転生してチート貰ったにしても人生が長過ぎて引きこもらざるを得ない!!!!!
異世界転生して100年が経った。
俺はかつて英雄だった。異世界のことなんて何も知らないままに、魔王を倒した。無我夢中だった。チートマンで、人々の賞賛があった。幸せだった。
やがて、年を取り異世界転生おじさんと呼ばれる年になった。俺はやはり強かった。強すぎて浮世離れし過ぎて、不安で一時期山籠りもしたけど、数年で都に帰った。お世話になった王様が亡くなっていて、酷く悲しい気持ちになった。年を取ると、誰かが死んでも気持ちが割り切れるなんて嘘だと思った。俺はワンワン泣いた。それまで、強い男は人前で決して涙を見せないんだなんて、バカみたいな考えを持っていたのに。16歳の頃に見た古いヤクザ映画のあのセリフは嘘なんだと知った。抗争とか、仁義とか、放っておいても発展し続ける社会の中で後先を考えなかったあの時代はもう終わったんだ…。王が亡くなって、俺はそう思った。数年も山籠りをしたせいか、俺は身体に少しだけ老いを感じていたんだ。王の葬儀の日、城に出撃してきたドラゴンを斬った。空に浮かび地上を見下しブレスを吐く卑怯なドラゴンを、7階建ての建物の窓からジャンプして、空中でぶった切った。血しぶきを浴びながら落下する俺。人々は地上で風呂敷を広げて、俺の身体を優しく迎え入れてくれた。喝采が起こった。ボロになった街の復興が始まった。勲章をもらえた。授与式に出た。でも、あまり嬉しくなかった。人々はドラゴンが 撃退を喜んでくれたけれど、俺の言い知れぬ不安はドラゴンを斬っても拭えなかったのだ。ドラゴンなんて、都の外にはうじゃうじゃいる。全てを殺すのか?俺が…。いいやダメだ。全部を殺せば生態系が崩れて、ひいては都の人々が困るのだ。
「……ふっ」
笑えた。
俺はいつの間にかすっかり異世界人になっていた。何も知らず魔王を倒したあの日、俺にはこの世界の住人などRPGのモブにしか思えなかった。俺は、俺の為に魔王を斬った。今でもそれは正しいことだと思っている。世の中のことなど切り捨てることが出来る人間が、古い時代を終わらせ、結果人々が新しい時代を謳歌する。それでいいじゃないか。実は魔王と人間の上層部が裏で繋がっていたことなんて、人々が知る必要はないんだ。若き日がく然としたあの事実。俺は逃げた、山に。
やがて、都に災厄が訪れた。またドラゴンがやって来たんだろうって?……ハズレ。王亡き後の内乱と、疫病のまん延に地震、豪雨による飢饉。俺は、何となく、そうなる気がしていた。何故って?俺が切ったドラゴンが死に際に、俺にだけ聞こえるようにドラゴン語で言ったのだ。「ーー何故殺す…。俺は前王との盟約により都を襲いに来たのだぞ…。余亡き後、外側から都を壊して欲しいと。莫大な金品と引き換えにな…」、言ってドラゴンが不遜に笑った。俺はその脳みそをぶっ刺して血しぶきを浴びた。龍の血を浴びたのだ。
そして、内乱もやがて終わった。勝者が王になった。俺は誰にも手を貸さなかった。王は新しい王宮を建てた。俺は、力はあるのに全く動かない人間になった。だってもう年だし。自分一人の人生をどうにかするくらいの金も、家もある。お世話になった王の娘は殺されそうになっていて、俺はそいつを龍の巣へと追い出したが、仕方ないじゃないか。所詮全ては救えないのだ。家にかくまって、これから生きていくそんな気力はもうないんだ。今の俺はもう魔王を斬らない人間なんだ。
そして、俺は時計を買った。剣を売り、つつがなく暮らし、近所の人々に朝と昼挨拶をする老人となり、俺の成した偉業など誰も知らない時代になった。若者は冒険者を志さなくなった。現実はつまらないらしい。そういう話を聞くと、もう俺の知らない新しい時代なんだな、と少し寂しくもある。俺は庭の花に水をやる。毎朝、毎朝。こいつらはすくすく元気に育つから。子どもや花、それらが元気なら俺は幸せだ。そういえば、時々ドラゴンが挨拶に来る。いや、正確には俺がドラゴンたちに会いに行く。都では流石に会えないから、時々遠くの山に出かけて、100羽ほどの若い龍たちに会う。聞くと大概、もうすっかり老人の俺より年上なのが少し笑えるのだが、恐ろしく長寿の彼らのことだ。「龍神を強き人間…何故もう何もせぬ??」彼らはよくそれを言う。何故って、俺にも分からないよ。だって、俺は元々山に引きこもるような人間なんだぜ。