獄から首都が一望できる広間に連れられて。

 断頭台が壊れていたらいいなと思ったけれど、処刑人のやつら、ちゃんと仕事をしていたみたいね。組まれた断頭台はまるで山領の如く私の前にそびえたっていたの。

 斜め状に刃は昨日もきちんと手入れがされていて、ちっとも錆びていやしなかった。いいえ、もし錆びていたら錆びていたで中途半端に落ちたとしたら、私が長く苦しむことになったのだから錆びていなくて別にいいのだけれど。


 断頭台から見える光景は――周りは人でいっぱいだった。貴族が処刑されるということで詰めかけた悪趣味な民衆たち。

 ううん、私にだって分かっているの。彼らの娯楽はこんなことしかないことぐらい。でも今回娯楽を提供するのが私だということだけには、納得はしていなかったけれども。


 そして処刑台に上った王太子にこう言われたわ。空を見ながら死ねと――実際、青く澄み渡った空を見たわ。

 ええ、お察しの通り、私は仰向けで寝かされたの。王太子には、彼女はもっと怖い思いをしたのだ――とか言われたけれど。青い空の視界に映る鈍色の刃より怖いものなんてあるのかしら。

 そうして悪女アルシュベタは、断頭台の露と消えたわけだとさ。ちゃんちゃん。なんて、納得できるわけないじゃない!


 首が落ちた瞬間、この世界の全てを呪ったわ。ええ、何も悪いことをしていないのに、冤罪で斬首刑に処されるなんて絶対にこの世は間違っている――


 そう思ったせいか、私はそうなった原因の王太子を呪い、嘆き、怨嗟という怨嗟で呪詛を重ねたお陰か首を斬られた次の瞬間、なぜか私は子どもの頃の姿に戻っていた。


「は?」


 私は戸惑い、それから目をまん丸くしながら周りを見渡す。

 今は――そう、私は覚えている。このとき私は、王家主催のお茶会に出席したのだった。


 まだ王太子の婚約者に内定される前の、そして見合いを兼ねての、王子のお茶会。

 この見合いは、政治的思惑を大いに兼ねていて、大人たちが陰から見守っていた――云わば出来レース。そして私はこのときはまだ、保守派筆頭の、公爵家の娘という役割を担っていた。


 私は混乱した頭を悟られないように、必死に過去を思い出す。そう、今から王子が現れて、特に問題がなければ私が王子の婚約者に内定となる。

 けれども、死んだ私にとっては既に過去なのだけれど、今の私の未来を見せられて、誰が王子の婚約者になりたいと思う――?


 私は周りの人間にくるりと笑ってから、それからおもむろに席を立ち、退出する。

 誰が止めてきても私が歩みを止めることはない。


 政治的案件? 出来レース? そんなの知るものか。私は殺されるとわかっていてむざむざ首を差し出すほど甘くはない。


 そうして始まった二周目の人生。やられたらやり返す。一周目では嵌められてしまったけれども、二周目となるとそうはいかない。

 この頃はまだ、王子の後ろ盾と私の実家の権力と比べたら、私の実家の方に軍配は上がっていた。だから私がわがままを言って茶会を放棄しても、実家の求心力が落ちるなど、そんなことはなかったのだ。


