同じ苦労を分かち合う
纏めた荷物を持ち、階下にあるロビーへと降りていく。
一応、ガイウスを人質に取り引っ立てる形を取ったが、宿に泊まっている客は厄介者には関わらない事を決めたのだろう。なにしろ、宿がそう言った訳あり客を受け入れている宿だ。騒ぎは聞きつけているだろうが、なりを潜めて様子を見に出てくることは無かった。
ロビーに着くと、出入り口付近に宿屋の主人が倒れていた。ロブロイとイグナシオを止めようとしてやられたのだろう。
ロードリックは倒れた主人に急ぎ近づくと、脈を確認し胸を撫で下ろした。気絶しただけのようである、とはいえ災難な事ではあるが。
「気絶しているだけだ」
ロードリックがそう言って立ち上がると、リアティスがぽつりと呟いた。
「あら、ご臨終ですと言い損ねましたわ」
「言うな!」
「言わんでいい」
ダブルツッコミになった。だが、キャリアの差か、ガイウスの方がほんの少しだけ早かった。
「それで、陛下がお亡くなりになったというのは本当ですの?」
人気のないロビーの円卓で、三人は輪になって会合した。
リアティスの問いかけに、ガイウスは無言で頷く。ロードリックが付け足して尋ねた。
「その割には噂が広がっていないようだが、公式は発表はまだなのか?」
「ああ…」
頷いて、ガイウスは少し戸惑ったようにリアティスを、そうしてロードリックを見やった。ロードリックが察して名乗る。
「ロック、一応旅の連れだ」
「妹が迷惑をかける」
「いや…」
丁寧な言葉に思わず頭を下げた。
このままだと苦労を分かち合った男同士、友情が芽生えそうな雰囲気だった。
「陛下が亡くなられた事に関しては、今は戒厳令が敷かれて伏せられている。王宮が混乱していてな」
そう言って、ガイウスはちらりと非難を込めた目でリアティスを見た。
混乱の原因、張本人であるリアティスは頬に手を添えてただただ美しく微笑んでいる。
「どうやら陛下は混乱に乗じて暗殺されたらしい。お前が陛下を殴り倒して出奔してからそう時間が経たないうちにだ」
「まあ」
「力余って殴り殺したんじゃないだろうな」
ロードリックがジロリとリアティスを見て言う。無論、本気ではない。
「あら、それはありえませんわ」
あっさりとリアティスが否定した。きっぱりと断言するリアティスにロードリックが尋ね返す。
「あたくし、イチモツに不能と書いたと言いましたでしょう?」
そう言って、リアティスがにっこりと意味ありげに笑った。
「お元気でしたわ」
(………元気になっちゃったのかー)
男二人、思い当たる節々に思わず俯いて視線を逸らした。リアティスはの明るく軽やかな笑い声が聞こえてくる。
「……それならまあ、生きていらしたんだろう」
「そうだな」
お互いにリアティスから顔を背けたまま、合意し頷いた。どこか気まずい雰囲気の中で、リアティスだけが一人楽し気だ。
「最初に話していたように、リアティスが殺したことになっているのか?」
「最初はそう噂されていた。力をつけ過ぎたガードランド公爵家を陥れる為もあってな。暗殺の犯人がわからなかったせいもあったのだろうが、一番怪しい行動を取ったお前が疑われた。他国の刺客である男を王宮内に引き入れ、逃亡したという具合にな」
「そうか…」
(えらい迷惑な…)
ロードリックが内心で独り言ちる。
リアティスが変わらぬ調子でどこか得意げに言った。
「父は庶民上がりの成金のやり手ですから、由緒正しい血筋の周りの貴族からはとても嫌われておりますのよ」
「実力が無い弱い犬は良く吠えるからな。無能になり替わって何が悪いか」
ガイウスがくだらないといったように吐き捨てた。なるほど、ガイウスもなかなかの毒舌である。
「それで今は?」
「次に、陛下は急な病に倒れ、亡くなったという事になった。王妃エナ様が王家の体面を慮ってな。何しろ、王太子妃を手籠めにしようとして返り討ちにあわれたからな。正式な発表はそうなるだろう」
ガイウスが深いため息を吐いた。
「だが暗殺されたという噂はどうしても消せなかったんでな。結局、今は他国の刺客が陛下を暗殺し、その時に傍に控えていた美姫に心を奪われ無理矢理に連れ去ったという説に落ち着いた。誰もリアティスにあのような暴挙ができるはずがないと、王太子殿下の言葉を真に受けなかったんでな」
「なっ…!」
ロードリックが狼狽し声を漏らした。
それは、もしかして、自分の身に全ての罪が被せられたという事か…。
「暗殺+誘拐。ロック大犯罪者ですわね。素敵ですわ」
(誰のせいだ)
傍らでころころと笑うリアティスに、ロードリックは内心でぼやいた。
「勿論、表向きの話だがな」
ガイウスが重く口を開いた。
「だからリアティスを生きて帰せとは、誰も言っていない」
ロードリックは息を呑んでガイウスを見た。リアティスの瞳ももう笑ってはいない。
「罪をお前たち二人に被せ、陛下の暗殺に関しては真相を闇に葬るつもりなのだろう」
「まあ酷い」
己の身に降りかかる冤罪にリアティスが素直な言葉を漏らした。