6.チベットスナギツネな私
「マジかよ」
皆さんどうも、私です。あ、もういい? ごめんね。
現在私は久しぶりにちゃんと表に出てきております。今日は何の日だって? ははっ殿下との城下街デート当日だよコノヤロウ。
いや〜確かに……確かに『もしかしたら緊張で気絶するかも』って思ってたけど……思ってたけども……本当に気絶しなくていいんだよエミーリアちゃん。フラグ回収しないで?
だいぶ精神が強くなってきたと思っていたエミーリアだが、流石に初めての『城下街デート』は緊張したようだ。デコチューには慣れたのに? まあ結構ギリギリだし、殿下が帰った後に気絶することはあるけど、それもまあ長くて10分くらいだから大丈夫だと思ってたのに……。
城下街デート当日の朝早くからずっと準備をしていたエミーリアは、もうずーっと乙女的思考回路で砂糖吐くかというくらいに妄想していて、昨夜から準備に妄想にと脳内はしゃぎまくりで私がちょっとだけ(本当にちょっとだけだよ! エミーリアちゃんは何してても可愛いっていうのは常識だからねマジで!)辟易していたら──妄想が過ぎたのか、殿下が着く直前に気絶してしまったのだ。
いやもうこんなんチベットスナギツネになりますやん。思わず変な関西弁が出るわ。関西の人ごめん。
デコチュー後の気絶は最長10分だったが、今回は起きる気配が一切感じられない。エミーリアが起きる気配は何となくわかるので、その前には自室のベッドに戻るか、事情を知っている人の傍に行ってその人にその後を任せたりしているのだが──今回は久々に、完全に“落ちて”いる。
「マジかよ……」
私は今、殿下の到着を待ちきれずに玄関に待機している状態だ。あ、私がやってんじゃないよ? エミーリアちゃんだからね?
先程まで高鳴っていた心臓は“私”になったことによって、普通の速度に落ち着いている。エミーリアにとってはドキドキものの『殿下との逢瀬』も、私にとっては『クソガキの相手』なのだから仕方ない。殿下相手に──もとい、クソガキ相手に高鳴ることなんてあるのだろうか?
どうかしようにも、どうにもできない。
仮病を使うのも一つの手だが、“私”だと気づかれた途端あの殿下は“王子様”から“クソガキ”になってウザ絡みしてくるだろう。私がエミーリアちゃんの真似が出来ればいいのだが、何故か“私”だとバレてしまう。……恋する瞳をしていないからだろうか? いや流石にそこまでの真似はできないわ……。
それにまあ、付き添いがクソガキなのは気に食わないが、ザックにプレゼントを買いには行きたい。
エミーリアちゃんの弟であるザックは母親似で、ほわほわした銀の髪にエメラルドの瞳を持つ、とても可愛い赤ん坊だ。赤ん坊らしく、まだあまり髪の毛は生え揃っていないものの、既に可愛さが形作られている顔をしている。
エミーリアを通してザックと触れ合うことの多い私は、逆に“私”としてザックと触れ合うことがない。エミーリアも家族の前で気絶することはないからね。
なので、こうして“私”がザックに関われるのは──正直、嬉しく思ってしまう。いや、私はどうせサブなんだから出しゃばっちゃいけないんだけど。
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「……いいえ、なんでもありませんわ」
呆然と立ち竦む私を不自然に感じたのか、扉横で控えていた執事が心配そうに私を伺う。
まあ不自然に思うよね。さっきまで真っ赤な顔でスカートの裾や髪の毛を無意味に弄ったりしてそわそわ落ち着きなくしていたのに、急にチベットスナギツネみたいな顔になって突っ立ってるんだから。
私はなんとか『エミーリアの顔』でにっこり微笑んで、どうしようかと考えを巡らせる。
やっぱり私が城下街デートするのはエミーリアに悪い気がする。婚約解消してほしい気持ちは変わらないけど、外で“殿下”に不敬なことなんかできるわけがない──つまり、私が殿下に会う理由がないのだ。
それならやはり城下街デートは次の機会にしてもらって、ちゃんとエミーリアが行ってしっかり楽しんでもらえればいいのでは……? よし、決まり。仮病使うか。
私は一人頷いて、壁際に控える侍女に声をかけようとしたところで──
「やあ、待たせたかな」
──空気の読めないクソガキがやってきた。
……いや、まだだ。まだいける。まだ誤魔化せるはず。
私は咄嗟に口を覆って、よろめいた。必殺『病弱な令嬢のフリ』だ! 初めてやったしどんな風に見えているかわからないけど、なんせエミーリアは美少女なのだ。きっと儚げなお嬢様に見えてるに違いない。
その確信を得たのは、「お嬢様!?」という侍女と執事たちの焦った声が聞こえたからだった。
よしよし、どうやら無事体調不良に見えてるようだ。それはいい。いいのだが──……
どうして殿下が私の身体を支えているんだ?