 家にさっさと帰って、まずしたこと。

 まずは異母妹を排除した。


 この頃はまだ異母妹は公爵家に来ていない。来るとしたら再来年。実母が亡くなり、喪が明けた直後。

 だから、私はまず実母を助けてあげた。

 実母とは実はそんなに仲良くない。あの父親に似ていないとかで、私は敬遠されていた。なので私は実母の実家と連絡をとり、母親を引き取ってもらうことにしたのだ。

 一年後、彼女は夫の浮気が発覚してほどなく発狂死する。それが自殺か他殺か、今となっては知る由がないけれど。

 だが実母の実家に前もって知らせておけば。彼女の安全は守られる。

 実母は隣国の皇族だった。皇帝は、実母の実兄。更に皇帝であり実母の実兄である彼は、家族の枠を超えて深く実母を愛していた。


 当時の私は気持ち悪い――と言って一笑に付していたが、今となっては利用する価値がある。


 私は丁寧に隣国の皇帝に連絡を入れて、彼女を即刻引き払ってもらった。勿論、父親の浮気も報告して。


 皇帝は激怒するだろう。大事な最愛の人を悲しませたと怒り狂って、周りの人間が幾人も消えてしまうほどに。そう、それが私の狙いだった。

 隣国の力は強大だ。それは公爵のお気に入りといえども、娼婦の親娘の命がいとも簡単にかき消されてしまうほどに。


 連絡を入れて数週間後、私は父親が落胆している姿を久々に遠目で見た。

 妻にも逃げられ、愛人も死んでしまった可哀そうなお父様。

 そんなお父様を、私は陰ながらせせら笑ってあげた。


「あぁ――可哀そうに。お父様。妻にも愛人も逃げられて。娘だったかもしれない子どもも殺されて、可哀そうにねぇ」


 そう、愛人の娘は異母妹であったかもしれない、公爵家の血を継いでいない娘だった。

 公爵の実の娘ではない事実を、教会の結果を握りつぶしていたあのお父様だったけれども、残念ながら握りつぶす前に死んでしまったら、どうにもできないものねぇ?


 私は何もしていない。ただの善意で父親の所業と母親を引き取ってもらえるよう手紙を出した――ただそれだけのことをしただけだ。

 本当にそれだけ。結果として尊い命が犠牲になってしまったけれども、直接手は下していないので、私は善人のままである。


 こうして私は人知れず、将来、公爵家を乗っ取る異母妹を排除したのでした。ちゃんちゃん。

 となればよかったのだけれど。


 二周目になって私は油断した。異母妹と聖女、王太子を排除するだけでいい、と思い込んでいたのだ。

 実際は排除だけではダメだった。完膚なきまで全ての可能性を潰すべきだった。


 お察しの通り、私は二周目でも殺された。誰にだって? 実は異母妹でも聖女でも王太子でもない――ただの執事ですらない、従僕に殺されたのだ。


 本当に唐突だった。気ままに屋敷を歩いていたら、どんと衝撃を受けて。吃驚して腹を見たらナイフが深々と突き刺さっていたのだ。

 目の前を見たら、憎々し気に、異母妹と全く同じ髪と瞳をした少年に睨みつけられていた。

 そういえば一周目で、公爵家にこんな顔をした、異母妹付きの執事がいたっけ。

 確か名前は――


「ミリア! 俺はついにミリアの仇をうったぞ!」


 そう叫ぶ少年は、既にほかの従僕たちによって取り押さえられていたけれど、その前に私を助けるべきじゃないかしら。

 血を多く流しすぎて目が眩む。やがて立っていられなくなった私は前にぐらりと倒れて、ついに視界が暗転した。

 一周目よりかは屈辱的ではないけれど、なんてくだらない理由で死んだのかしら。


 敵は異母妹だけではない。恐らくミリアの異父兄も、私の排除項目(リスト)に書き加えられた。


 そうして迎えた三周目。私はまず、異母妹の排除の前に、怒りをもってこの少年を追い出した。

 ただ追い出したのではない。皇帝が父の愛人とその娘を排除する前に、焚きつけてあげたのだ。もしかしたら彼女たちの存在が、隣国の皇帝の怒りを買ってしまったのだと。

 面白いぐらいに彼はまっすぐであった。だから前回も、私を黒幕と断定して、短絡的に私を刺してしまったのかしら。まぁ、私が原因っていうのは否めないけれど、でもだからってどうして私を刺すのかが解せないのよ。

