思わぬところで親孝行
「それで、王宮は今でも混乱してますの?それではあの甲斐性無しの王太子殿下のご即位もまだという、そういうことですの?」
リアティスが尋ねると、ガイウスは渋い表情を作った。
「実際、その事で今混乱していてな」
「どういう事だ?」
ロードリックが先を促す。
「もともと王太子殿下は頭 の出来がよろしくなかった。まあ、武芸の腕は優秀な方だったがそれだって特別秀でていたわけではない。長子とはいえ、王太子として相応しくないのではという意見もあったくらいだからな。それが安定して王太子位に就いていられたのも、陛下が第二王子であるカルザス殿下を気に入らずアルドア殿下を選ばれたからにすぎない。まあ、王太子妃としてリアティスを送り込もうとしたガードランドの後見もあっただろうが……」
(そのせいで……)
男二人、力なく溜息を吐いた。
「その陛下の後押しが無くなったので、カルザス殿下を新たな王として推す声が高くなっている。なにしろ、王太子殿下は自らの花嫁となるはずだった 処女 を、己が保身の為に父王へと差し出したお方だからな。あの美しくも可憐にて清廉なるリアティス姫を生贄に差し出し守らなかったという事で、王宮の人間からすっかり信用を失っておられる」
「あらまあ」
リアティスが得意げに笑う。ガイウスはまた溜息を吐いた。
「何より、エナ王后陛下がアルドア殿下ではなく、カルザス殿下を後押しされていてな。もともと英明であったが故に国王陛下に疎まれた御方だ。あっという間に周りの貴族、重臣の方々を味方に付けられた。こうなると王太子殿下に勝ち目は無かろうな」
「とはいえ、正式に王太子の位に就いているのだから、政局の混乱は必至か」
「そういう事だ」
ロードリックの言葉にガイウスが頷いた。
「ガードランドはどちらについておりますの?」
「表向きは王太子殿下だ。何しろ婚姻を結ぼうとしていたからな。おいそれと手は切れん」
「あら、では裏ではもうカルザス殿下についておられますのね?流石やり手のお父様ですわ」
「アルドア殿下はお前に全ての罪を被せたいみたいでな。俺が単身、片を付けに行くと言ったら、あの使えない部下を二人よこしてきた」
「力余って 殺っちまえばよかったですわ」
リアティスは満面の笑みを浮かべ冷ややかに言った。溢れ出る怒気に、ロードリックとガイウスの体が後方へ退く。
「同情票が欲しいのだろう。甲斐性無しの馬鹿王子より、美貌の女テロリストに騙された男の方が情けないが同情する」
「馬鹿の考えはわからんが、まあそんなところだろうな」
何故かロードリックとガイウスがアルドアのフォローをするように言葉をついだ。
「それにいたしましても、真相を闇に葬らなくてはいけませんという事は、真犯人は薄々わかっているという事ですのね?」
リアティスの指摘に、ガイウスは言葉に詰まり、唸り声をあげつつ頷いた。
「十中八九、カルザス殿下であろう」
「第二王子の?」
ロードリックが尋ねる。
「王太子妃逃亡の混乱に乗じての、王位簒奪だろうな」
「まあ、あたくしの知らぬ間にそこまで話しが大きくなっておりましたの」
(まさに傾城、傾国)
文句の言いようのない働きぶりに、ロードリックは表情にこそ出さないものの内心、感嘆の声を上げた。
だが、リアティスの場合、傾国の美姫という言葉は似合わない。
どちらかと言えば、トラブルメーカーだろう。
立派に傾国の美姫の働きをしているが、行動に色気が無い。
ガイウスはリアティスの暢気な感想の声を聴いて、眉間に皴を深く刻み付けた。重いため息を吐く。
「それではお家も大変だろう」
ガードランド公爵家の、ガイウスの巻き込まれた立場に対して、ロードリックが気の毒そうに言った。
「こんな事で揺らぐほどガードランドは弱くない。切り捨てられぬほどに、王宮に勢力は伸ばしてある」
ガイウスが答えるその言葉には揺るがない自信がある。そして時期ガードランド公爵としての自負と誇りが。
リアティスが以前に言った通り、父であるガードランド公爵同様、ガイウスも叩き上げの人間なのだろう。逆境に強い。ただの公爵家の令息、ボンボンでは無い。
「第一、お前を手駒として使おうとしたのが間違いだったんだ。父上も今は諦めて達観しておられる」
(気の毒に…)
ロードリックは何度目になるかわからない同情の念をガードランド公爵に対して送った。
「一応お尋ねいたしますけれど、お母様は?」
リアティスの問いかけに、ガイウスは暫しの沈黙の後に渋い表情のまま答えた。
「………母上は、お前が駆け落ちしたという噂を耳にしてそれを鵜呑みにしておられる。お前が命がけのロマンスをしていると聞いて、大層お喜びだ」
「まあ、思わぬところで親孝行してしまいましたわ」
リアティスが両手を頬に当てて驚いたように声を上げた。ロードリックとガイウスは二人思わず深いため息を吐いた。
「そう言えば…」
ガイウスは何かを思い出した様子でリアティスを見る。リアティスはなんでしょうと言う風に可愛らしく小首を傾げて見せた。
「お前、オルレアン殿に何をした?」
「あたくし、なにもしておりません事よ?」
ねぇロック、と同意を求める。ロードリックが頷いて答えた。
「人質になっては貰ったが、それは俺がした事だしな。特別リアティスが何かしたという事は無いな」
言ったというか、本性を晒したというのなら話は別だが…。ロードリックは崩壊寸前のオルレアンの様子を思い出した。
「そうか」
ガイウスが考え深げに頷く。
「どうかなさいましたの?」
「よほど酷いショックを受けたらしくてな。高熱を出して寝込まれた」
「あら…」
リアティスが頬に指先を添え、何か思い当たったといったような素振りを見せた。
(やっぱりか……)
予感的中。中てに行かなくても中りに来てしまった。
「………お弱い方」
リアティスが憐れんだようにぽつりと呟く。
(お前が言うな)
強健な精神の持ち主でもアレはキツイ。
ロードリックは薄々感づいていそうなガイウスに対して、一応の解説をした。
「……別に、何かしたってわけじゃない。厳密に言えば、真実を見た…といったところだろうな」
「………なるほど」
ガイウスが溜息を吐きつつ納得した様子で大きく頷いた。
醒めてはいけない夢も世の中にはあるのだ。