1.テンプレな私
短編だったものを連載にしてみた話です。
1~4は多少手直しをしつつもほぼ短編そのまま持ってきた感じなので読み飛ばしOKです。
なんかこの立ち位置っていわゆる『悪役令嬢』みたいじゃない? “今”流行りの。うん? “今”っていつ?
その瞬間嘘のような自分の存在を理解し、あまりにも有り得ない状況が面白すぎて、私はその場から脱走した。
まあ直ぐ捕まったけど。
*
いや〜、なんでこうなったかな〜。
豪華な『お姫様ベッド』の上でキャミソールのような薄着にキュロットのようなパンツ姿で胡座をかきつつ、ポリポリと頭をかく。
傍に控える侍女が、オロオロと私に服を着させようと手に持っているドレスを持ち上げたり下ろしたりを繰り返しているが、今まで散々『わたくし』がいびっていたからか強く出られないようだ。持っているのがドレスではなくシンバルだったら、猿のおもちゃみたいなのにな〜と思ってしまったが、まあそれはどうでもいい。
どうやら私は異世界転生をしたようだ。
いや、う〜ん、したのか? 転生というより転移の方が近い気がする。この身体の中にするっと入った感じ。転移? 憑依? 異世界憑依か。なかなかレアなのでは?
『私』が憑依する前の『わたくし』の記憶や情報もわかるが、あくまでもそれは私がやったというよりも、『この身体の持ち主がやっていた』ことだと認識している。
それにどうやら、『わたくし』は存在しているみたいなのだ。
何を言っているのかわからないって? だから、憑依だって言っただろ。
居るのだ。『私』の中に『わたくし』が。
今は私が完全に表に出てきているが、私の身体の中には『わたくし』が眠っている。要は二重人格みたいなものだ。
『わたくし』はどうやら『私』を自覚していないらしい。だが、『私』は『わたくし』を理解しているし、この状況もわかる。ということは、やはりこの身体の正式な主は『わたくし』ということになる。やばいゲシュタルト崩壊しそう。
どうして私は『わたくし』に憑依しているのかはわからない。むしろ、本当に憑依したのだろうか? 二重人格の人格って完璧に作られているから、これすらもやっぱり『わたくし』の一部なのだろうか? う〜ん、まあいいか。私が作られた人格かそうでないかは重要じゃないだろう。
二重人格なら“それ”に成りえる『目的』がある。
(私の存在意義は──わたくしの『悪役令嬢化』の阻止)
漠然と、しかししっかりと“それ”が──『私が私と成りえた理由』がわかる。
わかったはいいが、どう阻止すべきだろうか?
なんとなく『私』が表に出られる時間があまり無いことがわかる。大半は『わたくし』が表に出て『わたくし』として活動するだろう。今私がこうして出てこれているのも、『わたくし』が気絶してしまったからである。私が私でいられるのも、この一晩だけと見てもいいだろう。
その後しばらくは出て来れず──私の存在を認識していないだろう『わたくし』にアドバイスできるわけでもなく──わたくしが悪役令嬢になるのを阻止しなければいけない。
(う〜ん、とりあえずは、っと)
「! おっお嬢様!? どこに行かれるのですか!?」
「何処でも良いでしょう、貴女に指図される覚えはないわ。わたくしの邪魔をする権利が貴女にあって?」
ひょいと無駄に豪華なベッドから降り、部屋の出入口へと歩を進めると慌てた侍女が声をかけてきた。随分高圧的な返しだが、『わたくし』は“こう”なのだから仕方ない。
「しっ、失礼いたしました……! し、しかし……! お召し物を……!」
「……それでいいわ。さっさとしてちょうだい」
「はいっ!」
慌てる侍女は、持っていたドレスの着付けにかかる。
そうだった、私としては普通の薄着感覚だったんだけど、ここでは下着になるんだっけ。
膝上を紐で縛られ、ふんわりとバルーン状になっているキュロットパンツは、紐を解いてしまえば普通の緩いズボンである。しかしここではこれがパンツなのだ。
上のキャミソールにも同じことが言え、まだ膨らみが目立たないとは言ってもブラジャーもないこの世界ではこのキャミソールがブラジャーみたいなものだ。
ということは、私は今まで下着で胡座をかいていたということ。
……確かに侍女は慌てるし、『わたくし』としては有り得ない光景だっただろうね。でもごめんね、今は『私』だから。このくらいの薄着、私にとっては普通だったから。
そうして比較的緩いドレス(生地はしっかりしているが、パーティードレスのような動きにくくゴテゴテしたものではなく、どちらかというとワンピースのようなものだ)を着させてもらい、早々に侍女に暇を出した。
私が奇行に走った──逃亡を図ったアレだ──から監視の役目を与えられていたのだろう侍女はそれはもう渋ったが、我儘なわたくしに勝てる筈がなく。すごすごと部屋を後にした。ちょっとホッとしていたのは見間違いじゃないだろう。
さてさて。時間はない。折角こうして私が生まれた──憑依した──のだから、精々『わたくし』の役に立とうではないか。
「お父様、お話があります」
「どうした、私のかわいいエミリ。もう大丈夫なのか?」
そして私は『わたくし』の父親の書斎へと向かい、『わたくし』に見えるように姿勢を正し言った。
「大切なお話があるのです。お母様とお父様、そしてわたくしの三人で話したいのですけれど、お時間ございますか」
私のただならぬ雰囲気に父はハッとして、傍に控えていた執事に母を呼んでくるように指示を出す。父は気付いたのだろう。今から私が『今日の奇行について』話すことを。
「詳しくは揃ってからお話しますが、先にお父様に──いえ、“エミーリアの父親”に言わなければいけないことをお話します」
「……エミリ? どうしたんだ?」
訝しげな顔をする父に、私はそっと深呼吸する。
「わたくしは──“私”は、エミーリアを幸せにする為にここに居ます」
そして私は、嘘と本当を混じえながら、『エミーリアの悪役令嬢化の回避方法』を説明した。