 彼は一夜にして従僕を辞し、彼女たちを連れて逃げた。結果はお察し。国直属の暗殺者から逃げられるわけないのよねぇ。


 そうして私は安心して二周目を迎えた。

 次は聖女の排除。王太子はまだ殺さない。彼には一周目の借りを倍にして返さなければならない。


 聖女とは何ぞや――様々な憶測が飛び交うその存在の正体は、異世界から来た渡り人である。異世界なんて吃驚したかしら? 私もあまり信じられないけれども、彼女たちは時空を超えて、時折私たちの世界に益をもたらすために落ちてくる存在――と謳われている。故に聖女と、少なくとも私たちの世界では信じられた。

 はっ、私にとっては最大の害虫よ。いいえ、あの黒くて光る虫のほうがまだいいかもしれない。


 とにかく私は、聖女の排除に乗り出すことにしたのだ。


 といってもねぇ、することと言ったら、聖女召喚の魔方陣を潰すことぐらいかしら。

 いつか誰かつくったかもわからない魔方陣は、神殿にある部屋に鎮座していた。作った人はすでに死んでいる。大魔術師が生涯をかけて作ったものだから、壊しても誰も直せない。


 だから徹底的に、聖女召喚の魔方陣を壊す。


 壊すのは簡単だった。神殿の聖騎士は、大の男なら警戒するけれど、幼子だったらあまり警戒しない。私が魔方陣を壊そうなんて大罪を犯すなんて、誰も考えやしない。

 それを利用した。聖女召喚の部屋は、教会内の敷地の離れた塔にあった。塔は常に騎士が警備しているが、決して穴がないわけではない。

 礼拝の時間は、騎士達が一番眠くなってしまう時間。心地いい歌声は、私だって少しうとうとしてしまうぐらい。

 塔は修道女たちの歌声が聞こえるかのような位置にある。だから礼拝に参拝するふりをして、彼らが眠くなった隙に、そっと忍び込む。

 この姿ならもし見られても叱られるぐらいで、何の罰も下されない。迷子になった――と言い切ればいいのだ。

 塔は幼児が一人が入り込むほどの穴が空いている。そこにねじ込んで入ればこの通り。


「わぁ……」


 聖女召喚の儀に一度立ち会ったきりだけれど、中は清廉とした空気が漂っていた。まるでこれから、あの悍ましい彼女が召喚されるとは思えないほど。

 私は年月が経ち、蔓に覆われた柱がそびえたつ中庭を歩く。塔は吹き抜けであり、天井からは未だ高く昇っている太陽が見えていた。


「ふぅ」


 幼女の脚だと普段より時間がかかった気がするが、それでも私は、自分の記憶を頼って聖女召喚の部屋に辿り着く。

 聖女召喚の部屋は、扉がない。塔の中は見張りの騎士もいないから、私の歩みを止める者もいない。

 私は中に入り、それから魔方陣を一瞥する。

 青い竜の血で描かれたといわれる、精緻起筆の、一切の汚れない魔方陣。私はそれを、持っていた瓶の中身を一滴、魔方陣の上に垂らすだけ。


 じゅわぁ。


 思った通り。魔方陣の一文字は、煙を立てて綺麗さっぱり消え去った。正確無比ゆえに、一文字消してしまえば、それはただの文様となる。そう、たったの一文字。一文字さえ消し去ればそれでいいのだ。

 これでもう、聖女は召喚されない。

 私はリズムよく飛び(スキップし)ながらその場を後にした。後は見張りの兵に見られないように逃げればいいだけ。

 聖女召喚の儀式は今からちょうど十年後だろうか。まさか十年も前にこんなにも可愛らしい子どもが悪意をもって塔に入り込んだなど、今度こそ誰も私を犯人だと思うはずがない。


 そうして私は人知れず、この世界の聖女召喚を永遠に消し去った。もう異世界に住んでいる女性は、文化も言語も、何もかもが違う世界に落とされるなんてことを心配しなくていいのだ。私は彼女たちに感謝はされども、恨まれることはないだろう。


