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偶然も必然のうち

負けると思って勝負に臨むものはいないが、男には負けると分かっていても立ち向かわなければならない時がある。


こいつらは矛盾しているようで、案外そうでもなかったりする。

暦の上では5月に入り、『さあ、これからGWだっ!』という明るい希望だけを頼りにしながら、学校ではその希望を打ち砕くような全然明るくない授業が繰り広げられていた。


もはや ∫ という記号を見るだけでもアレルギー起こすようになってきたかもしれない。


入学するときに流れていた〇会のCMでも「微分!積分!2次関数!」って言ってたから「あ、高校数学ってこいつらがメインなんだな~~」と思ってたのに、そのメイン共がまだ高2の5月で終わるとかこの高校いとあたまをかし。


などと思っていたら、数学の教師が「今日で一旦微分の範囲は終わるが、難しくなって高3で再登場するからな~~」という、「世界の半分をお前にくれてやろう」並の絶望感ある言葉を吐いてきた。



あれだけ皆が凍り付いた瞬間を見たのは、祥子が転校生として入ってきた時以来2度目だ。


唯一違うのは、今回は俺も固まってしまったという点だろうか……。



そんなことを思い返しながら、先月よりも少しだけ長くなった日影と、この時間になってもまだ少し暖かく感じる外の陽気に初夏の季節を感じて帰り道を歩いている途中で、ふと今日の授業中に思い立ったことを祥子に尋ねてみる。



「そう言えば、結局以前話してた、『どっちがお互いのことをより好きか』みたいな対決って決着してないよな?」


「え?うん、まあね。義明と私で方向性の違いがあったからねぇ」


「解散するバンドマンみたいな言い方やめろ」


「んで、その私が判定勝ちになった対決が何だって?」


「タイマン勝負に突然第三者委員会設置すんのやめろ。


しかもどうみてもあの勝負は俺の勝ちだろうが、審判買収すんのにいくら払ったんだお前」


「う~ん、身体?」


「はい失格」


あの告白勝負の一件では、祥子がカミングアウトの意味で告白しようとしていたのに対して、俺は愛の告白をしようとしていた。


従って、俺の方が愛する気持ちを祥子に伝えようとしていたのだから、これすなわち俺の方が好きだという証明になっている(要出典)。


……。


つまりどういうことだってばよ?


いかん、自分で考えていたことで完全に頭がこんがらかってしまった。


つまり、俺は祥子のことを考えるとこんな風に頭がこんがらかってしまうので、これすなわち祥子よりも俺の方が愛する気持ちが強いという証明になっている(要出典)。



……。


つまりどういうことだってばよ?



う~ん、一旦この件からは離れた方が良いな。


帰ってからまたじっくりと考え直すことにしよう。


俺の方が好きだという結論は確定しているから、もはや結論ありきで無理やり論理を繋げてしまえばいいのである。


というより、完全に俺が聞きたかった本筋から脱線してしまったので、もう一度話を振り出しに戻す。


「んで、その告白勝負は結局話がつかなかっただろ?


結局お前の好みが分からずじまいだったから、ちょっと気になってな」


「ん、私の好みっていうと?」


「いや、だから……お前が言われてみたい告白のセリフだよ」


自分から思いついたことなのに、何故か今更になって無性に恥ずかしくなってきた。


熱くなった顔を誤魔化すように、無意識にまくし立てる。


「ほら、お前が告白をして、返事を待っている間さ、俺の返事を受ける時の理想のシチュエーションとか考えたことあっただろ?


だから、お前が望むなら、そういう理想の告白をやってみてもいいのかな~~って……。」


決めつけるように問いかけるが、これは間違いないだろう。


なぜなら(18禁)ゲームや(18禁)漫画などで妄想力を培ってきたコイツは、その妄想力を活かして、よく俺に(18禁の)妄想話をしてくれることが多かったからだ。


今の容姿でそれをやってくれるならともかく、「祥吾」と喋っていた当時は、『なんで男のキモイ妄想を聞かなきゃならねえんだ鬱陶しい……。』とずっと思っていたのを未だに根に持っている。



「理想の告白、ねぇ。


もちろん、妄想の中ではいっぱい考えてたんだけど、あの時の告白がやっぱり一番カッコよかったよ?


