王宮にて2
「ガイウス!待たぬか!」
後ろから声を掛けられ、ガイウスは訝し気に、だが表情は変えず、王太子アルドアを振り返った。
「これは王太子殿下におかれましてはご機嫌麗しく」
「麗しいわけがないだろう!」
恭しく頭を下げたガイウスに対して、アルドアは苛立った様子で高圧的に声を張り上げた。
「お顔のアホという文字もようやく消えたようですな。近くで見ましても跡が見当たりません」
「何だと!私を愚弄するつもりか!」
「滅相もございませんぬ。我が愚妹リアティスが殿下に嫁いでいれば、殿下と私は光栄にも義兄弟になるはずだった身。それを残念に思っておりますのに」
「…うっ、く」
ガイウスの嫌味に、アルドアは唸り声をあげた。
自らの妃となるはずの乙女を、保身のために父王に差し出した身である。その身内たる青年に面と向かって言われ、やり場のない怒りと共に少しの負い目を感じていた。
「まあ良い。ところでガイウスよ。そなた単身にてリアティスを探しに行くつもりか?」
「そのつもりでございますが、何か?」
そんなはずもなく、多少なりとガードランド公爵家に仕える従者は連れて行く。従者はガイウスの一部であるのだから、詳しく話す必要もない。
「そは、真か?」
「我が家の恥を広く人に知らしめるつもりはございませぬ故」
「手厳しいな、ガイウスよ」
「あれはガードランドの面汚し。生きているだけでガードランドを陥れます。あの売女は私の手で始末をつけねばなりますまい。兄に討たれるのであれば妹も本望でございましょう。ガードランドの不始末はガードランドが致します。御手を煩わせるわけには参りませぬ」
「ようわかった」
ガイウスの言葉を受け、アルドアはにんまりと締まりなく笑った。どんな企み事かはわからないが、ろくでもない事を考えているのは確かだ。
「単身行くのでは危険だろう。私の部下を二人、そなたにつけようと思ってな。ロブロイとイグナシオだ。遠慮せずに使うがいい」
アルドアの言葉に、後ろに控えていた武官が二人、前に進み出た。
進み出た二人に、ガイウスは無遠慮な視線を投げる。身なり風采共々、王太子が自分の部下であると紹介するには甚だ問題があった。うだつの上がらない印象で、身分も決して高くはないだろう。この働きを持って、王太子に取り入り、出世を図ろうとしているのだろうか。
であるとするならば…。
(使えぬな)
「私を信用しておられぬようですな」
ガイウスは眉を顰める。
「まさか私が、あの恥さらしめを逃がす手伝いでもするとお思いですか」
「いや…そういうわけではないぞ、ガイウスよ。オルレアンの話ではリアティスの連れている騎士は大層腕の立つという話。そなたは国家に役立つ身だ。万が一のことがあってはならないと思ってな。うん」
ガイウスに凄まれ、アルドアはしどろもどろになりながら答える。居丈高な態度だが、どうにも卑屈さが垣間見え、王妃エナのような立派な威厳という物をこの王太子は持ち合わせていなかった。
ガイウスは不信も露わにアルドアを睨み付けると、次いで深々と頭を下げた。
「……王太子殿下のお心遣い、このガイウス、有難く受け取らせていただきます」
「おお、うむ。良い結果、期待しておるぞ」
アルドアがどこか安堵した様子で満足そうに頷く。ガイウスは下げた頭の下から蔑んだ視線をちらりと向けた。
「御前失礼いたします。ロブロイ殿、並びにイグナシオ殿。旅支度が済んだらガードランドの家屋敷まで来てくれ。明朝にも旅立つ故な」
「わかり申した」
ガイウスはアルドアの後ろに並び立つ二人にそう告げると、もう一度深く頭を下げて王太子アルドアの御前を辞した。
(あの殿下は本当に馬鹿だな)
足早に歩きながら、ガイウスは先ほどまで対していたアルドアを思い独り言ちた。
あれではカルザス殿下に次期王の座を奪われそうになるわけだ。自らの大事にあの程度の手駒しか揃えられないとは。
これ以上、あの馬鹿王子の側についていても、損はあっても得となることはなさそうだ。
(やはり父上の言う通り、表立っては動けぬが、カルザス殿下側についた方が良さそうだ)
だがその前にも。
(我が家の不始末はどうにかせねばな )