 邪魔な異母妹は消し去った。異母妹の兄は嗾けて殺された。邪悪な聖女は召喚されることはない。


 後は王子だけだ。王太子となる前に、こちらから仕掛ける。

 そう思っていたのだけれどね。

 またもや私は殺された。


 三周目の最後は、私の義弟に殺された。明確な悪意を抱かれて、証拠があるからと裁判に持ち込まれて結局、毒杯を仰げと命じられてしまったのだ。

 義弟は、一周目では私と異母妹がいずれ外に出るからと、親戚から引き取られた子どもだ。でもまさか、あんなに父親と義弟が共謀して私を貶めるなんて、誰も思いやしないじゃない。


 でも、一周目と違って、処刑の前日に彼と話せたのは良かったかもね。


「あら、きたの」

「思ったより元気そうだな」

「まぁね」


 せっかくなので読書をして暇をつぶしていたら、義弟のセオが現れた。

 彼はこれから私を殺そうというのに、相変わらずの太々しさで。この図太さは評価するけれど、読書の邪魔をするなんて無粋よね。

 せっかくなので、彼に私を殺す理由を訊いてみる。勿論本を読みながら。読書の時間の大事な時間を、全て義弟との会話に使うはずないじゃない。


「なんで私を嵌めようと思ったの?」

「誤魔化すな――妹と弟を殺したのは、貴様だろう」

「証拠も捏造して断定するのはよくないと思うわ」


 そう、証拠はすべて捏造されたものだった。私はすべてにおいて証拠を残していない。一周目と二周目であんな目に遭ったのだ。少しは頭をまわして、そして証拠は隠滅した。

 だが彼らは見事なまでに証拠を用意し、私を陥れた。

 裁判で無罪を主張することもできなかった。全てがまるで予定調和のようにすすめられ、当然のように有罪判決が出てしまった。


 彼は私があたかも罪人であるかのように断定する。その言い方で。私は。


「あなたには明確な殺意があった。それは今後、公爵家の大きな影となる。その前に処理しただけだよ、義姉さん」


 私はその一言で安心した。

 だってこれで、私がちゃんと、彼を殺す理由が存在する。


 そうして私は次の日、毒杯を仰いで死にましたとさ。


 四周目の最初。私が自我を取り戻したとき、まずしたことといえば。

 皇帝に向けて手紙を出さない。つまり、異母妹を殺さなかった。今度は彼女たちも殺さず、異母妹の兄――ミカを利用することにする。

 といっても、いずれ私がとどめを刺すのは決定しているけれど、まぁ四周目ともなると、遊び心が出てくるわよねぇ。


「ミカ、あなた、可愛らしいお母様と妹様をお持ちのようね」


 ミカは酷く単純な思考回路をしている。つけ入る隙はそこにあった。


「でも、最近、隣国の皇帝があなたたちのことについて嗅ぎまわっているらしいの。存在がばれてしまうと、酷くお怒りになさってしまうわ――でも安心して、私が、あなた達親子を出来るだけ匿ってあげる」


 あまぁく、まるで楽園の蛇が神が創った生き物を陥れるかのように、甘く囁く。

 ミカの瞳が揺れている。ふふ。あともう少し。あと少しで、彼は完全に私の虜になる。

 私だって、ちゃんと磨けば異母妹に負けず劣らずの美少女なのだ。その私が少し目を向ければ、ほら、この通り。


「その代わり、あなたは私に従順なさい。でないと、皇帝に知らせてしまうのは、私の役目になってしまうわ」


 私は本当に困っている風を装って、彼に語り掛ける。

 うんうん。悪くない感じの反応ね。そうして彼は降伏した。床に膝をがっくりをつけて落胆しているようでもあるけれど、まぁそんな濡れたような子犬のような目をしなくても、ちゃんと守ってあげるわよ。


「そう、いい子ね。私、素直な子は嫌いではないわ」


 私は顎をくいと持ち上げて、視線を無理やり合わせる。あら、悪女みたいなこともやればできるじゃない、私ったらもしかして女優の才能もあるんじゃないかしら?


