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旅は道連れ、余は苦しゅうない  作者: 町娘おピカ
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お兄様お元気そうでなにより

そろそろ休もうとして、室外の物音に気付く。

ロードリックは立ち上がると、ベッドの端に立てかけて置いた剣を引き寄せた。

リアティスに目配せし注意を促すと、窓の傍まで近付きカーテンの隙間から外を覗いた。

人影はない、どうやら多勢での追手では無いようだった。

「荷物を」

小声で指示を出す。

幸い部屋は二階である。さほど多くはない荷物を纏めて、リアティスを抱えて窓から飛び降りれば余裕で逃げ切れる状況だった。無駄な争いはしないにこした事は無い。

「せっかくお宿をとりましたのに」

リアティスは嘆息して言うと、テキパキと荷物を片付けに入った。壁に掛けてあったロードリックの外套を外して自分の肩に掛ける。

「料金前払いですのにね」

「セコイ事を言うな」

ロードリックは小声で返すと、ドアを睨み付けるようにして様子を窺った。

この宿は例え罪人であれ、客の安全を保障する宿だ。お客さんの秘密なんぞ知りませんよ、こちとら料金さえ払っていただければ結構で、なに今宵の安全はお任せ下さいよと。高値を取るだけの宿なのだ。

だが、今は部屋の向こうから聞こえてくる押し問答の声はどんどんと大きくなり、不穏な雰囲気を伝えてくる。

「やめてくださいよ!」

宿屋の主人であろう人間の弱り切った大きな声に続いて、荒々しい物音を立てて乱暴に扉が開けられた。

咄嗟にリアティスを背に庇う。

開け放たれた扉から、身なりの良い中背の男が一人、荒々しく入って来た。

「勘弁してくださいよ。これじゃ商売ができなくなっちまう」

と嘆く宿屋の主人の声に、男は

「後でいくらでも金はやる」

とぶっきらぼうに告げる。

そしてロードリックの背に庇われたリアティスを見て苦々しく顔を歪めると、

「そなたらはここで待て」

と短く告げて、後ろ手に扉を閉めた。

きつくロードリックをリアティスを睨み付ける。



「リアティス!恥を知れ!」

「お兄様」

憎々し気に吐き出された言葉に、リアティスが答えた。

驚いて後ろに庇ったリアティスの顔を顧みる。平素と変わらぬ、飄々とした顔がそこにあった。

見せている表情、取っている態度のあまりの違いにロードリックは戸惑う。

「兄だと?」

二人の顔を交互に見つめ尋ねた。リアティスが頷いて答える。

「兄のガイウス・ガードランドですわ」

余りに似ていない。

リアティスの線の細い、頼りなげな、華奢で澄んだ美貌と違い、兄のガイウスは武骨でがっちりとした体躯で、どこか猛々しい印象を与えた。

髪と瞳は黒く、肌は陽に良く焼けた褐色で、ともすれば武人のような印象を与えるガイウスに似合っているともいえるが、名門貴族の子弟といった容貌ではなかった。顔立ちも平凡で、あまり整っているとは言えない。

言われなければ一生、兄妹だとはわからないだろう。

リアティスはにっこり微笑むと、憎悪に顔を歪めた兄をロードリックに紹介するように手で示した。

「顔立ちの不自由な、うちの兄です」

脱力するような事を言う。これだけ緊迫した雰囲気の中で、本当に大したものだ。部細工と言いたいのかもしれないが、ガイウスは別段不細工なわけではない。なによりリアティスと比べれば、世の中の人は概ね全て顔立ちに不自由が生じてしまう。

ガイウスは怒りに顔を赤くすると、腰に差していた剣に手を掛けた。

「リアティス!この一族の恥さらしめが!母が下卑な吟遊詩人との間に設けた不貞の子だけはあるわ!そのような身なりの男を情人として囲い込むとはな!汚らしい淫売め!」

「なに!」

ガイウスの暴言に、ロードリックが激高する。自分が情人にされたことはさておき、実の妹を貶めるような発言は許せなかった。

だが当のリアティスと言えば、常日頃のあっけらかんとしたとした表情のままで、顔に手を当てて傾げてみせる。ガイウスの暴言など聞き慣れた様子で受け流していた。

「まあお兄様。いくらご自分の顔立ちが不自由なせいで、侍女のアリエルやマリベールやレイチェルやマリエルにふられたからといって、そんな言いがかりは酷いと思いません事?それはあたくしは美の女神の祝福を一人受けまくって引く手あまたでございますけれど」

「うっ、煩い!なんでそんな事知ってるんだ!」

(全くだ)

ロードリックもそう思ったが、あえて口には出さなかった。

リアティスは

「蛇の道は蛇、ですわ、お兄様。女って、恋バナが好きなものでしてよ」

とさりげなくガイウスの恋に破れた噂が拡散している事を伝えると、続けて興味深々に

「ところでお兄様。名前の最後に『ル』がつく女性がお好みですの?」

と尋ねた。

鋭い指摘なのか、当然気付くべきところであるのかは良くわからないが、時と場合を考えてない質問である事だけは確かだった。ガイウスも思わぬところで赤っ恥である。

「煩い!」

「あら」

ガイウスが怒りに肩を震わせて怒鳴る。リアティスはそんなガイウスを見て楽し気に笑っていた。

ロードリックと言えば、二人の関係を察してただ呆れかえるばかりだった。

たぶん、ガイウスは普段からリアティスに揶揄われ、扱き下ろされてばかりだったのだろう。こんな堅物臭い兄では、リアティスなら揶揄って遊びたくなるというものだ。これまでの人生、そして今現在も、苦労でいっぱいだったに違いない。

ロードリックは内心秘かに、ガイウスを気の毒に思った。



「俺の事などどうでもいい!リアティス!貴様、国王陛下と王太子殿下に対し、暴力を振るうはおろか、弑し奉るとは!例えその男に唆されたと言うても許し難い悪逆だぞ!」

「俺は関係ない!」

思わず即座に訂正していた。

「……ロック?」

リアティスが背後からにこやかに威圧を掛ける。ロードリックは思わず息を詰まらせた。

だがそれより。

「弑し奉る…?オルテガ王が殺されたのか?」

「ふざけた事を!貴様らの仕業だろうが!お前たちが一番良く知っているはずだろう!」

「…いや」

否定しても信じられはしないだろうことを察して、ロードリックは言葉を途切れさせると、後ろに庇ったリアティスの顔を窺い見た。

「あたくし、存じませんの事よ」

リアティスは国家の一大事に対して、何の動揺もなくけろりと言う。

その様子は、ガイウスの怒りをさらに煽るものになったようだった。

「お前のせいで、ガードランド公爵家は謀反の嫌疑を掛けられ、取り潰されるやもしれぬのだぞ!この上は兄であるこの俺の手で、リアティス、お前の身柄をアルドア殿下に差し出してくれる!それでガードランドの潔白も証明されるであろう!」

そう言うや否や、カイウスは剣を抜く。リアティスはパンと手を叩いた。

「では、あたくしたちはお兄様を生け捕りにしていろんな情報を引き出しましょう」

「……あのな」

簡単に言ってくれる。だが、今起きている詳しい情報を訪ねるにはそれしかなさそうだ。



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