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8.ヒロインと出会う私




 そもそもどうして城下街で暴漢が暴れているのか。

 まだ辺境の村とかならわかる。城に近ければ近いほど管理が行き届いている──つまり逆に遠ければ遠いほど、町や村は荒れるのだ。

 もちろん今の王は優秀で、今の王が玉座に就いてからは飢饉も大きな混乱も生じていない。しかしながら、完璧ではないのだ。どんなに整っていたとしても、どこかで綻びはある。

 まだ山中には賊が居るし、王家が管理していない港にも賊が出るという。これも後々何かあった気が……うう、今度は真面目に考えよう。


 一応、暴漢はすぐに捕まる。

 一人で城下街にお忍びで遊びにきていたクソガキは、偶然その騒ぎに鉢合わせた。護衛の兵士を引き連れその騒ぎの中心へと赴くと、そこには少女を人質に何かを喚き散らす男の姿が。

 どうやら魔力を持たない庶民らしく、刃物を少女の首元に当て喚いている。魔力を持っているのならば、こんなことをしなくとも方法はあるのだ。

 少女が人質にとられていて、迂闊に近付けない。男と対話を試みようも、正気を失っているようで声が届かない。

 男が兵士に気をとられた一瞬、背後からクソガキが男に近寄り魔法をぶつけ──不意をつかれた男はそのまま兵士に拘束された。

 無事に救出された、震えて泣いている少女をクソガキは慰める──……。


 と、これが一連の“ヒロインとヒーローの出会い”の流れだ。在り来りっちゃ在り来りな気がする。お忍びで街に下りるなよ。大人しく城に篭ってろよ。

 お気付きの通り、現時点でその流れに誤差が生じている。本当ならばクソガキと護衛だけだったのが、わたくし──いや、この場合は私──が居るのだ。

 しかし、誤差が起きているとは言え『暴漢が城下街で暴れる』というイベントは起こってしまった。これは果たして『シナリオの強制力』で起きたものなのか、偶然でこうなる運命だったのか。これがもし前者なら──私がどう足掻いても、エミーリアは不幸になってしまう。

 もしこのイベントにもっと早くに気付いていれば、そもそも城下街に下りる事を阻止できたのに。『入園5年前』という情報しかないが、10歳の間一年間だけ下りなければいい話だ。そうすればフラグは折られた筈なのに。


 ──まあ所詮、ifでしかないけれど。







「××××××××──!!」


 意味のなさない叫び声が近くなってきた。それと同時に、「やめろ!」「その子を離せ!」などという声も聞こえる。人混みはだいぶ薄くなっていて、頭と頭の隙間からチラチラと中心の様子が見てとれた。

 子供が飛び出していかないように抑える母親や、何が起こっているのか興味本位で近寄ろうとする青年など、野次馬がぐるっと暴漢から距離を置いて囲っているようだ。正直邪魔だが、彼らのお陰でその暴漢も逃げるに逃げられない状況を作っている。

 なんとか野次馬の足と足の間をぬって、ようやくそれが目に入った。


「刃物を捨てろ!」

「おまえは直ぐに捕まるぞ! 大人しく投降しろ!!」

「××××××××──!!!」


 呼びかける兵士──クソガキの護衛の人たちだろう──の声に応えることなく、意味不明な雄叫びをあげながら少女の首元に刃を当てる男。時折ぶんぶんと刃物を振り回しているので、容易に近付けない。

 イベントの通りだ。私は捕まえられている少女に目を向けた。

 色素の薄い茶髪に、エメラルドグリーンの瞳。幼さの残るあどけない顔の少女は、きっと可愛らしく成長するだろう将来を約束された顔をしていた。

 間違いない。


──……あれが、ヒロイン。


 ヒロインが暴漢に捕まっていて、クソガキは──こうして見る限りだと居るかはわからないが、護衛の三人が着いているということはあいつもここに居るのだろう。背後から魔法をぶつける為回り込んでいるのかもしれない。