 ともかくこうしてミカは私の忠実な下僕となった。

 下僕って意外と便利ね。一言命じればなんだって出来てしまう。練習も必要だけれど、命じればこの通り、髪を整えることだって、服の着替えをさせることだって――聖女の魔方陣を壊すことだって、難なくやってのけてしまうのだ。


「アルシュベタ様、こんな大罪を……私は……犯していいのでしょうか」


 前言撤回。彼は少し迷っているみたいだった。

 仕方ないわね。私はちょっと笑顔を見せて、彼にいかにも、自分は正しいことをしたのだと言い聞かせる。


「ええ、もちろん。私たちは未来の聖女を助けたのよ。彼女たちは元の世界に戻れないって、枕を涙で濡らさなくたっていいの。罪なんて犯していない。私たちは、誰に咎められやしない善行をしたのよ」


 って、言えば、彼も納得したみたい。ううん。分かってくれたのはいいけれど、そこまで聞き分けいいと、将来騙されやしないか、少し不安になってきたわね。


 ということで、私専用の従僕をつくって、聖女の到来も潰した。この次は。


「……我が愛しい、最愛の人、どうかその瞳に私を映してくださいませ」

「あらあら、まぁまぁ」


 義弟なんだけれど。ちょっとこれには引いてしまったわ。いえ、この変貌っぷりには私も驚いたのだけれども。まさかここまでとは思わなかった。


 恐らくなのだけれど、一周目では異母妹と肉体関係を持っていたと思うの、彼。あの言い草、あの表情。かつて異母妹に見せていた表情にそっくりなのである。三周目の最後だって、彼女を気にしていたのだから、恐らく関係を持っていないにしても、いずれ愛人にしようとかぐらいまでは思っていたんじゃないかしら。

 だから、殺されないために義弟を恋の意味で落とした。むろん、私は安い女ではない。身体に触れさせることだって、本当は嫌なのだけれども、仕方ない。手ぐらいは繋がせてあげる。

 彼の好みは異母妹そのものだ。異母妹っぽく、ちょっとあざと可愛く振る舞えばこの通り。

 私に毒杯を仰がせるような悪魔から、可愛らしい子犬に早変わり。どうして最初からこうしなかったのかしら。ああ――面倒臭いってのもあったかもね。じゃあ、仕方ない。


 こうして、私の死ぬ原因は四周目にして次々に懐柔されていった。

 さぁ、これで五周目にいかず、老衰で息を引き取ればよかったのだけれども。


 残念、五周目、始まっちゃったのよねぇ。


 死因は絞殺。私は見事に、義弟の愛情を読み違えたのだ。

 うぅ、何て馬鹿なのだろう。しかし、義弟の愛情を甘くみていた私にも一因がある。


「――……ぁ、ぅ゛っ」

「何故、どうして私だけを愛してくれない!」


 義弟はこの通り、とても厄介な性質を持っていた。病んでいる(ヤンデレ)――っていうやつかしら。

 それは私を殺すまでに至ったけれども、誰にも愛情を注がれなかった私が唯一、愛されながら死んだ瞬間。正直、もうこれで昇天したっていいんじゃないかなと考えを過ってしまうくらいな――幸福な死に方。


 だが、神様的にはそうはいかなかったらしい。

 私は残念ながら、もう一度、いつもの茶会で、呆然とティーカップを持ちながら、王子を待ち詫びているあのときまで戻ってきてしまったのだ。


 こうして始まった五周目。今度は面倒だけれども、義弟への愛を前回よりも控えめにしてあげた。彼に殺されない程度の塩梅。私は加減だって覚える、学習できる子なのである。

 一瞬殺そうとも思ったが、誰にも愛されなかった私に対して歪んでいながら唯一愛を示してくれた子なのだ。それなら、もうちょっとだけ付き合ってあげようと思った。


 前回と同じように、ミカを懐柔し、父の愛人たちを外国へ逃がし、聖女召喚の儀式を潰し、義弟を唆す。

 ここまでくると最早流れ作業よね。多分空気を吸うの同じぐらい片手間でできちゃうのかしら。


 けれども私の存在意義を忘れてはならない。

 王子を嵌める。完膚なきまでに叩き潰す。あと出来れば断頭台に送りこむ。


 仰向けに寝かせるのは……ちょっと可哀そうだからやめてあげるわ。あら、なんて優しい私なんでしょう。あの綺麗な青空を独り占めしたいっていうのもあるけどね。それは誰にも言わない、私だけの秘密である。


