3.クソガキと私①
「いやもうなんっっっでだよ!!!」
頭を掻きむしりつつ、もう一度叫ぶ。
殿下との逢瀬はこれで……何度目だったかな、忘れたけど、婚約者となってから丁度今日で一年だ。
未だ私──エミーリアは、殿下の婚約者である。
「何なのあいつ!? ドマゾか!? ドマゾなのか!? マゾヒスティックなのか!!?」
まだ学園入園まで時間はあるものの、既に一年が経過してしまった。
あれから私は、エミーリアが気絶する度に表に出て──その度に殿下に不敬なことを言いまくった。ギリギリ罪にならない境界を見極めつつ、暴言は吐くわ扇で叩くわいろいろしまくった。
余裕で嫌われるだろうと思ったのだ。エミーリアには悪いけど、この婚約は解消してもらわないといけない。なのに、殿下はにこにことエミーリアに──“私”に近付く。
殿下は途中から明らかに、エミーリアの中に“エミーリア”と“私”が居ることに気付いているようだった。
どういう言動が“エミーリア”なのかを。どうすれば“私”が出てくるかを。
それに気付いた殿下は意図的に私を出すようになり、月4度と定められていた筈の逢瀬も、時間を作っては会いにくるようになり。
一見『ラブラブの婚約者たち』になってしまったのだ。
「くそ……絶対楽しんでる……私で遊んでるアイツ……クソ生意気なガキめ……」
殿下とエミーリアは現在9才。まだまだお子様である。
身体はエミーリアだが、私は精神的には高校生だ。確かに殿下は可愛らしいが、クソ生意気なガキとしか思えない。私の推しはエミーリアちゃんだ。
エミーリアの前では王子様のようにキラキラしている殿下は、私の前ではクソ生意気なガキだった。いやほんとクソガキだ。
不敬と言われようが、私は殿下に対して「おまえ」と呼んでいる。向こうも「あんた」と呼んでくるんだ、お互い様だろう。
「よう、あんたまだ出てきてんのか」
「……おまえまだ帰ってなかったのかよ……帰れよ……」
バンと扉が開く音がしたと思ったら、殿下が居た。もう殿下なんて言ってやるのもやめだ。クソガキで充分だ。
「許可なく入るなよな、非常識すぎるんだよおまえは」
「あんたの部屋じゃないだろ?」
「エミーリアの部屋なんだから私の部屋でもあんの」
「でもあんたはエミーリアじゃないじゃん」
「うるっせーよクソガキ」
「口悪いよなー、あんた」
「おまえに言われなくないね」
生まれ育った地元が悪かったのか、私は元々口が悪い。本当は方言も強くて下手すれば伝わらないことも多かったんだけど、ここの方言は知らないので話せない。
クソガキに一々反応する方が悪いのはわかっているのだが、腹が立つのだ。我慢しているともっとイライラしてしまう。
ベッドの上に何個も並んでいるふわふわの枕を引っ掴んで、クソガキに投げる。難なくそれを受け止めて、クソガキはにやりと笑った。
「記念すべき婚約一年だから、今日は泊まっていいってよ」
「はあ!? 誰がそんな許可出したの!?」
「エミーリアの父上」
「父親ぁ〜〜〜〜!!!」
いくら10才にも満たない子供とはいえ、婚約している男女が一緒の屋敷に泊まるってどうなの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!!?
いや私の感覚的には別に小学生だしお泊まりとか全然いいよ? ギリギリまでゲームやってお菓子食って親に怒られつつ寝落ちって感じじゃん? でもここは違うじゃん? そういう価値観じゃないじゃん? 駄目だ『じゃん』がゲシュタルト崩壊しそう。
なんだろう……王族の特権か? 仲がいいと思われてても、子供だとしても、駄目だろ。
「因みにおまえ何処の部屋に泊まるの?」
「え? 遊びに来るのか?」
「んなわけあるか。近付かないようにするんだよ」
「この部屋だけど」
「父親ぁ〜〜〜〜!!!」
なんっっでだよ!!? 結婚前の! 男女が! 同じ部屋で! 寝泊まり!!