 このままいけば、そう時間もかからずにこの暴漢は取り押さえられるだろう。捕まっているヒロインも無事救出される筈だ。

 しかし、このままいけばフラグは折れない。

 『殿下と婚約』というフラグを折れなかった私が今目の前のフラグを折れるかどうかわからないが、やるしかないのだ。


 エミーリアの幸せの為に。


 私は野次馬が作っているサークルから内側へと飛び込んだ。つまり、暴漢の方へと進み出たのだ。

 私に気付いた護衛が驚愕と焦燥を混ぜ合わせた表情でこちらを見たのがわかる。ここにいるのが『わたくし』であれば、大人しく馬車に戻っているか、気絶していただろう。

 残念だったな。ここにいるのは私だ。


「ちょっと! その子を離しなさいよ!」


 私は声を張り上げて、男の意識をこちらに向けさせた。思惑通り、支離滅裂な言葉を叫んでいた男の目が私を見据える。

 ……いや、怖いよ? めっちゃ怖いよ!? だって私非力な高校生だもん! この身体はもっと非力な10歳の少女だし!!

 実際、私は私である前に“わたくし”なのだ。怪我をすれば“わたくし”に影響が出る。気絶してる間に怪我してるって最悪じゃん。それでなくても今日は特に勝手に動いてるんだし。

 フラグを折りつつ、私は怪我をしない。

 これが今日の私の任務だ。


「×××××!!!」


 男が雄叫びをあげる度に、捕まっている少女はビクリと震え涙を零す。泣き喚かないのはきっと身が竦んでいるせいだとは思うが、お陰で男を刺激せずに済んでいた。もし暴れていたら既に血が流れていただろう。

 ここで『流行りの展開』として有り得るのは、『ヒロインが転生者』だ。転生──この場合の私が転生と言っていいのかどうかは不明だが、『わたくし』の対の存在である『ヒロイン』も転生している可能性が高い。いや高いかどうかわからないけど、あるよねそういう展開。

 もしヒロインが転生者であるなら、私──わたくしのこの顔を知っている筈。本編が始まる前で幼いとはいえ、面影はあるのだ。

 そう思ってヒロインを見れば、飛び出した私を驚愕の表情で見つめていた。


 ……これはどっちだ? わたくしを知っているからのその顔なのか? それともこの場に飛び込んできたことに驚いてるのか?

 うーん、わからん。保留で。


 とりあえず悠長にしていられない。かと言って私に何が出来るのか。でもやらなきゃフラグは折れない。

 この出会いのフラグさえ折ってしまえば、もしかしたらクソガキはヒロインに誑かされることなくエミーリアと無事結婚するかもしれないのだ。


「聞いてるの? 喚いてないでちゃんと話しなさいよ!」

「×××……××××××!」


 ヒロインは置いといて、男を観察する。

 何を叫んでいるのかは未だ不明だが、男は私をじっと見詰めている。その目は狂気を孕んで──おらず、焦燥が浮かんでいた。


(なんで?)


 意味不明な言葉ばかり叫んでいる為、正気を失っているものだと思っていたしそう聞いていたのだが──明らかに男は何かを恐れていて、その何かに抗う為にこうしていると言ってもよかった。

 何かに抗う為──……いや、もしかして。


(操られている……?)


 まさか、シナリオの強制力とでも言うのだろうか。

 でも確かに男が狂っているのならば、人質を取ることもせず大量殺人をしていてもおかしくはない。本当に狂っているのなら、常識や自分の利益など考えずに行動している筈だ。

 叫ぶ言葉は意味不明だが、『操られている』と仮定すればこの状況も理解できた。男から数メートル離れた場所を野次馬が囲っているとは言え、その野次馬たちは皆武器を所持していない。私たちの護衛と、恐らく騒ぎを聞きつけて後からやってくる警備兵くらいだろう。つまり、刃物で脅せば逃げようと思えば逃げれるし、殺そうと思えば殺せるのだ。

 もしシナリオの強制力で操られているとすれば──私がこのフラグを折ることは不可能ではないだろうか?