 ちなみに二周目から四周目の間に王子の婚約者に選ばれたのは、私ではない令嬢であった。まぁ今回は、私が再び婚約者になったのだが。

 婚約者に舞い戻ったからには、そんなたいそうな顔をしてもらわないようにしましょう。何せ私がむかつくから。ええ、こういうとき、気持ちって大事だと思うのよ。


 ついでに今世では面倒くさい仲裁を経たお陰で、父と実母は、かつて見ないほどの仲の良さを見せてくるようになった。私が愛人を外国に逃がしたことを露とも知らず、落ち込んでいる父親を何も知らない母親が見て慰めていたら、見事この通り。近いうちに実弟も生まれるんじゃないかしら。まぁ、どうでもいいことなんだけれど。


 なので、我が家の求心力が落ちることもなく、今は平穏そのもの。義弟もまだ義弟にはなっておらず、今はもしかしたら公爵家を継ぐかもしれない、ただの親戚の子ども、私と元義弟の関係は、それだけだ。

 だが彼を放っておくとちょっと面倒なのと、前述のとおり前世のとき少し可愛かったので、着かず離れずの距離をとりながらご機嫌をとっている。父に何故彼を知っているのか? と、訊ねられたが、そこは親戚の会議で知り合った――ということにしておいた。


 というわけで王子攻略に戻りましょう。と、言っても異母妹もいなければ聖女もこないのよねぇ。彼、どうやって陥れようかしら。

 と、長年考えていたけれども、火種は向こうからやってきてくれた。というか、それどころではなくなったってしまった。


 そう、隣国との関係が悪化したのだ。

 原因は隣国の皇帝のご乱心。二周目から四周目は母が皇国に戻ったから皇帝も暴れていなかったけれど、そうね、確か一周目はご乱心したんだっけ。

 随分昔のことだから忘れていた。


 そんなこんなでやってきた王宮生活。穏やかに行くはずもなかったのよ。

 隣国の皇帝のご乱心で、政治がちょっと、いえかなりごたついてしまって。


 私はあっけなく殺されてしまった。

 いえ、ただ死んだのなら良かったのよ。そうじゃないの。隣国からやってきた留学生に階段から突き落とされて首の骨を折って死んだなんて、そんなのあり得ないじゃない。

 私ったらなんてか弱いのかしら。いえ、あんなに高い階段から落とされて無傷だったら、それはそれで怖いけれど。


 私は学習する女だ。と、同時に、前回の死因を深く追及して、対策を練ることもできる女なのだ。

 目覚めたと同時に、私はいつものように、ミカを懐柔し、父の愛人たちを外国へ逃がし、聖女召喚の儀式を潰し、義弟だった親戚の子を唆す。


 それから遠くない未来でやってくる隣国の女について調べることにした。

 名をミリア……あら、気のせいかしら、聖女と同じような名前なのだけれども、どうにも作為的な意図を感じた気がするわね。

 思えば、異母妹だった子……今ではマリアと改名したんでしたっけ。彼女も元はといえばミリアという名前を付けられていた。あら、やっぱり異母妹も聖女も、存在自体がおかしかったわね。


「あらあらあらまぁまぁ」


 ここで私は一つの結論に至る。公爵家の衰退も、皇帝がご乱心したせいで我が国が不安定になったのも、そもそも最初の私の処刑についても、何もかももしかしたら隣国のせいなんじゃないかしら。

 あら、これもしかしたら、内輪揉めしている場合じゃない――?



