番外編①:あるいは、あり得たかもしれない告白を
昔書いてたものを、折角なので供養しておきます。
当時は「あ!思いついた!」で終わっていたので、何とか書き終えるまでが大変でした。
「「いただきます」」
俺と祥子はテーブルに向かい合って朝ご飯を食べる。
今日の朝ご飯も白米と味噌汁、そして甘口の卵焼き。
今朝の料理も、幼馴染である祥子の手作りだ。
テーブルの上には幾度も目にしたはずの見慣れた風景が広がっている。
彼女が同じメニューを作るのは、これで一体何度目になっただろうか。
だというのに、俺の心はまったくもって落ち着かない。
窓の外を見れば車が通勤ラッシュの列を作り、その隣を朝練のある中学生や朝課外のある高校生たちが騒がしく歩いている。
家の中を見れば、のどかな朝には似合わない程大きなテレビの中で、自称辛口のコメンテーターたちが自らを棚に上げて批判ばかり繰り返している。
散々つまらないと吐き捨ててきたはずの風景すらも、『想い人が目の前にいる』という至極単純な一つの事実を前にして、何者かに命を吹き込んでもらったかのように活き活きと輝きだしていた。
今まで何度も見てきたはずの風景は、こんなにも鮮やかに変化するものなのか。
こんな素敵なことを教えてくれてありがとう、と俺は心の中で思わず彼女に感謝してしまった。
仄かに熱くなった頬をお椀で隠すようにみそ汁をこくりと飲み下して、俺のために少し厚く切ってある卵焼きを一口で一気に頬張る。
砂糖の甘みを感じながら程よい温度の白米を口いっぱいに運ぶと、何とも言えない幸福感に包まれて思わず顔が綻んでしまった。
(毎朝こんなに上手い飯が食えてるなんて、改めて考えるまでもなく幸せだよなぁ)
男を落とすにはまず胃袋を掴め、という言葉を聞いたことがあるが、
そもそも昔から俺はコイツの飯を食って育ってきたのだから俺が落ちたのはある種必然なのかもしれない。
そう考えると思わず彼女に感謝をせずにはいられなくなって、思わず口が弾んでしまう。
「今日のご飯も美味いな、ありがとう」
「ふふっ、どうしたの? まだ浮気の件は許していませんよ?」
「何となく急に言いたくなったんだ。というかそういう冗談はやめろ、何もしてないのに謝りたくなっただろ」
「あれ、もしかして将来する気なの?サイテー」
「やめろ」
お前から興味が失せる時なんて一生来ないから安心しろ。
ったく、目の前に将来の奥さん候補がいるのにこんな話をするな、心臓に悪い。
………将来の奥さんってなんだよそもそもまだ付き合ってすらねえだろ頭悪すぎかよ俺。
あー、ダメだ。
自分の気持ちを自覚してからというもの、気分の浮き沈みが激しすぎて、彼女のことを考えるだけで自分の気持ちが予想以上に一喜一憂してしまう。
自分の感情を自分でコントロールできない、というのがこんなにも辛くて、こんなにも切ないものだとは思ってもみなかった。
『恋は甘酸っぱいものだ』という認識は甘ったるいバカの妄想だと考えていた昔の俺こそ、一番のバカだったのかもしれない。
まあまあ落ち着け、まずはみそ汁を飲んでから考えるんだ。
先ほどよりも少しだけぬるくなったみそ汁の残りを一気に飲み干すと、出汁のきいた優しい味わいが喉の奥を通り抜けて体全体に染み渡っていく。
ふう。頭が冷える。