 たからと言って、フラグを折らないようにするのも嫌だ。


 私はわたくしの幸せの為に存在しているのだ。

 存在意義を、失ってはいけない。


 私はわたくしの中に眠る魔力を意識する。私は私である前にわたくしなので、魔力の使い方もわかるのだ。正直変な感じだけど。

 周囲の気温が下がり、野次馬のざわめきが私とヒロインを心配する声から疑問へと変わった。急激に下がった気温に戸惑っているようだ。

 私はキッと男だけを見据えた。

 操られているだけかもしれないが、彼には犠牲になってもらおう。


 やるなら、一気に。








『──凍てつけ』








 ──パキリと、男だけが凍りついた。

 捕まっていたヒロインを、私の後ろから駆けてきた護衛が凍った腕から救出する。

 私の──わたくしの魔法の属性は、氷だ。炎と組めば水や熱湯にもなる。ただその場合はお互いの魔力のバランスが大事で、調節が難しい。

 男を氷漬けにしたが、命は奪っていない。コールドスリープのような状態なので、溶かさない限りは男が死ぬことはない。まあ、完全に止まってるから生きてもいないんだけど。


 急激に下がった気温が元通りになる。元通りになった筈なのに、さっきより少し暑く感じた。魔力を行使したせいで体温が低くなっているからだろうか。

 私の魔法に魅入っていたのか、静まり返っていたその場がヒロインが救出されたと同時に歓声が沸き起こった。濁流のような歓声に、思わず肩が跳ねる。


「お嬢ちゃん凄いなぁ!」

「こんなに大きな氷の魔法なんて初めて見たよ!」

「すごーい! きれーい!」

「あっえっと、どうも……」


 こんなに大きな歓声を浴びたのは初めてで、どうすれば正解なのかわからず慌ててしまった。凄い! コミュ障みたい! やったね! 全然嬉しくねえ!

 氷属性は割と珍しいもので、エミーリアが殿下の婚約者に選ばれたのもこの力というのが大きい。もちろん、丁度同い年で親同士(エミーリアの両親と両陛下たち)が仲がいいのも理由としてあげられる。あとエミーリアが一目惚れしたしね。かわいい一人娘の希望を叶えてあげたいって思うのも道理だ。

 氷より珍しいのが王家特有の光属性。それより珍しいのが癒し属性……なんだけど、絶対これ名前がおかしいと思うんだよね。おかしいというか、正確に能力を理解できてないというかなんというか。


「リア!」


 周囲の人に無遠慮に頭を撫でられまくっていると、よく知る声が私を呼んだ。

 そいつは──クソガキは、野次馬に埋もれている私を引っ張り出すと、ボサボサになってしまっているであろう頭を見て笑う。


「すげえ、鳥の巣みたいになってるぞ」

「うるさい黙れ」


 まあ、そういう自覚はあった。結構本当にわっしゃわっしゃ撫でてきたからなぁ。悪意はなかったから別に平気だったけど。

 クソガキは私の髪を整えるように私の頭に手を滑らせた。エミーリアの髪は手ぐしでも綺麗に整うから素晴らしい。ツヤッツヤのストレート。将来影で氷の女王と呼ばれるだけある……いやこれは関係ないか。

 払い除けるのも面倒なのでされるがままになっていれば、ようやく整ったのか滑らせていた手が離される。視線を上げクソガキを見てみれば、何故か顔が少し赤くなっていた。野次馬に揉まれたせいで暑いのだろうか?


