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7.買い物をする私




「リズム」

「村」

「ラム」

「虫」


 あーあー、マイクテスマイクテス。どうも皆さんこんにちは、お元気ですか。私は……いや、わたくしは元気です。気失ってるけど。テステス。本日は憎らしい程に快晴。天気を恨む。

 天気を恨んでも時間は進む。私は普段より粗末な馬車に揺られながら、城下街へと向かっていた。目的はそう、わたくしの弟のプレゼントを買いにいくためだ。


「執務」

「麦」

「義務」

「ムニエル」


 この世界は乙女ゲーのくせに細部に渡って作り込まれている。

 物語は学園の3年間で、街歩きイベントもあるにはあるが、足を踏み入れもしない路地や隣の国の事情まで、しっかりと無駄に作り込まれていた。

 ああ、でも確かヒロインの幼馴染は隣国の王子でした! って設定だったっけ? いろいろと濃いんだよな登場人物。


「ルビジウム」

「なんだそれ」

「元素よ」

「元素?」

「あ、そっか科学ないんだった……えーと、確か金属……、まあ、ある物質の名前よ」


 剣と魔法、魔人と魔獣、人間界と天界と魔界。

 なんかもう要素が盛り沢山で、『区切って第二弾とかにすればよかったのに』と思うくらいにはボリューム感が凄かった……ように思う。

 ゲームだったのか小説だったのか、はたまた漫画だったのか。そこらへんの情報は忘れちゃってるんだよね。アニメかもしれないけど、うーん……駄目だわからない。

 まあこの世界はこうですー、こういう世界観なんですー、っていう説明も面倒だし興味ないだろうから省略。私はただわたくしの幸せを願っているひたむきな高校生だ。


「そうか……というか、なんでさっきから『む』ばっかなんだよ。もういい加減難しくなってきたんだけど」

「じゃあお前の負けで」

「いや、卑劣な行為をするあんたが負けだろ」

「王子が負け惜しみとか恥ずかしくないの?」

「王子って呼ぶな」


 はい、さっきから私が一体何をしていたのかと言うと、まあお察しの通りしりとりだ。クソガキと話すことなんかないと無言で外を見ていると、暇だからと提案されたのだった。

 もちろん断ったが、『さては俺に負けるのが嫌なんだろ?』と煽られたので乗ってやった。大人気ない? 実年齢でもまだ子供だよ。許される許される。


「クソガキ」

「──とも呼ぶな。いいか? ここはあんたの家じゃない。俺だけとか、その場に何度も居合わせてる侍女ならまだしも、今日の護衛はあんたの事を知らない奴らなんだ。なるべく離れて護衛してくれるが、それでもあんたが俺の事をそう呼べば──最悪不敬罪で捕まるぞ」

「チッ」


 そう、今日はお忍びデート──もとい、弟へのプレゼントを買いに行くために城下街に行く。

 なのでこいつのことを『殿下』と呼んではいけないし(そもそも呼びたくない)、『クソガキ』も誰に聞かれるかわからない。

 一応裕福な商家の子供くらいに見える落ち着いた服装を身につけているが、それでも気付く人は気付くだろう。

 なので、今日は。


「さっき決めた偽名があるだろ」

「……」

「おい」

「……100万歩譲って『おまえ』じゃ駄目?」

「全く譲ってないからなそれ」


 不敬罪で捕まるっつってんだろ、と呆れたように呟くクソガキに、私は再び舌打ちをする。エミーリアちゃんの前ではちゃんと『王子様』してるのに、なんだこの差は。え? 私もわたくしとの差が有りすぎる? 別人だからいいんだよ。

 とはいえ、このクソガキの言っていることもわかる。

 この国の王子が街に下りてきているなんて知れれば、街は大混乱に陥るだろう。それに乗っかって暗殺される可能性も無いとは言えない。──まあ、ここで殺されることはないだろうけどさ。


