第四話 『雪娘』のスネグーラチカ
「貴方がわたくしを捕縛なさったのですね。反抗しようとすると、酷い頭痛がするようです。それにわたくしは貴方に繋がれて元の世界へと戻ることが出来なくなりました。わたくしとしたことが……。好みの殿方だと思って油断しました」
「ごちゃごちゃ五月蠅いな! 俺の質問に、素直に答えるんだ!!」
期待した答えで無かったことが無性に腹立たしく、感情的な物言いをしてしまった。
それと同時にやって仕舞ったという後悔の念が俺を苛むが、男の意地で隠し通した。
「わ、わたくしの名前はスネグーラチカと申します。名前の意味は『雪娘』ですわ、卑怯者のご主人様」
俺が再び名前を問うと、忌々しそうな顔をしたものの、俺に反抗的な態度を取ったことにより頭痛に襲われたらしく、美しい顔を歪めている。
多分、反抗的な態度を取ろうとしたことで『支配のサークレット』が効力を発揮したのだろう。
そして落ち着きを取り戻した【お嬢サンタ】は、スネグーラチカという聞き慣れない名前を名乗った。
更に俺のことを『ご主人様』と呼んでいる。
これも『支配のサークレット』の効果なのだろうか?
そして無理矢理に名乗らせたことで、俺の心も ― ズキン ― と痛んだ。
「俺の名前は美田九朗という。九朗と呼んでくれ、スネグーラチカ」
「はい……クロウ様」
「ところでスネグーラチカは知っているか?」
「何……で御座いましょうか?」
「現在のお前の状況だよ」
「わたくしは、クロウ様に囚われました。わたくしのことは煮るなり焼くなり好きになさって下さい。こんな卑劣な罠を仕掛けたお方ですから、わたくしのことは性奴隷になされるのでしょう?」
「俺はお前のことが気に入った。俺の彼女になって付き合ってくれ。行く行くは妻にしたいので大切にするから!」
「本当にわたくしのことを大切にして下さるというのですか? わたくしの肉体だけが目的ではないと!? こんな無体な事をされて、とても信じられませんわ!!」
「確かにスネグーラチカの顔や体は俺好みだし、今直ぐに押し倒したいところだけれど、俺はお前の心も手に入れたい。お前の巨乳を弄ったら楽しそうだけど、今は我慢だ。何故ならば正式に契約を結ばないと、スネグーラチカの存在が揺らいで解けてしまうと魔導書に記載されていた。現状は単に捕獲して自由を奪ったに過ぎないからな」
「はい、確かに今の中途半端な状態ですと一日もすれば、わたくしという存在は消失してしまうことでしょう。虜のわたくしに取っては、救いでもあるのですわ。でも……本当に大切にして下さるというのなら……。ならば、大切にして下さるという証をわたくしに見せて下さいな。でないと死んでも契約は交わしません」
俺は強引にスネグーラチカの肉体を凌辱して、言うことを聞かせるという手段もあったが、それでは彼女の心を手に入れることはできない。
そこで自主的に俺と契約してくれるように仕向けなければならないと考えていたところ、スネグーラチカを大切にする証立てを求めてきた。
「それでは、俺は何をすれば良い?」
「わたくしの頭部に装着された忌々しい拘束具を外して下さい」
「あの『支配のサークレット』は、お前の頭部に吸収されていて、もはや取れないのだが?」
「それは見た目だけですわ。強く念じて下されば外れるはずです。お願い……今もわたくしの頭を締め付けて不快なの。わたくしの信頼を得たければ外して!」
「やるだけ遣ってみよう」
俺は『支配のサークレット』が外れるようにと願ったが、何も変化は見られなかった。
「む、無理だよ、スネグーラチカ」
「でしたら、わたくしも泡沫の夢の如く、消え去るだけですわ」
「なあ、スネグーラチカ。お前の体を抱き締めても良いか? そうすれば強く念じられると思うんだ」
「……仕方がありません。既にわたくしの所有権は、クロウ様のものですから……」