カッコつけすぎてたとこも含めて義明らしさが存分に出てたし、『ああ、義明が必死に考えて、考え抜いてこの結論を出してくれたんだなぁ』っていうのが、痛いほどに伝わってきたから……。


うん、そうだね。やっぱりアレに勝る理想の告白はないかなっ」



「……そいつはどうも」


祥子は、思い出を大切に包み込むように両手を胸に合わせて穏やかな微笑みを浮かべていた。


まるで聖母のような優しい声が、俺の耳元を滑らかに流れていく。


普段の天真爛漫な笑みとは真逆で、俺を本当に信頼しているからこそ出てくるその柔らかな表情を目の前にして、俺は思わず歩みを止めてその姿に見惚れずにはいられなかった。


俺にとって、祥子の表情で見惚れない表情を探す方が難しいのではないだろうか。



……。




いっぱいあるな。


すぐにいくつも思い浮かんでしまった自分の記憶力の良さが、今ばかりは恨めしい。



逆に俺の方はというと、流石に以前のように全身を震わせて悶えるようなことはもうないが、それでも『当時の俺、よくあんなことできたよな、若かったなぁ……。』と、年老いた爺さんめいた事を思ってしまうくらいには、思い出す度に毎回顔を熱くしていた。


しかも、俺の告白を弄ってくるのは他でもない祥子しかいないのだから、そのイジリを怒るに怒れないのが何とももどかしい。


お前から弄ってくるくせに自爆して勝手に嬉しくなるなよこっちまで嬉しくなるんだよ!!!!



「じゃあ逆に、義明が言ってみたかった告白のセリフってあるの?」


「告白のセリフじゃないけど、言ってみたいセリフならあるな」


『ここは俺に任せて先に行け!!』とか、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ……。』とか、『ドラゴンが火を噴く訳ないじゃないですか、ファンタジーやメルヘンじゃないんですから』とか。


ちなみに最後のセリフは元々祥子が言いだしたものである。


1文で矛盾するという簡潔な意味不明さと、口に出して読みたくなる謎のテンポ感が妙に頭から離れてくれないのだ。


まあ流石にこの話の流れでそれを言う訳にもいかない。


「まあ、告白というよりはプロポーズの言葉だけど……言ってみていいか?」


「う、うん。」


何故か頬を叩く祥子を見ていると、無駄にこっちまでその緊張が移ってきてしまった。


「え、お前の方に気合入れる要素ある?」


「あるに決まってるよ!


今から嬉しいセリフを言われるって分かってるんだから、頬が緩んで雰囲気が壊れないように頑張らないと!!」


何だか変な気合の入れ方だった。可愛い奴め。


「よ、よし。……じゃあ、言うぞ?」


深呼吸をして、心を落ち着かせる。


落ち着け、特に大したことじゃあないはずだ。


2人の間を取り巻く緩やかな空気が一気に重々しい雰囲気に突如変容して、んくっ、と喉が鳴る.


早くなった鼓動の勢いに身を任せるように――




「うし、ばっちこいやぁ!!」


「はいカット」



ねーーもうさぁああああ!!!!!


なんなのお前!?


熱くなった身体が一瞬で冷める。


さっきまでの俺の純情を返して欲しい。何なら今すぐ土下座するべきだと思う。



「あのさぁ……。」


恨みつらみを全部ため息に込めて、祥子の方を物憂げに見る。


「え?ダメだった?気合入れすぎ?」


「いや、そうじゃなくてな?


プロポーズされるのに「ばっちこい」っていう女がいるわけねーだろうがっ!


野球のノックじゃねえんだぞ!?


普通さ、プロポーズされたら――」


「ゼクシィ?」


「ちがーーーうっ!!!」


俺も今一瞬頭によぎったけど違う!!!!



「お前から雰囲気を壊してどうすんだっ!


もっかいやるぞもっかい!!


