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5.ラブラブなわたくし




 ストーリーはヒロインの学園入学から始まる。いや、正しくはその5年前にはフラグが建ってるんだけど。


 ということで皆さんどうも、私、メリー。今あなたの後ろにいるの。いや嘘です私です。今エミーリアの身体の中にいるの。

 学園は15から18の、いわゆる“高校生”と呼ばれる間通うことになっている。18歳になれば大人とみなされ、学園に通っていても婚姻は可能、但し苗字の変更がある場合は学園をあとにしてから。

 この学園──というよりも、この世界には魔法があって、魔法が使える人間は皆通うように法で決められている。魔法が使えるか使えないかは、生まれて直ぐの検査でわかるらしい。私はその時エミーリアの中にはいなかったからどんな検査なのかわからないけど。


 さて。私の今の状況をおさらいしよう。


 私は気付いたら、エミーリアと呼ばれる『未来の悪役令嬢』の中にいた。エミーリアも変わらず中にいるので、私の人格がサブ、エミーリアが主人格ということだろう。

 私の人格がエミーリアによって創られたものなのか、それとも“私”がエミーリアに憑依したのかどうなのかはわからない。二重人格の人格は細部まで作られてるらしいから、私が果たして作り物の紛い物なのか、本当に存在した人間がエミーリアに憑依したかどうかは確認できないのだ。ここがもし医療の発展した日本であれば、どっちなのかわかっただろう。少なくとも『頭がおかしくなった』とは言われまい。


 そんな私がエミーリアに憑依した──生まれたが正しいかも──のは、エミーリアが8歳の時。

 私の存在意義は『エミーリアを幸せにすること』だとしっかりと刻み込まれている為、私は日々頑張っている。


 そう、頑張っているのだ。私なりに。


 滅茶苦茶頑張って、エミーリアが『悪役令嬢』にならないように、その一番の原因である殿下との婚約を阻止しようとしたのに──あのクソ親父、婚約しやがって。


 ……ごほん、失礼。


 兎に角婚約は免れなかったが、私は向こうから解消してくれるようにと嫌われる作戦に出た。今思えば、良作とは言えないだろう。でも、その時の私もそれ以外の考えが思い浮かばなかったのだ。考えるのが面倒になったとも言える。

 そして嫌われるように私は努力したのだが──なんと殿下はドMだった。暴言吐く女に嬉々として近付く奴をドM以外に何と言う?

 そんなドMな殿下──クソ生意気なガキ──は、再三婚約解消を求めるもそれを良しとせず、むしろ私が嫌がる(時間の隙間をぬって何度も逢瀬を重ねようとする)ことを嬉々として行った。……ドMだと思ってたけどドSなのか? マゾとサドは表裏一体らしいし。

 いや、エミーリアは喜んでるからなぁ……エミーリアの幸せを願う私としては何とも言えないんだけど、将来の幸せを考えるとなぁ……。


 このままクソガキがエミーリアと婚姻して、幸せになって、二人でお互いを支えつつ国を豊かにしていくのなら問題ない。それで子供にも恵まれて、後継者争いもなく平和に寿命を迎えるのなら万々歳だ。


 未来は不確定だ。

 そんな未来もあるかもしれない。

 でもやっぱり、怖いものは怖い。

 私が生まれない方が、何も知らない方が、エミーリアは幸せだったかもしれないのだ。


(まあ、ifなんて、ifでしかないんだけど)





「まあ、城下にですか」

「ああ」


 エミーリアは今、クソガキとの逢瀬の真っ最中だ。日に焼けていない真っ白な頬は、今は赤く染まっていることだろう。

 エミーリアの目の前に座るクソガキは、“クソガキさ”を潜め“王子様”になっていた。詐欺だ! エミーリアちゃんこいつに騙されないで! と叫びたいが、生憎エミーリアと私は話せない。

 10歳になっても、二人は『ラブラブの婚約者たち』だった。

 時間の空きさえあれば婚約者の元に足繁く通う殿下は、傍から見れば『婚約者を溺愛している』ように見えるだろう。本当かどうかは置いておいて、だ。


「弟君が生まれただろう? そのお祝いを一緒に買いに行かないか?」

「まあ、よろしいんですか」

「ああ、もちろん」


 頬を赤らめているであろうエミーリアは、両手を胸の前で合わせキラキラと目を輝かせているだろう。視界はリンクしているので、殿下しか視界に入らない。他のものが見たくとも見れないのが少し不便だ。

 コップを優雅に持ち、にこやかに頷く殿下は正しく“王子様”だ。それを見てキュンキュンしているエミーリアの気持ちがこちらに流れてくるが、全く同意ができない。

 10歳のガキがこうして“王子様”の顔をしているのも気持ち悪いし、“クソガキ”の顔を持っているのも余りの二面性に反吐が出る。私とエミーリアは全く別人のため二面性も当たり前だが、この目の前に座る子供は正しく“一人”なのだ。にも関わらず、表と裏の顔の使い分けが完全に出来ている様子に『子供らしさが死んでいる』としか言い様がない。

 エミーリアも割と大人ぶっている節はあるが、それとは比にならない程、目の前の子供は異常だ。


(これも乙女ゲーの“キャラ”だから……か?)