「あ、あの!」


 赤くなっているクソガキをまじまじと観察していると、可愛らしい声があがった。

 声がこちらを向いている気がして声のした方向に目線をやれば、護衛に救い出されたヒロインがこちらを見ていた。どきりと胸が鳴る。


「助けてくれて、ありがとうございました!」


 先程まで泣いていた瞳は潤み、紅潮した頬で無邪気に笑うヒロイン。

 くそう、ヒロインだからか可愛いなコンチクチョウ。正直美しさはエミーリアやクソガキとかの貴族の方が(大体は)上だけど、ヒロインには素朴な可愛らしさがある。“美人”よりも“可愛い”、親しみやすい顔だ。


「無事ならよかった」


 その可愛いヒロインの感謝の言葉に返事をしたのは何故かクソガキだ。

 あれ? ヒロイン私に言ってたよね? 視線もこっち向いて──いや待て傍にクソガキも立ってるからどっちを向いてたのかわからん。いやそれにしても、少なくとも感謝の言葉は私に向けられたものだろ? なんで返事してんだクソガキ。


「怪我はない?」

「はい!」


 とりあえずにっこり笑って、私も言葉を返す。

 ヒロインから見えない角度で後ろ手にクソガキの背中を抓れば、何故かクソガキも同じようにやり返してきた。いやなんでたよ! おまえが悪いだろ!


「あ、あの、私、マリーっていいます。よければお名前を教えてくれませんか?」


 うーん、名前か……。

 正直ヒロインと関わりたくはないが、こうしてガッツリ助けてしまったし完全に関わらないということは不可能だろう。

 いやでも、名前を聞いてきたということは転生者ではないのか? いや、私のように憑依していて、今はそっちが出てきていないだけっていう可能性も有り得る。確信できる何かがあればいいんだけど……。


「俺はルート、こっちは俺の連れだ。俺たちのことは気にしなくていいし、礼もいらない。その子を家まで送っていってくれ」

「はっ!」

「えっ、あのっ!」


 また何故かクソガキが返事をして、私がそれに呆気にとられていると手を掴まれた。掴んできたのはもちろん目の前にいるクソガキだ。そのままぐんぐんと引っ張られる。


「ちょっと!」

「帰るぞ。目立ち過ぎだ」


 そう言われ、慌てて口を閉じた。

 そう、氷属性の魔法は珍しいのだ。両陛下と両親の許可をとった上でのお忍びとは言え、あまり大事になるのは不味い。それに『氷属性の魔法を使う10歳くらいの少女』となると、確実にエミーリアを特定されてしまうだろう。

 城下街は噂が回るのが早い。早い分、直ぐに噂も廃れるが──……。


(ねえ、やばいかな)

(まあ、どうにかなるだろ。少なくとも悪い意味で目立ったわけじゃない。噂になってもあんたを讃える噂だろうさ)

(いや、そりゃエミーリアちゃんが噂になるんだろうけど、これ起こしたのは私なんだよ? 何も知らないエミーリアちゃんがどう思うか……)

(そんなことは知らん。自業自得だ)

(えええ……)


 早足で歩きながらヒソヒソと会話をする。人ゴミからもだいぶ抜け出せて、篭った熱気が消えていった。

 そうこうしている内に無事馬車に着いて、私たちの後ろを着いてきていたらしい護衛が扉を開けてくれる。さっと乗り込めば、後ろから乗り込んできたクソガキが小馬鹿にしたように笑った。


「もう帰るだけなんだからエスコート受けろよ」

「ハッ、私がそれを受けたら受けたで笑うくせに」

「よくわかってんじゃん」

「よし一発殴らせろ」


 噂は、なんとかしますと言ってくれた護衛の人に任せ、私たちは大人しく帰路についた。






 こうして、城下街デート──もとい、弟へのプレゼントの買い出し──もとい、ヒロインとヒーローの出会いイベントの日を終えたわけだが。


 これ、フラグは折れたと言っていいの?


 結局クソガキはヒロインと出会ってしまったし、お互い名乗りあった。『ヒロインを暴漢から助け出すヒーロー』という名目や出会いのインパクトはなかったとは言え──出会ってしまったのだ。

 う、うう〜ん……折れた……って言いたいところだけど、多分これ折れてないよな……。


 私は頭を抱えながら、今日あった出来事と手元にあるぬいぐるみをどうやってエミーリアに不審を抱かせずに伝えるかを相談すべく、エミーリアの父親がいる執務室へと向かった。




活動報告には書きましたが、これにて一旦更新停止します。

詳しい事情は活動報告をご覧下さい。

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