王宮にて
まだ混乱の治まらぬ王宮の中を、ガイウス・ガードランドは共も連れぬまま一人歩いていた。
絶世の美姫、リアティス・ガードランドの実の兄であり、次期ガードランド公爵であるガイウスを、王宮に参内していた周りの貴族たちは好奇の目で見ていた。
問題が起こり、立場が微妙になったガードランド公爵家が次にどのような手に出るのか、興味があるのだろう。
ガイウスはその武骨な顔立ちの中に不機嫌さを漂わせ、周囲の目を無視して足早で歩いた。
謁見の間に出ると、国王代行の王妃エナが玉座に腰を降ろしていた。
その両脇に、王太子アルドア、第二王子カルザスが、エナの座る玉座を挟むようにして立っている。
「ガイウス・ガードランド卿が参られました」
近衛兵がガイウスの訪れを告げる。
「通して良い」
謁見を許すエナの声に、ガイウスの行く手を遮るように下げ掲げられた御旗が上げられた。
ガイウスは旗手の間を行き、玉座の前まで進み出ると王妃と王子に対し、片膝を立てて頭を垂れた。
「王后陛下、並びに両殿下におかれましては、此度の事真にお悔やみ申し上げます」
「有難う。そなたの我等を労わる心、真に嬉しく思っておりますよ」
エナが感情の籠らない声で答えた。
ガイウスが顔を上げると、王太子アルドアが卑屈で臆病そうな表情を覗かせ乍ら、顔を引き攣らせ皮肉気に口を開いた
「しらじらしいことを申すな、ガイウスよ。此度の事、噂を聞かなかった訳ではあるまいに」
「何のお話なのかわかりませぬ。王后陛下、並びに両殿下のような賢いお方があのような噂を真に受けるなど、そんな愚かな話、このガイウス露とも疑ったことはございませぬ。我がガードランド公爵家の忠誠を疑っておられるなどとは、とてもとても、信じられませぬ」
アルドアの言葉に、ガイウスは少しの表情も変えることない。
「勿論だ、ガイウス。私も母上も、ガードランド公爵家に対し、重き信頼を置いている」
カルザスが答える。アルドアに比べると少し線の細い、英明な、賢そうな王子である。
アルドアはそんなカルザスの受け答えを聞いて、舌打ちしたそうな、悔し気な表情を浮かべた。
「してガイウスよ。今日は何用があって参ったのです?まさかお悔やみを言うが為だけにわざわざこうして謁見を願い出たわけではないでしょう。言ってごらんなさい」
エナに先を促される。
「それでは王后陛下のお言葉に甘えまして、率直に申し上げます。私が本日お目通りを願ったのは他でもない、我が愚妹リアティス・ガードランドについてございます」
ガイウスの言葉に、エナの皴の多い顔がきつく強張った。両眉が吊り上がる。
「あの愚かで不埒な妹をこのまま野放しにするは、我がガードランド公爵家最大の恥。何よりあの愚か者の為にガードランドの忠誠が疑われるなど許し難い事。今は亡き陛下、並びに王太子殿下に対して申し訳が立ちませぬ」
アルドアの頬に羞恥の朱が昇った。怒りのまま何か言いたげに口を開こうとしたが、母后の手前それができない。エナ、カルザスは共に表情を変えずガイウスの言葉を待つ。
「我等も独自に調査し、リアティスの行方を追っております。つきましては、あの謀反者の始末、この私めに許していただきたく存じます」
そう言って、ガイウスは再び頭を垂れた。
エナは冷たい表情のままガイウスを見下ろすと、長い沈黙の末に口を開いた。
「………此度の大事においてのガードランドの立場、ようわかっているつもりですよ」
エナの言葉に、ガイウスそして両王子、三人の視線がエナへと集まった。
王后であるエナは、国王代行を務めるに値する充分な威厳を漂わせながら、ゆっくりと口を開いた。
「許します。良く努めなさい」
「有難きお言葉。王后陛下に対しまして、このガイウス、感謝の言葉尽きることはございません」
ガイウスが深く深く頭を垂れる。アルドア、カルザスの両王子は、驚愕の面持ちで母后エナを見やった。
「母上!ガイウスの言葉を信じるおつもりですか?!」
アルドアが声を荒げ、母后に喰ってかかる。エナは一瞥もせずそれを無視した。
カルザスも物言いたげな表情を浮かべたが、アルドアのように喰ってかかる事はせず、黙って母后の様子を見守った。
「二心は許しませんよ。良いですね?」
エナの言葉にガイウスは無言で頷く。
「下がってよろしい」
「は、失礼を」
ガイウスが礼をし場を辞すと、アルドアはそわそわした様子を見せ、母后と遠くなるガイウスの背中を交互に見やった。
「……母上、暫し失礼いたします」
居ても立っても居られぬというように、アルドアは最低限の礼をすると、慌てた様子で駆け出す。
王妃エナはその後ろ姿に蔑んだ視線を投げると、手に持った扇を閉じ口元に運んだ。軽く溜息を吐く。
「母上」
愛息子の呼びかけに、エナは傍らに立つカルザスを見やる。
「リアティス姫を、お見捨てになるおつもりですか?」
カルザスの問いかけに、エナは表情を変えきつく我が子を睨み付けた。自らの発言に怒りを露わにした母后に対して、カルザスは表情を変えずに続ける。
「近頃のガードランドは力をつけ過ぎております。醜聞を起こした姫を娶れば、ガードランドに対して恩を売ることができましょう。姫の身の安全を確保することは、今の私たちには必要な事ではないかと思いますが」
「……ガードランドとは手を組みますよ。寧ろ、敵に回せば、私たちの勝利はありえないでしょうからね」
エナは感情の籠らない硬い声でそう告げると、カルザスの手を取りその手を握った。そしてその手を引き、そのまま玉座の肘掛けに重ねて置く。
「次代の王の座は、あなたの物です。カルザス」
エナの言葉にカルザスは何も答えなかった。ただきつく、母后の手を握り返す。
「ですが、それとこれとは話が別です。良いですか、私は許しませんよ。カルザス、私は許しませんからね」
冷たい声でエナがそう告げる。
カルザスは表情を変えず、真っ直ぐ前に眼差しを向けている母后を冷たく見据えた。
「御心のままに…、母上」