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第一話 捕獲の魔導書(グリモワール)

 今年のクリスマスは、とっても楽しみである。

 俺こと美田(みた)九朗(くろう)にとって、特別なクリスマスになりそうだからだ。

 俺の年齢は一九歳。大日本帝国大學こと日帝大の文学部哲学科に、二回生として在籍しているインテリ風な大学生だ。

 決して時代錯誤な学ランを着て、応援団に所属するバンカラ風の粗野な大学生ではない。

 身長は普通だが、知的な顔立ちにチタンフレームの眼鏡が ― キラリ ― と光っている。

 実家は昔から続く名家で、モテる要素は並以上のはずなのだが……。


 現実は厳しかった。


 来年は二十歳(はたち)となり、晴れて大人の仲間入りである。

 未成年、最後のクリスマスでは、是非とも為したい事があったのだ。

 俺は生まれて此の方(このかた)、女性と付き合った経験は皆無で、難関な日帝大にストレート合格したエリート候補生であるにも(かかわ)らず、女性経験という側面では学友のずっと後塵(こうじん)に甘んじる敗残者であった。

 哲学科に在籍していることからも理解できると思うが、理屈っぽいところが女性に受けないのだろう。

 そんなことを考えていると、思考が後ろ向きになる。


 ところが、今年のクリスマスでは秘策があるのだ。


 幼い頃、クリスマスイブの夜に枕元へと靴下を下げておくと、サンタクロースのおじいさんからのプレゼントが置かれていたのは、とても懐かしい思い出だ。

 俺は毎年、サンタクロースのおじいさんに欲しいものをお願いしながら眠ったものだった。

 ところが現実には、サンタクロースのおじいさんなどというファンタジーな存在はおらず、両親が密かにクリスマスプレゼントを買って枕元に置いていたという事実を知った時は、がっかりしたものである。


 その事実を知ったのは、小学二年生の時だったか……。


 それから母親がそれとなくクリスマスプレゼントとして俺が欲しい物を尋ねていたのに気付いたのは、もう少し後のことだった。

 サンタクロースの正体が判明した以降も、クリスマスプレゼント自体は嬉しかったし、豪華なご馳走にクリスマスケーキなども楽しみだった。

 大学生になった現在、モテる野郎は彼女を連れて高級ホテルの展望レストランにてクリスマスディナーショーを楽しみ、そして其の儘(そのまま)にホテルの寝室へと……。

 なんて(うらや)ましいクリスマスを過ごしている熱々のバカップルもいるらしい。

 俺の年齢と彼女の居ない歴は等しく、奴等は淫乱世界に棲む異世界淫獣どもという思いしかない。


 ところが、今年のクリスマスには、とっても楽しいことが起りそうな予感がするのだ。




 今年の夏は異常気象で、連日連夜、酷暑が続いた。


「九朗や、(たま)には土蔵の中に収蔵している古書や古道具などの虫干しをしてくれんかのぉ~」


「こんなに暑い中で作業させるなんて……、熱中症でぶっ倒れてしまうよ、お爺ちゃん」


「虫干ししてくれたら、小遣いをやるのじゃが」


「ちっ、しようがないな。分かったよ、お爺ちゃん」


 俺はお爺ちゃんに乗せられて土蔵の中の(かび)の生えた骨董品を屋外に運び出して虫干しすることにした。

 美田家は古くから続く旧家であり、昔ながらの土壁と漆喰(しっくい)が用いられた古びた木造の土蔵を幾つも所有していた。

 お爺ちゃんから依頼されたのは、古書の(たぐい)を中心に収蔵された土蔵の整理整頓と蔵書などの虫干しだった。

 古書に使われている和紙は堅牢(けんろう)だが、紙魚(シミ)などに食われて穴だらけになることを防ぐため、定期的な虫干しが必要らしい。

 積み上げられた古書は重く、虫干し作業は重労働だ。

 そんな状況なのでお爺ちゃんは、美田家で最も若輩者である俺に虫干し作業を命じたというわけである。

 俺は汗だくになりながら古書を土蔵から運び出して、(あらかじ)め準備していた(むしろ)の上で陰干しするという肉体労働を繰り返した。


 そんな時だ。


 何気なく視線を彷徨(さまよ)わせていると、(ほこり)の積もった(はり)の上に、何やら置かれていることに気付いたのだ。

 俺は物置から脚立(きゃたつ)を持ってくると、(はり)の上に隠すように置かれていた葛篭(つづら)を持ち上げた。

 葛篭(つづら)とは、(とう)を編んで作られた昔ながらの入れ物である。


「何だか隠すように置いてあったな……こ、これは羊皮紙で作られた古書か! 稀覯本(きこうぼん)(たぐい)だろうか!?」


 葛篭(つづら)(くく)りつけてあった組紐(くみひも)(ほど)き、慎重に(ふた)を開けると古びた羊皮紙製の本が入っていた。

 更に本にも鍵穴があって施錠されており、その横に貴金属製と(おぼ)しき精緻な意匠(デザイン)の鍵が置かれていたのだ。

 も、もしかして……、ご先祖様の誰かが書いた秘密の日記帳なのか!?

 俺は見知らぬご先祖様の秘密を(あば)く罪悪感と、名状しがたい期待感から、鍵穴に鍵を挿して ― カチャリ ― と回した。


 (くだん)の羊皮紙本は、百科事典ほどの大きさと厚さがある。

 しかし羊皮紙は厚みがあるので、大した(ページ)数はないようだ。


「な、なんだ、こりゃ!? 見たことの無い文字だな、そして中が()り貫かれて小道具が納められている。香水瓶のように洒落(しゃれ)硝子瓶(ガラスびん)に入れられた桃色の謎液体に銀細工と(おぼ)しき豪奢なサークレットには宝石が象嵌(ぞうがん)されているな。それから無骨で実用本位な短剣か……。関連性が全く以って不明だな」


 何というか謎の羊皮紙本は、付録付き雑誌のようなものだったのだ。

 あるいはスパイものの映画に出てくる小道具といったところか。

 もしも拳銃なんかが入っていたら、処分に困ったことだろう。

 そして、蚯蚓(ミミズ)がのた打ったような難解な文字(?)を見詰めていると、不意に頭の中へと謎の言葉が響いて来たのである。


 〈(なんじ)降誕祭聖夜(クリスマスイブ)に【お嬢サンタ】を求めし者よ、我と運命の出会いを果たし足るは幸運ぞ。我は降誕祭聖夜(クリスマスイブ)に奇跡を汝に与えるであろう。我は【お嬢サンタ】の捕獲を支援する魔導書(グリモワール)なり。我の使用方法は、……――〉


 そして……、俺はこの世界の(ことわり)のひとつを()ったのであった。


 この羊皮紙本によると、サンタクロースは実在しているという。

 俺たちが住む人間界よりも高位な世界が存在し、サンタクロースというのは高位の知的生命体であるというのだ。

 何だか眉唾(まゆつば)ものの内容だが、俺の頭の中にそんな不可思議な知識が流れ込んだことは、動かし(がた)い事実である。


 そして何より【お嬢サンタ】という存在のことだ。


お読み下さり、ありがとうございます。


第二話 【お嬢サンタ】の捕獲方法

は、12月25日0時に予約投稿済みです。

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