 暫く窓の外を向いていたが横からとてつもなく視線を感じるので、嫌々ながらもクソガキの方に目を向けた。

 じいっと見詰める空色の瞳が無駄に綺麗で腹が立つ。

 そして私は渋々──本当に渋々、さっき決めたクソガキの名前を呼んだ。


「……“ルート”」

「なんだ、“リア”」


 キラッキラしい笑顔を向けるクソガキに、私はまた舌打ちした。

 ……くっっっっそ腹立つ。

 なるべく名前を呼ばなければいけない状況にならないように心掛けようと苦々しい気持ちで考えていると、馬車がゆっくりと止まった。街に着いたのだろう。

 開けられた扉から、さっと降り立ちこちらに手を差し出すクソガキ。ああ、はい。外向けの顔は今日も抜群に整っておりますね。どのくらい猫被ってるんですか? その猫何匹居ます?

 私はじとりとその手を見詰め、叩き落とし、さっと馬車から飛び降りた。くるりとクソガキを振り返れば、呆然とした表情で私を見るクソガキと目が合う。周囲の人も驚いた顔で私を見ているので、『わたくし』がやらないだろうことをした『私』に驚いているのだろう。ごめんね中身違うんだ。

 ちょっとだけ猫が取れたその顔に少しだけ得意になりつつ、私は不敵な笑顔を浮かべた。


「あれ、驚いた顔してどうしたの? “普通”、馬車から降りる時にエスコートなんかしないでしょ?」

「……」


 あえて私の話し方で話してやる。

 普段の『わたくし』の口調しか知らない人たちは目を白黒させているが、今日は“お忍び”なのだ。貴族にしか見えない口調や立ち振る舞いをしていれば、意味がないだろう。もちろん、完璧に“貴族には見えない”とは言いきれないだろうが(貴族でないと言い切るには、わたくしもこいつも顔が整い過ぎてるからね)。


 私の意図に気付いたのだろう、手を下ろしたクソガキは被っていた猫を放り投げて──にやりと笑った。


「確かにそうだな。じゃあ行くか」

「そうね」


 これに驚いたのはまた周囲の人たちだ。

 多分だけど、『王子様』であったなら『確かにそうだね、じゃあ行こうか』という柔らかい物言いをしていただろう。

 だが、今ここに居るのは王子様であって王子様でない。恐らくはこいつの素であるクソガキの顔をした商家の子供、“ルート”だ。もし咎められても、“ルートという顔を作っている”としてしまえば、どんなに変な物言いをしようが関係ないのだ。

 私は固まった周囲を気にせず歩き出す。どうせ少し離れて護衛するのだ、別にいいだろう。

 クソガキも私の隣に並び立つようにして歩き出し、賑わう大通りへと向かった。


「まずは何処から向かう?」

「そうねぇ……絵本とかどう? 今はまだ必要ないかもしれないけど、いずれ使ってくれるんじゃない?」

「それならぬいぐるみはどうだ? 今でも使えるだろ」

「あ、確かにそれいいかも」


 などと話しながら、私たちは結構普通に買い物をした。楽しんだと言ってもいいだろう。

 話さないでいよう、話す理由はない。と思っていたが、こうして普通に買い物をしていると、その考えも消えた。というか、こうして『私』として長時間表に出ているのも久々で、私は結構表に出てきたかったらしい。

 『わたくし』の真似をする必要もなく、『私』として初めて城下街に買い物に行くなんて楽しむ以外になかった。本当なら、エミーリアが行く筈だったんだけど……結構罪悪感がある。


「これなんかどうだ?」

「え〜可愛くない」

「でも男だぞ? カッコイイほうが良くないか」

「赤ちゃんなんだからカッコイイとかわかんないでしょ。それよりこっちの丸いフォルムの方がいいと思う」

「それこそ何のぬいぐるみなんだよ……」

「……ミヌ……?」


 ああでもないこうでもないと話しながら、結局二つぬいぐるみを買った。お互いがいいと思った物だ。どっちが気に入られるか勝負である。

 さて、目的も果たしたし帰ろうかと、離れた場所で護衛をしているだろう人たちを探した。キョロキョロと辺りを見回していると、不意に手を掴まれる。


「ちょっと」

「おい、あれなんだ」

「あれ……? 何かのお菓子じゃないの?」

「食おう、行くぞ」

「は? っておいコラ!」


 ぐいぐいと掴まれた手を引っ張られるがままクソガキについていく。出店は初めて見たのだろう──というか、もしかしたら街に来たのも初めてかもだけど──キラキラと目を輝かせ、クソガキは出店に一直線だ。話を聞く素振りはない。