 ストーリーが始まるのは学園からだが、攻略対象は誰も彼もが規格外だ。様々な属性を持つキャラの中から好きなキャラを選んで落としにいくのが乙女ゲームである。

 王子、騎士、魔術師、双子、幼なじみから弟属性まで何でもござれ。ヒロイン入学から卒業までの三年間で誰かと恋仲になり、卒業同時に婚姻──と、とても在り来りな奴だ。隠しキャラで先生と魔王がいるらしいが、そこら辺はよく知らない。

 騎士と魔術師が確か一つ上の先輩、同級生に王子と双子と幼なじみ、一つ下に弟属性。先輩と後輩狙いなら二年間しか猶予がないが、先輩なら先輩卒業後の三年目にもちょくちょく会えるイベントがあり、後輩なら入学前に出会って遊べるイベントがある。確実な期間は二年間とはいえ、割と難易度は低いのだ。

 そんな属性豊富なキャラだが、やはり攻略対象は全員顔も性格も完璧である。まあ性格は好き嫌いがあるだろうが、それを踏まえての多彩な属性だろう。


「先立ってお祝いは送らせてもらったが、アレは王家からだから……私個人から、送らせてもらいたいんだ」

「まあ……! ザックも喜びますわ!」


 ザックとは、つい先日生まれたエミーリアの弟・ザクリードである。喜ぶ喜ばないも、生後一ヶ月にプレゼントの意味もわからないと思うんだけど。

 まあエミーリアが楽しそうなのが一番だ。話の流れからして、殿下と城下デートというのも嬉しいのだろう。殿下が帰ってから、部屋に篭って一人はしゃぐエミーリアが見えるようで少しほっこりした。

 今でも私は婚約解消を諦めていないが、それも私が表に出てきた時だけである。エミーリアが出てきている時はどうしようもないし、エミーリアはエミーリアで楽しく過ごしてくれればいい。


 それに最近は、私が出てくる時間も余りない。


 毎回気絶していたエミーリアは、これは駄目だと思ったのだろう。気絶しそうになるのを、頑張って堪えて堪えて──最近では、殿下との逢瀬で気絶することも少なくなってきた。

 少し残念な気もするが、元々この身体はエミーリアのもので、私はイレギュラーな存在だ。これが普通であり、正解なのだろう。

 エミーリアが殿下から視線を外している時に、じっとこちらを見つめる眼差しを感じる気がするが多分気の所為だろう。私は出ない方がいいのだ。ていうか、クソガキの相手したくないし。


「それじゃあ……そうだね、来週の今日はどう?」

「空いてますわ!」

「じゃあその日にしよう」

「はいっ」


 次の約束を取り決めた今日はもうお開きだ。帰り支度を始め、玄関へと降りる殿下の後ろをちょこちょこと着いていく。

 殿下の後ろ姿を見つめるエミーリアの感情が流れてきて、『あ〜、恋する乙女だね〜』と私は苦笑いした。私もエミーリアに入る前は恋をしていたのだろうか? まあ、“前”なんかないかもしれないけど。

 そして玄関の扉の前で徐に立ち止まり、殿下がエミーリアを振り返る。

 ……ああ、いつものアレですね。


「エミーリア」

「……はい」


 穏やかな笑みと共に、殿下の顔が近付いてきた。そして額に、『ちゅっ』という音と柔らかな感触が落とされる。

 エミーリアの顔は真っ赤になっていることだろう。心臓の速さもやばいし、緊張と羞恥で身体がガチガチになっている。

 婚約一年目のあの日から、殿下は帰り際にデコチューするようになった。

 最初は混乱しぶっ倒れていたエミーリアも、毎回となると慣れてきたのか倒れなくなった。倒れると私が出てきてしまうので、慣れてくれたのは有難い。因みにエミーリアが倒れたら私は即座にクソガキの顔をぶん殴る。


 真っ赤になったエミーリアの前でしばらく無言で佇んでいた殿下は、じゃあまたと言って帰っていった。クソガキからマセガキにした方がいいだろうか。


「殿下ぁ……っ」


 もうメロメロ、といった声音で呟いて、へろへろとその場にへたり込むエミーリア。うーん、可愛い。撫でまくりたい。無理だけど。

 エミーリアは多分妄想に浸ってて何も見えてないと思うけど、視界に映ってる侍女がエミーリアちゃん見て悶えてるよ。わかる、可愛いよね! めっちゃ可愛いよね! 撫でくりまわしたいよね!? 私の代わりに撫でてやって!!!


 まあ、そんなこんなでクソガキ……もとい、殿下とほぼほぼ会うことのなくなった私はだいぶ暇だ。エミーリアが寝たあと、動こうと思えば動けるんだけど私も眠いからねぇ。それに、私が動いてエミーリアちゃんの美容に響いたら困る。泣いちゃう。

 エミーリアの精神が強くなったのはいい事だ。正直、私の出番は少ないに限る。エミーリアの真似をしていても、やっぱり私なのでボロが出てしまうのだ。知識は共有していても、考え方は違っているので同じ結果にならない。


(そういえば、エミーリアちゃん来週に城下デートだっけ?)


 エミーリアが何か行動していても、私は私で思考できるのが便利だ。しかも、エミーリアが学んだ知識や感情も別のことを考えていても吸収できるため、本当に二人分の脳がある感じである。まあエミーリアの方は私のことは認知してないから、エミーリアは一人分の脳なんだけど。


 エミーリアと殿下の城下街デート……10歳……なんか重要なイベントがあった気が…………。

 ……ま、いっか。その時になればわかるでしょ。


 そして私は、この時ちゃんと考えなかった事を後悔することになる。




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