すっげーなこのみそ汁。ゲームならHP全回複+状態異常を無効に出来るくらいのチートアイテムになれるまである。流石にそれはやりすぎだろ。
まあそんな冗談はともかく、このみそ汁が俺にとって毎日必須なのは間違いなさそうだ。
そんな風に考えていたから、この一言だって何気なく発したつもりだった。
「なあ、これからも俺に毎朝みそ汁を作ってくれないか?」
「っ!?」
俺がその言葉を口にした途端、彼女の頬は瞬く間に朱に染まっていき、彼女の右手からは箸が零れ落ちた。
あーあー。何やってんだお前。
突然縮こまってしまうその様子も小動物っぽくて可愛いが、とりあえず今はまだ朝飯の時間だ。落ち着いてくれないと困る。
箸を拾い上げると、『ありがと……。』と下を向いたままで小さく俺に呟くのが聞こえた。
少しだけ赤くなった頬が正面からちらりと見えると、何だか見てはいけないようなものを見てしまったような気がしてちょっとだけ気まずくなる。
おおお、落ち着け俺素数を数えるんだ2.3.5.7……。
「じゃなくて!?どど、どういうこと!?」
俺が考え事をしている隙に、祥子は思いっきり身を乗り出してこっちに詰め寄ってきて、その勢いに少しだけ後ずさりしてしまう。
「え?だから……そのまんまの意味だよ」
目と鼻の先にある彼女の顔を見つめられなくて、横に顔を逸らしてしまう。
「それってつまり……そ、そういうこと?」
その口調の変化に違和感を感じて顔を戻すと、彼女はまるで何かを期待するようにこちらを見上げていた。
そんな風に上目遣いで見つめられると何でもお願いをかなえてあげたくなるのだが、それにしても彼女はさっきから何を勘違いしているのだろう?
そういうことってどういうことだ……?と考え出したところで、俺にもようやくその考えが追い付く。
あー、うん。
何言ってんだ俺!?
『毎朝みそ汁を作ってくれ』なんて、使い古されているほどのプロポーズの言葉のテンプレじゃねーかっ!
なるほどな、そもそも告白だってしてないのにそりゃ突然「結婚してくれ!」なんて言われたらそういう反応にもなるわな。俺だってそうなるわ。
で、どうすんのこれ?
「あ、ああ、えーっと……今のはアレだよ、言葉の綾ってやつ!みそ汁うまかったからつい口に出てしまったというか……だから違う、そういう意味じゃない!」
やるんだったら俺だって告白からキチンとしたいわ!っという言葉は、胸の内になんとか秘めておく。
「………違うの?」
俺の言葉に、何故かしょんぼりした様子で祥子が俯く。
喜怒哀楽が激しい彼女の表情に、俺の感情もつられて一喜一憂してしまう。
あーもう、そんな顔するな!!!
別に俺はお前を悲しませたいわけじゃなくてむしろ喜ばせたいに決まってんだろ!!
ったく、本当に卑怯だ。
「違……うこともないけどさぁ」
「え?」
ボソっと呟いた俺の言葉に、祥子は期待するような眼差しを送ってくる。
俺の気持ちを隠したままにするのを許してくれないなんて、本当に卑怯だ。
「だから、違わねぇって言ってるの!」
素直に認めざるを得ないじゃないか。
本気で好きだって。
こうなりゃやけだ、もう気が済むまで俺の本音を全部ぶちまけてやる。
「ずっと前から好きでした、だからこれからは恋人になって欲しいしいずれはこうやって俺のために朝飯も作って欲しいですっ!!!!