今度は俺がスネグーラチカの体を抱き締めても良いかと問うたところ、少しの逡巡の後、彼女は頷いた。
「それでは抱き締めるぞ」
「はい、クロウ様」
起立したスネグーラチカの身長は、俺よりも若干低くかった。それからスネグーラチカに近寄り、ゆっくりと両の腕を広げて抱き寄せた。
「スネグーラチカの体はとても温かくて柔らかい……それに何だか甘い匂いがする」
「は、恥ずかしい……」
初めて抱き締めた女の子の体は、とても繊細でいて心地よい。
俺は、この温もりを守りたいと強く願った。
向かい合って抱き締めたので、俺の胸板にはスネグーラチカの乳房が着衣越しにではあるが、当たって潰れている。
それでもスネグーラチカの胸の膨らみを十二分に感じることができた。
そればかりか、スネグーラチカの早鐘を打つ心臓の鼓動や発汗による湿り具合、そして微かに震えていることも感じて仕舞った。
スネグーラチカも、死ぬことが恐ろしいのだろう。
そして見知らぬ俺に抱き締められて、恐怖に怯えているのかも知れない。
なんて可愛い女の子なのだろうか。
そんなことを考えていると、スネグーラチカに対する愛しさが募っていく。
同時に捕獲したことに対する罪悪感も広がっていった。
俺は、スネグーラチカの翼を手折って仕舞ったのだ。
俺は、スネグーラチカに死んで欲しくない。
俺は、スネグーラチカの笑顔すら未だ見ていないのだから……。
スネグーラチカの体を強く抱き締めながら、俺は彼女のことばかりを強く想っていた。
すると、再びスネグーラチカの頭部に燐光が生まれ、この燐光はひとつの塊となって頭上に浮かんだ後、床の上に落下した。
それは溶解して原形を留めてはいなかったが、間違いなく『支配のサークレット』の残骸だった。
「スネグーラチカ、サークレットが取れたよ!!」
「はい、クロウ様。貴方様のわたくしへの想い、確かに見届けました。お約束通りに、わたくしを彼女にして下さいますか?」
「ああ、勿論だ、スネグーラチカ!!」
「嬉しい……やはりわたくしの目利きは間違っていなかった。わたくしもクロウ様の寝顔を見た瞬間、運命を感じましたもの」
「ほ、本当なのか? スネグーラチカ??」
「わたくしたち【お嬢サンタ】のお仕事は、良い子にクリスマスプレゼントを贈ることですが、同時に愛しい方を見つけることでもあったのですわ」
「そうか、スネグーラチカにも複雑な事情があったのだな」
「はい、クロウ様。わたくしは喜んで契約させて頂きますわ」
「確か『契約の儀式』は、聖なる『契約の初口付け』だったよな?」
「……はい……その通りですわ。この契約でわたくしは、只人に生まれ変わることでしょう」
「では、早速に聖なる『契約の初口付け』をしてくれるかい?」
「はい、喜んで♪」
さっきまで泣き腫らしたり怒ったりしていたスネグーラチカだが、今は可憐な花の蕾が綻ぶような満面の笑顔をしていた。
こんな眩しい笑顔が見られるとは……。
俺は益々、スネグーラチカのことが好きになった。
スネグーラチカも俺のことを見初めたと口走っていたので、本気で嫌ってはいなかったのだろう。
そしてスネグーラチカは静かに瞼を閉じると、心持ち唇を突き出すような姿勢で固まった。
俺の間近にあるスネグーラチカの桜色をした肉感的な唇が、艶やかに湿り気を帯びて視界に迫ってくる。
何という生々しさなんだ。
これが女の子の唇というものなのか。
気持ちが昂ぶり、喉が渇いたような、それでいて口の中が粘つくような感じがする。
高嶺の花である美少女の唇が、俺のものになろうとしている。
ごくっ
俺は知らずに生唾を呑み込んでいた。
お読み下さり、ありがとうございます。
第五話 聖なる『契約の初口付け(ファーストキス)』と世界の改変
は、12月28日0時に予約投稿済みです。