 慌てて護衛の人たちを探し、人混みの向こうに見えた市民に扮する騎士は苦笑いしていた。きっと『子供だからね〜』とか思ってるんだろう。

 確かに子供だし、城下街にはしゃいでいる王子を見るのは珍しいのだろう。普段の“王子様”は無駄に大人顔負けの“顔”をしているから尚更だ。子供らしさもあると知ってほっとしているのかもしれない。


「おいこれはどう買うんだ」

「さっきみたいに欲しいもの言ってお金渡すんだよ」

「わからん。リアがやれ」

「はあ!? 嫌ですけどぉ!?」

「金なら出す。リアのオススメを買ってくれ」


 そう金を握らされ、渋々列に並ぶ。

 クソガキはわくわくした顔で私の隣に居た。いや一緒に並ぶならおまえが頼めばいいだろうが……。

 よく見ると、クレープのようなものらしい。クレープとホットケーキの中間みたいな……? ホットケーキみたいなふかふかの生地をゆるりと巻いて、その中に果物やクリームなんかを置いているようだ。

 ああ、確か城下街で流行っているスイーツだったな。クレープみたいに周りをくるっと紙のようなもので巻いてるから、食べ歩きができるって噂だった。名前はええと、パッキェだったような。……あれ、この情報はどこから仕入れたんだっけ? まあいいか。

 自分達の番がきて、注文する。イチゴのものと、焼きリンゴに砂糖をまぶしたものの二つだ。砂糖はまだ高価なので、焼きリンゴの方は数量限定ものらしい。値段も比例して高い。もちろんこれは私のだ。

 そうしてパッキェを受け取っていると──不意に叫び声が辺りに響いた。


「キャアアアア!!」

「っなに!?」


 慌てて振り返る。先程までの平和はまるで嘘かのように辺り一面は騒然として、逃げ惑う人々の姿が見えた。

 クソガキはさっと視線を走らせると、護衛のうちの一人にこくりと頷いてみせる。その合図を受けた兵士は、一つ頷くと逃げる人々とは逆方向に走り出した。騒ぎの元凶を確認しに行ったのだろう。


「なんだろうね」

「さあな。リアは先に馬車に戻ってろよ」

「は? おまえはどうすんの?」

「俺は何があったか確認してくる」

「はあ?」


 近付いてきた、私たちを護衛していた兵士のうちの一人に持っていたぬいぐるみを預け、クソガキは騒ぎの方へと顔を向けた。


「あなたたち二人はリアと共に先に馬車へ。もう二人は私についてきて下さい」

「「はっ」」


 一瞬で“王子様”の顔を被ったクソガキは、そう指示を出すと騒ぎに向かって走り出す。


「ちょっと! おまえが行く必要はないでしょ!? 先に一人行ったんだし、任せておきなって!」

「“俺の力”を今使わずしてどうする!」


 私の言葉に大声で返したクソガキは、直ぐに姿が見えなくなった。

 “俺の力”というのは恐らく魔法のことだろう。王家のみにしか使えない光属性の魔法で、暴漢を撃退するつもりなのだ。


 ……うん? なんで私、向こうの騒ぎは暴漢が起こしてるって知って……?


「……あああああっ!!!!」


 そうだった。

 今日あいつは──人質となっているヒロインと出会うのだ。


 私はパッキェを兵士に押し付けて、クソガキを追った。

 後ろから慌てた兵士の声が聞こえたが、私は止まらない。『入園5年前のフラグ』の今日をどうにかしなければいけない使命感しか、私の中にはなかった。




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