「大丈夫大丈夫、俺まだ精通してないから」
「そういうこと言うのやめろ!?」
「ほんとあんたうるせーよな」
「おまえが居なきゃ私だって大人しいわ!!」
むしろエミーリアが気絶せず、日々健やかに過ごせるのならば私が出てくることはないのだ。
勝手に一人がけソファに座り、頬杖をついてにやにやと此方を見るクソガキに心底腹が立つ。エミーリアや他の人の前では『王子様』の顔を崩さないのに、私の前では常にクソガキだ。いや、本当の本当に最初の時は“私”に戸惑っていたようだけど。……今思えばそれもわざとのような気がする。
「おまえなんでまだ婚約解消しないわけ? いや確かにエミーリアは可愛いよね、わかる」
「何言ってんだあんた」
「政治的観点から? まあそれも頷けるけど、でもエミーリアじゃなくてもバランスの取れる家あるでしょ、サウクリード家とか」
「ああ……あそこか。よく知ってるな」
だらりと三人がけのソファに横たわると、部屋の壁際に控えていた侍女がお茶とお菓子を用意し始める。頼んでもいないのに、有難いことだ。
「ありがとうルシア」
「とんでもありません」
“わたくし”の我儘言わないキャンペーンにより、侍女との確執も無くなってきている。普段から関わることの多い人とはほぼ無くなったと言っていいだろう。
私はわたくしのように柔らかく微笑んで礼を言い、そっとコップに口をつける。
うん、美味しい。
「……」
「? 何よ」
「いや、別に」
何故かクソガキがこっちを見ていた。なんだ、私が礼を言うのがそんなにおかしいか? おまえ以外にはちゃんと優しいんだぞ私は。というか、一応逢瀬する時は侍女がこうして傍に控えていて、クソガキのクソガキさは侍女には知られているはずなのだが、不思議と噂にも話題にも上がらない。まあ私のことも話題に上がっていないようなので助かるが。
静かに侍女が出ていき、部屋には私とクソガキだけになる。未婚の男女が密室で……ってもういいか。普通なら扉は半開きにしておくものなんだけどな。
「さて……サウクリード家だったか」
「うん。確か2歳下に女の子居たでしょ。将来のこと考えると、年齢的にも丁度いいんじゃない?」
「ガキは嫌いなんだよ」
「うっわクソガキが何か言ってる……」
はん、と小馬鹿に笑うクソガキに、ひくりと頬が引き攣るのを感じた。
「おまえの好みに合うんじゃないの」
「俺の好み?」
「ちっちゃくて可愛らしくて守ってあげたくなる感じの子なんでしょ? 私は見たことないけど、おまえなら婚約者候補の顔合わせとかで見たことあるでしょ」
「……ああ、うん。確かにそんな感じの奴だったな」
「いくらガキでも、自分が20歳になれば相手は18歳よ? 大きくなったら2歳差なんて些細なものよ。貴族の中には20歳差で結婚なんてザラにいるんだからね? おまえは王族だからって恵まれてんのよ。全く腹が立つわ」
「ホントあんた不敬だよなぁ」
「おまえのことなんか敬ってないから間違ってないわ」
ふんと鼻で笑って、クッキーを口の中に放る。
「うわ、普通の女ならそれ三口くらいに小分けにして食うぞ」
「んぐ……は? そんなめんどくさいことするわけないでしょ」
「しかも口の中に物入ったまま喋るし」
「ちゃんと口元隠してんだからいいじゃない。というか、食べてる時に話しかける方が無粋でしょ」
「普通は急に話しかけられても大丈夫なように少しずつ食うんだよ」
「なんでおまえと話す為にこっちが我慢しなきゃなんないのかわからないわね」
三口に分けると言っていたが、一口でも余裕で食べ切れるサイズなのだ。これをわざわざクソガキと話す為に少しずつ食えと? 笑わせるな。
私の言い分に納得したのか、確かにそうだなと言ったクソガキはひょいとクッキーを口の中に放り込んだ。