ロードリック、王都に着く
カインハスラント王国。
王都・カーネルハントは、王太子アルドアの婚儀という、国を挙げての大きな宴を間近に控え、出入りの商人、並びに祝辞を述べに来た友好を結ぶ王侯貴族の訪れに大いに賑わっていた。
溢れかえるほどの人で賑わうその中を、ロードリック・ローエンシュタインは愛馬を引きながら歩いていた。
カインハスラント王国を訪れたのはこれで二度目である。
だが、その時とは状況が違うため、ロードリックは物珍しさも兼ねて辺りを見回した。
臨時雇いの騎士として仕事口を見つけに来たのだが、これでは仕事口のほうはともかく、今夜のまともな宿の確保のほうが難しそうだった。
野宿は免れるだろうが、酷い宿を覚悟せねばならぬかもしれぬ。
(やれ、今夜はちゃんとしたベッドで眠れるやもしれぬと思ったのだがな)
ロードリックは落胆の溜息を洩らすと、これまでの旅でかなり減った糧食を手に入れるため、大通りへと歩みを進めた。
王都の中でも、最も馬車と人の行き交う大通りの中で馬車が急に停車した為、ロードリックはどうしたのかと自然にそちらへと視線を向けた。
外見は質素に誂えてあるが要人用の馬車らしく、馬車にはカインハスラント王家の紋章が飾り付けられていた。
その馬車の扉が不意に開くと、中から兵士らしき中年の男が転げ落ち、高い悲鳴をあげながら、美しい少女が飛び出してきた。
「誰か!お助けくださいませ!」
涙ながらに助けを求める少女はそれは美しかった。今までに見たことが無いほどに。
波打つ長い白金の髪と、澄んだ紫色の瞳。着こなすのが難しいというラベンダー色のドレスを品よく着こなしている。
妖精や天使、美の女神といった、人ならざる者の澄んだ美しさだった。
誰もが目を奪われていた。それはロードリックとて例外ではない。
だが多少の戸惑いはあった。あろうはずもないが、その少女に見覚えがあったのだ。
「騎士様!お助けくださいませ!」
少女…ことリアティスが、騒めく群衆の中からロードリックを見つけ駆け出してくる。抱き着かれる覚悟はしていたが、その衝撃が思ったよりも大きかったことに少し驚いた。
「お願いです。あたくしを王都の外まで逃がしてくださいませ」
涙ながらに訴えるリアティスに、これはただならぬ事だろうと、ロードリックは庇う様にその体を抱え込んだ。転げ落ちた兵士からは見えないように隠す。
それはリアティスに目を奪われ、見惚れていた街の人々も同様だったのだろう。
兵士が馬車の中で、この美しい少女に何か無体なことを働こうとしたに違いあるまいと、自然にロードリックとリアティスの前に進み出てその姿を隠し庇いながら、避難の目を警備隊長に向ける。
宿を探している最中で、馬を引いているのが幸いだった。
ロードリックは庇う街の人たちに助けられた形で、リアティスを馬に乗せて相乗りすると、王都の外へと馬を走らせて行った。