全ての祈りは彼の為に彼は全ての願いの為に
ー陽射しが全てを溶かす様に照りつけ、街路に溢れる人々は歩むたび大気を昇華させて行く。一歩のあゆみに10歩の労力を必要とするこの都会ーエラヴィースは、種種の熱波でむせ返る大陸随一の都邑である。この都市は翠玉を名産とし又その加工地としても知られ、その細工は特に玉の製造において優れる。諸国の宝石商は”エラの翠玉”としてこれを珍重し、多くの商人がこの街を訪れたのだった。その街路は彼らを饗す”迎賓館”ー妓館、湯殿と呼ばれる、淫靡な風呂屋が軒を連ね、露店や物売りの類は数知れず。女目当ての客も多く、街路は油ぎった嬌声に満ちた。著名な詩人ウェッハは旅行中この街に滞在し”エラヴィース 世俗の愉悦を粋した街 渇欲のオアシス”と、詠いその艶美を評したが技巧を重んじる彼にしては簡素な造りのこの詩は、寧ろ生々しい欲望の渦を感じさせる。かくして渇欲のオアシス方3キロの市街は人に埋まるようにして繁栄を続けたのである。最もこの”翠玉の都”も無憂では有れなかった。それは寧ろ必然の部類に属するものであった。 (中葉の出来事或いは私的旅行記 砂漠 より)バーニシア王国の副都エラヴィースは今危機に瀕している。それもおよそ類の無い危機である。例えばそれは或いは自滅的なものであり、又被加虐的なものでもあり、幾人かにとっては、天命とでも称したくなる出来事であっただろう。なぜなら、その当事者全てが”自分は悪くない”と頑なに信じ、またそう振る舞ったのだから… キュンリク王年代記 序