 ◇



 あれから、随分とまた殺されてきた。

 窒息死、溺死、轢死、圧迫死――色々な死に方をしてきた私だけれど、もう私は殺されない確信がある。

 そんな今日という節目。私は今、断頭台の前にいた。


「……王子、大丈夫ですか」

「……あぁ、アルシュベタは強いな。どうしてそんなに強いのか、聞いてもいいかい?」

「そんなこと――ユーリス様が隣にいるからこそです。皆まで言わせないでください」


 彼が生気のない、青白い顔をしているのは随分前のことから。

 私は婚約者として彼を慰めようとした。私は彼のやせ細った両の手を握りしめ、ユーリス様を叱咤激励する。


「しっかりなさってくださいませ。辛いことですが処刑の立ち合いも、かつて彼女の採用を起用した王族の勤めなのです」


 私はそういいながら、処刑の立ち合いする王子を慰める。

 どうせなら私も着いていってあげよう。私も、この一連の出来事にかかわった人間だ。彼と苦しみを分かち合うのも、婚約者の役目かもしれない。


 処刑は雲一つない、綺麗な青空の日の下で行われていた。

 公開処刑。国家転覆を担った人物は、たとえ隣国の者であれども例外なく断頭台へと送り込まれる。処刑される人間の名前はミリア。国を混乱に陥れようとした稀代の悪女。

 彼女は隣国との関係を疑われたけれども、残念ながら彼女の口からは証言はついぞ出なかった。もしかしたら彼女も、隣国から切り捨てられた哀れな人形かもしれない。

 だが、そんなことはどうだっていい。

 今日、彼女は処刑される。その事実が、私に必要なのだ。


 刑は恙なく執行される。白いワンピースを着て現れた少女は、どうしたって国家転覆をはかるような、そんな容姿をしていない。

 だが実際は、隣国から送り込まれた最悪の暗殺者。まぁ、彼女に実際殺されたのは前回だけだけれどね。それでも、殺されたのは確かな事実なのだ。


 今世では、彼女は私を殺そうとする決定的瞬間を見られたから捕らえられた。だからこそ隣国の者の犯行と断定されたのよね。まぁ、今となっては私が殺されないなら、何だっていいのだ。


 鐘が鳴る。執行の時間だ。もしかしたら最初のときになかったかのように、誰かが助けに来てくれるかもしれなかったけれど、そんな万が一のことは私が予め潰しておいた。

 だって、私のときは助けてくれなかったのに、彼女の時だけ救世主が現れるなんて、そんなこと許される筈がないのだ。


 鐘が鳴る。彼女の首は固定された。勿論、うつ伏せで。私は優しいから、青空を見上げるような最期なんて迎えさせない。あれは私だけの特権だ。私が恐らく繰り返した理由。この世のあらん限りの怨嗟を、天に聞かせるなんて、他ならない私が許さない。


 鐘が鳴る。隣のいる王太子は強く前を見定めながら、私の手を痛いほど握りこむ。私の手、壊死してしまうのじゃないかなって考えたけれども、まぁこの短い時間なら許してあげましょう。


 鐘が鳴る。処刑人が手を上げる。助手たちは処刑人を見て、それから紐をめいいっぱい引っ張り。そして。


「……――ぁ」


 民衆が沸いた。彼女の頭が処刑人によって掲げられた。空高く。それらは思った小さく、私にとって大きかった。


「……私は、一人の人間を、殺したのだ」


 ユーリス様が小さく呟いた。独り言のように聞こえたそれは、確かに私の耳に届く。

 何を今更――と、鼻で嘲笑したくなるが、我慢する。


 これは暗殺者が王太子妃の謀殺に失敗した――愚かな結末。

 何をもって私が殺されたか、未だ分からないことが多いけれども。


 でも思ったより、気分はすっきりしなかった。

 だって私は結局、王太子妃に収まっちゃって、王子は無事に王太子になってしまったのだから。


 王太子は、私が味わったような屈辱や挫折を未だ経験していない。

 若いときに苦労はしたほうがいい、って、どっかの誰かは言っていたけれど、私ほどではないにしろ、王太子だって、ちょっとは初恋が叶わないみたいな思いをしたっていいんじゃない?

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