第五話 聖なる『契約の初口付け(ファーストキス)』と世界の改変
鄙にも稀な美少女の生々しい唇が間近にある。
それは、俺がクリスマスイブの夜に捕獲したスネグーラチカのものだ。
スネグーラチカは、サンタクロースのクリスマスプレゼント配りのバイトをしていた【お嬢サンタ】と呼ばれる高位次元の聖なる存在だ。
そして、俺の枕元に下げた薔薇の刺繍が刺された高級靴下を履いたことにより、俺へのクリスマスプレゼントになったのである。
若干の擦れ違いはあったものの、今は互いの同意の元で、聖なる『契約の初口付け』を行おうとしているところだ。
俺こと美田九朗は自慢じゃないが、十九年間生きて来て女性と付き合ったことは無かったのだ。
しかもスネグーラチカは、テレビや映画に出演しているアイドルや有名女優よりも奇麗なのだ。
俺は、こんなに美しい美少女をみたことがない。
そんな美少女が、俺の寝室に俺とふたりきりなのだ。
しかもこれから聖なる『契約の初口付け』を行おうとしている。
到底、現実の出来事とは思えないが、これは現実なのだ。
俺は、心の中でスネグーラチカが俺の許嫁であれば良いのにと願った。
それから、こんな美少女を美田家の外に住まわせる訳にはいかない。
間違いなく悪い虫が湧いてくることだろう。
ということは、スネグーラチカを美田家で住まわせる理由も必要となる。
流石に義妹というのは難しそうだ。
従妹は結婚が可能だが、安全をみて再従妹という設定は如何だろうか?
スネグーラチカの容貌は、白系露西亜人を彷彿とさせるもので、俺と明らかに人種が違うが、再従妹という設定ならばなんとかなるか。
そして彼女の両親は事故で他界しており、天涯孤独の身の上となったスネグーラチカは、遠い親戚である美田家でお世話させてもらうことにしたというか、許嫁である俺の生家に身を寄せたなんていうのは如何だろう。
俺は妄想を膨らませつつ、スネグーラチカの背中に両腕を回すと、再び抱き寄せた。
何という抱き心地の良い身体なのか。
そして再び、着衣越しにスネグーラチカの豊かに膨れた乳房の感触がする。
同時に甘やかな匂いが強くなった気がした。
もうスネグーラチカの唇は眼前だ。
そして、その唇は俺との聖なる『契約の初口付け』を待っているのだ。
俺の心臓が口から飛び出すのではないかという程にガチガチに緊張して身体が滑らかに動かせない。
でも初口付けによりスネグーラチカと契約を結ばねば、彼女を喪失することになる。
俺がスネグーラチカの身体を強く抱き締めた途端、彼女は ― ビクッ ― と震えた。
見知らぬ異性に触れられてスネグーラチカも怖いのだろう。
正統派の美少女であるスネグーラチカであるが、異性経験は俺と同様に皆無なようだ。
そんな無垢なスネグーラチカに、初口付けしようとしている。
顔を覗くと、頬に赤みが差しており、スネグーラチカの心臓の鼓動も聞こえるようだ。
魔導書では、強引に口付けを奪うように記載されていたが、俺とスネグーラチカは互いに同意の上での行為である。
そして更に、俺の唇がスネグーラチカの唇へと近付いていく。
なんだか、スネグーラチカも期待しているかのような顔をしているのでは?
それでも良く見ると、眦に光るものが溜まっていた。
そして透明な雫が零れていく。
この年頃の女の子が流す涙には、値千金の価値がある。
俺はスネグーラチカの顎を持って上向かせると、触れるだけの初口付けを贈ろうとしている。
その次の瞬間、ふたりの唇が接触した。
「……う……」
ちゅ♡
スネグーラチカの唇はとても柔らかく彼女の精気を受け取ったかのような気がした途端、周囲が光の奔流に包み込まれた。
こんな現象は、魔導書には記載されていなかったはずだ!?
