2.殿下大好きなわたくし
「いやもうなんっっっでだよ!!!」
昼間、自室に一人。
こうして出てくるのは久々だ──と言えたらどんなに良かったか。実は久々ではない。割と頻繁に出てきている。
私が初めて自我を持ち、その場を逃げ出したあの日。
逆に言えば、エミーリアが衝撃を受け気絶してしまったあの日。
あの日、どうして気絶してしまったのかというと──殿下と初顔合わせだったからだ。
幼いエミーリアは、殿下のあまりのカッコ良さに気絶してしまったのだ。エミーリアちゃん可愛過ぎない? カッコいい人見て、しかも自分がそのカッコいい人の花嫁候補だと知って、嬉しさのあまり気絶するって滅茶苦茶可愛くない? いや、ある意味私なんだけど、私は私だから。
それでまあ、知っての通り私は逃げ出したんだけども。
あの後、エミーリアの父親と母親に説明した。簡単に纏めると、
・殿下と婚約してはならない
・人に優しく、素直な子になるよう調教しろ
・学園に入らせるな
・入園が拒否出来ないなら、なるべく殿下とその周りと関わらないように言い聞かせろ
・才能はなるべく隠し、慎ましやかに過ごさせろ
この5点だ。あ、滅茶苦茶命令っぽいけど、ちゃんと柔らかく言ったからね? お願いしたからね?
でもその『お願い』というのが悪かったのか──エミーリアは殿下と婚約してしまった。
いやなんっっっでだよ!!!
勿論、婚約が決定する時も私はエミーリアの中でずっと見ていた。
殿下が大好きなエミーリアは婚約したかったようで(まあ当たり前かもだけど)、初顔合わせの翌日に父親に呼び出されたエミーリアはそれはもうワクワクしていた。婚約する話だろうと思っていたエミーリアは婚約しないと父親に言われ──泣き出した。
いやもうギャン泣きだ。
8才の美幼女がギャン泣きしているのを想像してほしい。
もう……こう……心折れるだろ? 申し訳なくなるだろ?
殿下が大好きなのはわかってたんだ。だってカッコよくて気絶しちゃうんだよ? 父親も母親も、そんなに好きならと快く婚約させようとしてたんだよ? 陛下も喜んでたんだよ?
でも私が『殿下と婚約するとエミーリアが不幸になる』って言ったから──どうやら会ってもいない人物の名前や未来を言ったせいで予言と思われたらしい──それが駄目になっちゃって。
もうほんと心苦しかった。中で見てる私がこれなんだもん、目の前で我が子が泣いてる状況に直面してる両親の心なんて計り知れない。
視界は当たり前だがエミーリアとリンクしているので、ぼやけてほとんど何も見えなかったが、父親も母親も涙目になっているようだった。
そうだよね! 可愛い我が子の希望を叶えてあげたいのにあげられないのって辛いよね! しかも本当は叶うものだったもんね!! めっちゃごめん!!!
しかし我慢してくれ……エミーリアの為だ……と、痛む心を抱きながら一人うんうんと頷いていると。
「……そんなに殿下が好きなのか?」
という、父親の硬い声が降ってきた。
……おい?
「……っ! ず、っしゅ、……す、き……っです、わっ……!」
「……そうか」
「……旦那様……?」
「それなら、婚約を打診してみよう」
おい!?
「っほん、と、でしゅか……っ!?」
「旦那様……!」
「ただし、どんなに厳しい妃教育に耐え、真面目にやり、結果を出し、傲慢にならず、誰にでも優しくできるなら、だ」
おい!!?
「それが出来るのなら、婚約を打診しよう」
「……! しま、しゅ……! します……っ! 必ず、約束します……っ!!」
おいクソ親父てめえええええ!!!!!!
……こほん。
という訳で、エミーリアは殿下と婚約しました。
いや、まあ父親の気持ちもわからなくもないから、いいとしよう。よくないけど。だって可哀想だもんね。すっごく好きだもんね、殿下のこと。わかるよ、私だもん。
殿下と婚約するにあたりエミーリアはちゃんと約束を守るようで、今まで我儘三昧だったエミーリアは大人しくなりました。侍女にお礼言うようになったんだよ、もう感動ものだよね。因みにお礼を言われた侍女はその後泣き出しました。エミーリアは理由もわからず慌ててたけど。
殿下と婚約する時の騒動は屋敷全体に広まっているらしく、侍女や執事からは温かい目で見守られました。うんうん、一生懸命お勉強を頑張る幼女って可愛いよね。
そんなこんなで婚約したエミーリアと殿下ですが、婚約者らしく月に4度は会いに行ったり会いに来られたりと、仲睦まじくしていると思う。
どうして『と思う』なんて語尾がつくのか?
それはまあ、エミーリアがほぼほぼ毎回気絶してしまうからだ。殿下が好きすぎて、カッコよすぎて、下手すりゃ出会い頭、良くてもお別れ終了間際に気絶する。
──どんだけ儚いのエミーリアちゃん……。
流石お嬢様、トキメキで気絶してしまうとは可愛いにも程がある。程があるがしかし、皆さん覚えていらっしゃいますね?
そう、エミーリアが気絶すれば、私が出てくるのだ。
二回目の逢瀬の時。まあ所謂婚約者決定後初めての逢瀬。
エミーリアは殿下と会う前に気絶した。
多分緊張で。
いやもうどうしようってレベルじゃないからね? こんなんチベットスナギツネみたいな顔になっちゃうわ。見た目エミーリアで可愛いのに表情がチベットスナギツネで本当に申し訳なく思うけど。でも待って? これから殿下と逢瀬? いや私も気絶したい。エミーリアが知らない間に第三人格作ってそいつに投げ出したい。
私はエミーリアが大切だ。だからエミーリアが殿下が大好きで、本気で婚約者になりたいと思っているのもわかっている。
でも、殿下の婚約者でいると幸せになれないのも事実だ。
勿論未来は未確定だし、幸せになれるかもしれないが──ストーリーの強制力でいろいろとねじ曲がってしまうかもしれないことを考えると、やはり殿下と婚約しているのは避けた方がいい。
エミーリアも頑張っているし、応援したくもあるのだが──やはり、殿下の婚約者という立場は避けたい。
ということで。
(エミーリアが婚約を望んでいても、向こうから望まれないように仕向ければいいんだ!)
そういう結論に達してしまうのも致し方がないだろう。まあ簡単に言うとうじうじ考えるのが面倒になったのだ。約束を違えたのは父親の方で、私は最初から婚約は望んでいなかった。
うん。よし。おっけー。
そうして私は殿下に嫌われるべく、二回目の逢瀬へと出向いた──……。
のに。