はいテイク2!」


「OK,ブラザー!!」


「よ~い、アクション!」


思わずどこかで見たようなアメリカ映画のノリになってしまったが、きっとこれが俺たちのスタンスだ。


ある時は、一番近い親友としてお互いにふざけあって、お互いに笑いあって。


またある時は、駆け出しの恋人としてお互いに想いあって、お互いにドキドキして。


この空気感は、きっとこれから何年たっても変わらないんだろうな、と安らかに思った。



弛緩した空気を引き締めるように、露骨に咳ばらいをする。


それだけで俺の思いが通じたのか、祥子も姿勢を正して気を引き締めた。



『あと何日たてば、本当にこのセリフが意味を持つようになるのだろうか』



そんなことをぼんやりと考えながら,勇気をもって、俺はその一歩を踏み出す。



「毎朝、おれにみそ汁を作ってくれ」


「……うん。」



祥子がそう頷いたきり、二人の間には柔らかくもあり厳かでもあるような、不思議な空気感の静寂が流れた。


先月よりも少し伸びた日差しが運んでくる生暖かい風や、いつでも元気そうにはしゃぎまわる小学生たちの叫び声だけが、こだまとなって変わらずに俺たちの上を通り過ぎる。


分かっている。


これはまだ、本当のプロポーズじゃない。


でも、きっといつか、俺がもう一度口に出すセリフだから。


それをお互いに分かっているからこそ、この荘厳な空気の前でその一言が冗談になることを許さない。


少しずつ落ちていく夕陽を浴びて赤みが差しはじめた頬と、影よりも暗い小さな潤みがかった黒の瞳が『いつか、その言葉をもう一度伝えてね』と懇願しているように見えたのは、俺の錯覚だったのだろうか。



「って、それはプロポーズやないかーい!!」


この沈黙に先に耐えられなくなったのは祥子の方だった。


祥子がその肩の力を緩めて、その鋭い視線を解除したと同時に、俺も気を緩めて普段の空気感に戻る。


なんだか緊張しすぎたせいで変なテンションになっているようだが、可愛いので良しとしよう。


一度深呼吸でもして、もう一回リラックスしようか。



すぅーーー。はぁーーー。



すっげーーードキドキしたああああ!!!!


未だに鼓動が収まらない心臓を落ち着かせるべく、もう一度深呼吸を重ねる。



数年後にまたこんな風に心臓をバクバクさせなきゃいけないのか……。という心配と同時に、その時、祥子はいったいどんな風に成長して、美しくなって、俺の前で華麗に笑顔の花を咲かせてくれるのだろうか……。という期待に胸が震えた。 





「でもいいね、そういうプロポーズ。


ある意味テンプレなセリフじゃあるけど、いつか言われてみたいなぁ……。」


「お前って、料理出来るの?」


「いや、全然?」


「じゃあ無理じゃん……。」


俺が今一瞬期待したのは何だったんだ。


まあ、『出来るよ!インスタントラーメンくらいっ!』などと言われる方が余計に頭を悩ませる事態になりかねなかったので、これはむしろ最悪の事態は回避できたと喜ぶべきなのではないか……?


いかんいかん、ついつい警戒態勢をとってしまういつもの癖がまだ抜け切れてないな。



なんで恋人相手に警戒態勢を取らなきゃならんのだ俺は……。



「料理、本気で頑張ってみようかな!ふんす!」


「お前がそういう時は大体ノリだけで終わるんだよ知ってるぞ」


そんな俺の懸念はさておき、祥子の方は体育会系のあいさつのように、両手を握りしめて気合を入れていた。


こういうのは屈強な男がすると様になるものだが、『屈強』という2文字からはかけ離れた祥子が同じ仕草をやると、どうみても庇護欲しか湧いてこないのはずるいな……。と冷静に分析しながら、内心で思いっきり悶え転がった。


こういう時に限って、俺の方もついつい口が弾んでしまう。


「……それに、順番的には胃袋を掴んでから心を掴めだろ。


お前にはこれ以上ない程心掴まれてんのに、そっから胃袋掴んでどうするんだ?」


「っ!?」


俺がそう口にした途端、祥子の顔は茹でだこのように真っ赤になってしまって、突如流れ込んできた恋慕をどうやって逃がせばいいのかわからなくて、全身を震わせてその幸せを噛みしめているようだった。