一体何が起こっているというのだ??
スネグーラチカの背中から光で構成された翼のようなものが広げられている。
それは、まるで宗教画でみられる天使であった。
そして、その光の翼も徐々に解けて周囲を包み込む。
暫くの後、光の洪水が収まった時、スネグーラチカの容姿が大きく変化していたのだ。
銀髪と藤色掛かった銀の瞳は、射干玉の黒髪と茶色の瞳へと変化し、色っぽい【お嬢サンタ】のコスチュームは、お淑やかな紺色のドレスに変化していた。
顔の造形も白系露西亜人の彫の深いものから、日ノ本人のものへと変化しているが、凛々しくも可憐な顔立ちに変わりはなかった。
勿論、彼女の胸元の暴力的な膨らみは維持されている。
一方、短かった衣装の裾は伸びて、足首まで隠していた。
そして頭の中に彼女との記憶のようなものが刻み込まれていたのだ。
目の前の美少女の名前は『三田雪那』というと……。
雪那の年齢は16歳。
そして俺との関係は、再従妹にして許婚である、と世界が改変されたのだ。
聖なる『契約の初口付け』をする直前に、脳内妄想で考えていた設定が現実となっていた。
雪那の両親は、交通事故で早世したことになっており、天涯孤独となった雪那の身柄を美田家が引き取って育てているという設定だ。
もしも、聖なる『契約の初口付け』の際に、スネグーラチカを性奴隷にするといったような邪な妄想を抱いていれば、そのように世界は改変された可能性が高い。
こんなことは魔導書には記載されていなかった。
だがしかし、俺は美しき許婚を手に入れたのであった。
「雪那……」
「はい、九朗お義兄さま、雪那はとっても幸せですわ。大切にして下さいね♪」
そして俺はぎこちない様子で、雪那の身体を三度抱き締めた。
雪那の身体は、とても柔らかで甘い乙女の匂いがしている。
再び、押し倒したい衝動に駆られるが、こんな状況で大切な雪那を穢したくはなかった。
俺と雪那の日常は、たった今始まったばかりなのだから……。
その後、寝室を出たところ、何時の間にか横の空き部屋が雪那の私室となっており、家族も雪那のことを俺の再従妹にして許婚であると認識していたのだ。
雪那によると、聖なる『契約の初口付け』が正しく成ったことにより、高位次元生命体であったスネグーラチカの内部エナジーが世界を改変する力に変換されたのだという。
そして、あの光の洪水はサンタクロースの許にも届き、スネグーラチカの想いが成就したことの証ともなっていたのだという。
つまり俺と雪那の関係は、サンタクロースの公認でもあるのだという。
雪那が俺の子供を産んだ暁には、きっとサンタクロースが手ずからクリスマスプレゼントを届けてくれるだろうとも話していた。
それから洋服箪笥の中には、亡くなった母親の形見という設定の純白のウェディングドレスまで準備されていた。
一方、雪那の正体が【お嬢サンタ】であり、スネグーラチカという名前の銀髪美少女であったという痕跡は何も残ってはいなかった。
もはや誘引剤を振り掛けた靴下も消失しているが、俺と雪那は確かな絆で結ばれていた。
俺は雪那と恋の階をゆっくりと着実にステップアップしていこうと決意も新たにする。
一方、雪那の方も卑劣な罠に嵌められたと愚痴っていたはずだが、満更でもない様子だ。
「雪那を只人に堕して済まなかった」
「いいえ、九朗お義兄さま。雪那も実は……九朗お義兄さまを見た瞬間、彼氏にしとう御座いました」
「そうか……俺と雪那は、最初から両想いだったわけか?」
「はい、九朗お義兄さま! 女の子にも性欲はあるのですわ!!」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもありませんわ♪」
斯うして、俺は最高のクリスマスプレゼントを得たのであった。
お読み下さり、ありがとうございます。
これにて本編は完結いたしました。
エピローグを12月29日0に予約投稿済みです。