ふらりとよろめいた“フリ”をした途端、さっと駆け寄った殿下はよろめいた私を抱き留めた。まだ子供の内だからかエミーリアの背の方が若干高い為、殿下の目は俯く私の顔を容赦なく見詰める。
「すみません、少し、目眩がして」
殿下と目を合わせないようにしながら、なんとか声を振り絞る。エミーリアが殿下と話す時は少し声が高くなる。きっと可愛く見られたいがためだろう。
私はエミーリアの真似をしながら、片手で顔の半分を覆って目を瞑った。本当は顔を全部覆いたいが、流石にそれをすると不自然だろう。“恋する瞳”は真似できないので目を閉じたが、バレてはいないだろうか。
「……」
「まあ、大丈夫ですかお嬢様!?」
「体調が宜しくないのでしたら、殿下には申し訳ございませんが今日の城下へのご予定は取り止めになさった方が……」
瞼の向こうで殿下がじっとこちらを見詰めているのを感じる。
本気で心配しているだろう侍女と執事は、慌てた様子でこちらの体調を考慮し、予定の変更を提案した。
よし! いいぞ! ナイスアシスト!
「そうですね……殿下、残念ですが……」
「本当にエミーリアは可愛いですね」
弱々しく、しかし可愛らしく……と思いながら追撃の言葉を繋げようと口を開いたところを遮られる。遮ったのはもちろん殿下だ。
んあ? となりつつもなんとか顔を“体調不良に見えるように”保ち、そっと目を開けた。すぐ傍に殿下の顔がある。
「私とのお出掛けが楽しみで緊張してしまうなんて」
は? 何言ってんだこいつ。
思わずその顔を凝視した。キラキラとしたエフェクトが背後に装備されているかのような“王子様”笑顔をする殿下の瞳は──
(あ、バレてら)
──クソガキのものだった。
王子様笑顔のままで、瞳だけはにやにやと“私”を観察している。こうして対面するのも久し振りではないだろうか? 全く嬉しくないけど。
私は身体を引こうとするが、がっちりと両二の腕を掴まれており退くことができない。思わず舌打ちしそうになれば、クソガキの目は殊更楽しそうににんまりと歪んだ。
(離せよクソガキ! 可愛いエミーリアちゃんの腕に痣でもついたらどうするの!)
(そこまで力入れてないだろ。っていうかやっぱ元気じゃん)
(おまえと出掛けたくないからだろ! 察しろアホ!)
酷く至近距離のまま、ボソボソと言い合う。
傍から見れば密談する幼い婚約者だ。仲睦まじく見えていることだろう。真実はそんな可愛らしいものではないけども。
(ほーう、そんなこと言っていいんだな? エミーリアが嫌がる事を一番ダメージが多い時にしてやるぞ)
(んな……っ!?)
(このまま一緒に大人しく街に下りるか、体調不良ということにして、エミーリアの不幸を確実なものにするか。さあどっちだ? 俺はどっちでもいいぞ、面白いからな)
この野郎……!
ギリ、と歯噛みし睨みつける私を酷く楽しそうに見詰めて、クソガキはさあどうするんだと掴んでいた二の腕に少しだけ力を込めた。痛くはないが、有利な立ち位置にいるクソガキの余裕さに腹が立つ。
このまま話しているのも、そろそろ訝しがられてしまうだろう。私は腹が立ちつつも、渋々と……心底! マジで! 嫌だが!! このクソガキの脅しに屈した。
「……お恥ずかしいですわ」
「緊張しなくていいよ。今日は楽しもう」
「はい」
紅潮させ、視線を彷徨わせる様は『愛しい婚約者が近くて照れている可愛い婚約者』の図だろう。紅潮している本当の意味は怒りからだとは誰も気付くまい。
私はにっこり微笑んで、死ねクソガキと思いながら差し出された手に手を重ねた。それににこやかに返すクソガキの目は『あんたが死ね』と言っているようだ。被害妄想? なんとでも言え。
そうして私は嫌々ながらも、殿下と城下街デートという名の弟の誕生祝いの買い出しに行くことになったのである。
連投は以上になります。ストックが一切ないので更新は書き終わり次第上げていきます。
のんびり頑張っていく予定です。よろしくお願いします。