恋する乙女は無敵だ、という言葉を聞いたことがあるが、確かにこんなに初心な表情を見せられて無心でいられる方が不思議だな……。


と妙に納得しながら、俺は思わずズボンに入れた携帯で「学生 結婚」と調べかけたところでようやく我に返った。


はっ!?いかん、つい本気で結婚したくなってしまった……。


ダメだな、やっぱり祥子が全力で喜ぶ姿は俺には可愛すぎて危険すぎる。


もういっそ、ゲームのラスボス辺りにでも祥子を置いておけばプレイヤー全員がこの可愛さに悩殺されて誰も全クリできないクソゲーが完成するに違いない。


いや、本気で何を言っているんだ俺は……。



俺自信はそんなに歯の浮くような言葉を言ったわけじゃない気がするんだけど、祥子的にはカッコよさのツボに入ったらしい。


そのツボがどこにあるのかは果たして分からないが、とりあえず彼女が喜んでおられるので彼氏的にはOKかなと思うことにした。


「……分かった。私、本気で頑張る!」


さっきまでのデレデレに緩んだ表情をキリっとさせて向き直った祥子の目は真剣で、他者にその反論を許さない程にはその瞳は強情の色を示していた。


さっきまではあんなに庇護欲をそそられるほど小さくて可愛かったのに、今度は一転してその姿が大きく見えて、まるで年上のお姉さんのように頼もしい。


今日もまた、新たな祥子の表情に沢山出会うことが出来て、俺の何でもないはずの一日に鮮やかに色が咲いていくような気がした。


「よっし、じゃあ俺も頑張りますか!」


さっきの祥子の真似をするように、俺も頬を両手でビシッと叩いて意気込む。


「え?なんで?」


「なんでって、お前が俺の弁当を作れるようになりたいって思うのと一緒で、俺もお前の弁当が作れるようになりたいって思ったけど……そんなに変か?」


「……っ!?も、もう今日は喋るの禁止!


はい、さっさと帰る!!!」


両手で背中を掴まれてくるっと反転させられ、そのまま俺の家の玄関まで押されていく。背中に感じる両手の感触やもたれかかってくる彼女の重みが何とも心地よい。真後ろで恥ずかしがっている祥子の姿を想像するだけでも思わず鼻血が出そうになったがすんでのところで耐えた。


正直、今のはすんごくキザな台詞だったな……。とは自分でも思ったが、あれだけ喜んでくれるなら今度からもどんどんとこういう言葉を口に出して、祥子を悶え殺してやろうかな。


そしてその反応を見て俺も悶え死ぬ。ついでに祥子の近くにいた人たちも巻き添えをくらって悶え死ぬ。


なんと綺麗な連鎖反応なんだ。ボンバーマンかな?



家の直前まで来て別れる時も、彼女のその表情は真剣でありながら喜びを隠せないような、器用な表情をしていた。


たぶん、家に着いた瞬間に「お母さん!料理を教えてください!!」と、まるで道場破りのように威風堂々と母親に尋ねる微笑ましい様子を想像して、口元を隠しきれずに少しだけ頬が緩む。



祥子自身、元々のスペックは高い人間なのだ、きっとすぐに上達して、俺に美味しい弁当を作ってくれるに違いない。


その『いつか』を、楽しみに待つとしようか。




ふう、それにしても、危なかった。


祥子の可愛さにやられて、あやうくバラすところだったもんな~。




あの時の告白勝負を通して、俺が分かったことが一つある。


祥子は、「俺の予想の斜め上を行く」のが得意だ。


それはつまり、俺が祥子と同じ土俵で戦うと、負けてしまう可能性が高い、ということに他ならない。


ならば、どうすればよいのか?


答えは一つだ。


俺がアイツと同じ土俵で戦うと勝てないのなら、最初から俺が勝てる土俵を用意してあげればいいじゃない。


なんなら女性は土俵に立てないから俺のコールド勝ちになるまである。 いや、ないけど。




俺は自室の本棚から、付箋だらけのレシピ本を手に取ると、今日も母親に倣いながら晩ご飯を作った。



へっ、お前が俺の分のお弁当を作ってくれるよりも先に、俺がお前のお弁当を作ってやるよ!

書きたいことを詰め込んだらなんだか洗練されてない文章になったような気が……。精進します。


とりあえず期限守れてよかったです。


次回は7/15までに投稿します。


それでは、今回もありがとうございました!!

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