ほら、これで満足か??」
言い終えた後には妙な満足感が漂っていた。
いずれは言わなきゃいけない事だったから、言ったことに別に後悔はしていないが、せめてもうちょっと雰囲気がある時がよかったなぁ……と言い終えてから思う。
なんでこんな朝っぱらから顔を熱くさせなきゃあかんのか。
とりあえずみそ汁を飲んで落ち着こうとお椀を乱雑に手に取って飲もうとしたところで、さっき飲み干してしまったことを思い出した。
あー、みそ汁がねえ!!どうしようとりあえずもらっとけ。
「ほら、みそ汁もう一杯よこせ!!」
「う、うん???」
未だに現実を受け止め切れていない祥子にお椀を差し出して、有無を言わさぬ勢いでみそ汁を要求する。
極めてアホなことをしている気がするが、それを冷静に考えられるような余裕はなかった。
さっきの『俺にみそ汁を作ってくれ』発言の後で、祥子のみそ汁を注いでくれる姿を見ると、
もし結婚したら今よりももっと大人になった祥子を嫁にできるのか……。というアホな考えが頭に思い浮かんで、そんな頭のわるい妄想を無理やり振り払うように首を振る。
というか、そもそも俺の告白の返事を聞いていなかったことにそこで初めて気づいた。
「はい、どうぞ」
「おう、ありがとう」
みそ汁を注ぎ終わって俺に手渡してくれた後も、祥子はその心情を発散するように目をきょろきょろさせたり手を忙しなく動かしたりしていた。
思わず返事を急かしそうになるが、その返事を決めるのは俺じゃなくて祥子だ。
ここはじっくり待ってあげるべきだろう、だけど、先に告白した俺になら急かす権利はあるんじゃないのか……?
無理やりにでも付き合いたいという気持ちと、祥子の気持ちを一番に尊重したいという相反する気持ちの中で俺も必死に苦悩するなか、その沈黙を先に破ったのは彼女だった。
「えーと、あのさ?」
「お、おう、何、どうした?」
まさか質問が来るとは思ってもみなかったので、まるで後ろめたいことがあるような不自然な受け答えになってしまう。
「告白の返事って、どうしたらいいの?」
「え?それを告白した本人に聞くのか?」
どうやら祥子の方も思いっきり動揺していたみたいだ。なんだか少し落ち着いてきたぞ。
「普通に、『よろしくお願いします』か、『ゴメンなさい』でいいんじゃないのか?」
さっきの感じだとどうみても脈アリにしか見えないが、これでもし後者を言われたら俺は今日は不登校になるかもしれない。
「えーと、じゃあその……。よ、よ、よ」
「ヨーヨー?」
「ち、違うよっ!茶化さないで、もう!
さっきの今だよ、言いたいことくらい分かるでしょ!」
頬を少し膨らませてあざとく怒ってくるが、今の俺には残念ながらその様子が天使にしか見えない。
怒る姿もカワイイとか無敵かよ最高です。
「いや、本気で分からないんだが……。」
さっきの今で?「よ」から始まる言葉?
……。分からん。
天井を見上げながらいくら考えても、俺の頭には「ようかん」しか思い浮かんでこない。ようかんどっから出てきたんだ。
俺が必死に考え込んでいると、祥子に『はぁ……。』と大きなため息をつかれてしまった。
え、待って待って、そんなに失望されるようなことをしでかしたんか俺は。
思わず祥子の方に視線が動く。
「やっぱり、付き合うのやめようかな……。」
目の前の彼女がボソっとそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
「え?マジ?」
俺がその言葉に反応した瞬間、まるで時が止まったかのように二人とも硬直してしまい、壁にもたれかけている時計の針だけは何事もないかのように秒針を動かし続けていた。
「………え?聞こえてたの?」
「うん、バッチリ。
今のって……。そういうことでいいんだよな?」
彼女が恥ずかしそうに首をこくっと頷かせた瞬間に、何とも言えない幸福感が俺を包みこんだ。
「あーーホッとしたーーーー」
本音を口に出しながら、おかわりの際に温めてもらったみそ汁を一気にあおる。
時間が経って少しだけぬるくはなっているが、普段と変わらないこの優しい味わいが今だけは何よりも愛おしい。
うん、やっぱりこのみそ汁がないと俺は生きて行けそうにないな。
今もなお、恥ずかしそうに目を伏せている彼女の姿を見ながら、俺はのどかにそう思った――――
これは番外編なので、おまけのおまけということになりますね。
つまり本編は明日までに書かなきゃダメなんだよなぁ……。
それでは、今回もありがとうございました!!