家で毎日時計の針をぼんやりと眺めて、何となく自分が老いていく感覚に自然に身を任せながら、それでいいじゃないか。人はずっとそうやって生きてきたんだ。「お前ら龍とは違ってな」俺はそう言って笑った。ちょっと偉そうな物言いになった。最近、何故か全てに対して偉そうになるんだ。理由は分かっているから別にいいけどな「ふん…」龍たちは空に向かって一斉にブレスを放った。100匹の龍が一斉に山でそうしたものだから、遠くから見ると大噴火に見えたと思う。「人は不思議な生き物だ…。我らが龍姫が言っていたぞ。人は老いても龍のように神にはならず、……いじけ、まるで若者のようだ。姫は元は人間だからな…。我らは誰1羽として彼女の出自など興味はないが、姫はお前に会いたがったっていた」龍のうちの1羽がそう言って、100羽が一斉に飛び立った。上空をしばらく旋回しながら、彼らは人間の言葉で言った。「懐かしき友と、はるか未来の話がしたい。死んだ父の好んだ火酒を用意して待つ。暇なら来いーーそこで私は命の恩人にようやく礼が出来るのだから」、そして龍は去った。返事はせず、俺は都に帰った。ちょうど時計が動かなくなっていた。時計の内臓電力が切れる頃には俺は死んでいるのかと買ったときには思っていたが、まだ普通に生きていた。俺はいつものように花に水をやり、新しい時計を買った。そして、都に新しく出来たばかりの学校に通い始めた。龍姫には会いに行かない。剣ももう振るわない。かつて転生してきたあの日とは、世界も自分も、全く違うのだから。そういえば学校に行くと、若い人たちは当然俺のようなお爺さんとは友達になってはくれないが、時々面白がって話かけてくれる。そこで英雄たる俺が直々にうんちくを教えてやると、うっとしそうな顔をするのでカチンとくる。全く最近の若者は、礼儀がなっていないな。ただ、彼らは案外色んなことを知っていたり、かと思えば何も知らなかったりして、何より夢を語るので一緒にいると面白い。花のようにすくすくと育ち、俺が花と向き合っている時のようにこの恐ろしい現実から目を背向け、引きこもったりする奴もいる。男でも、女でもだ。
俺が一番驚いた彼らの一面は、剣を持つことを嫌うこと。そして、英雄である俺をただの爺さんだと鼻で笑うこと。それに…俺の恩人の娘である龍姫を裏切り者だとは罵らないことだ。
彼らは声を上げないのだ。
自分の中にある老いを頑なに隠し通して、自分の年齢に心酔し、龍のように単純で複雑な生態系を持っている。
彼らを見ていると、
ただ何となく、この世界の外側に異世界があればいいと漠然と考えていたら本当にあった若き日の自分を思い返す。
……俺は最初から英雄なんかじゃなかったんだ。ある日、ふとそう思うと剣への未練が断ち切れた。3ヶ月後、俺は学校を卒業した。
ーー
そして俺は『龍学』の教師になった。
この世界には定年がないみたいで助かった。今日は赤点を取った青髪とピンク髪の女子生徒2人を教室に呼び出して、補習授業を行う。
「あと30秒で授業を始めます」
「あっ、はーい」
ピンク髪のギャルが、気の抜けた返事をする。彼女は机の上に筆記具も出さず、隣の青髪の生徒にヘラヘラと声をかけた。
「ねえ、知ってる?龍って人を食べるのに、世界の果てにある龍の巣の中の姫様は人間なんだって。しかも元々この都のお姫様だったらしいよ。色々変じゃない…?」
「ふーん、まあ…色々あったんでしょ?
そんなことよりアンタ宿題したの?」
「し、してない…」
「やっぱり…」
「……それでは授業を始めます。
えー、ですが…授業を始める前に1つジジイの小話を。この世界には転生者という者がいて、その人たちは凄まじい力をもらってこの世界にやってきます。まあ嘘くさい話ではありますし、それを自白する人間など普通はいないのですが、先生は寿命が少ないので語ります。先生は転生者です」
「「えっ……ええええええ!!!!!」」
大きな声。
全く、アホとギャルは何故かリアクションが良いから助かる。
俺は昔、魔王を倒し都に凱旋してきた日のパレードでの人々の歓声を思い返し、心地いい気分になった。
「……教師が転生者ってすごくない…?」
「ねっ、教室でそんなこと言われたらびっくりするわー」
「ねー。
あっ、先生…。転生者の凄い先生…、えーっと、私宿題家に忘れました…!!」
それはくだらない嘘だった。
でも、俺の人生はこんなものか…。
何だか、この歳になって人生のコツがわかった気がする。
ーーfin.