先制攻撃は突然に
人によって、モノの見え方は違う。
だからこそ、自分の意見は絶対ではないし、逆に大多数の他人の意見だって絶対に正しいとは言い切れない。
そして、だからこそ、それをお互いに認め合えなければならない。
コンコンという音に気づいて、カーテンを開けると、窓越しに祥子の姿が映っていた。
口を動かして何かを喋っているらしいが窓越しには良く聞こえないので、まずは鍵をはずして窓を開けてやる。
夜の住宅街は閑散としているせいで明かりも少なく、月の光だけが灯っているこの状況ではその表情までは上手く読み取れない。
「お邪魔していいですか?」
「本当に邪魔してどうすんだ?」
こんな夜遅くにどうして彼女が俺の部屋に乗り込んできたのか。
一体彼女が何を考えているのか、その真意は分からないけど、ただ一つだけ分かってることがある。
この状況はすごーくマズイ。
告白勝負という観点からみても先手を打たれた時点で圧倒的にヤバいし、
それを抜きにしてもこんな夜遅くに、まるで夜這いにくるようなタイミングで来られてしまえば、俺の脳内だってそりゃあもうピンク一色になりかねない。
チラリと更に視線を下げると、少しサイズの大きなパジャマを着た彼女の全身が目に入る。
服の淡い色使いとは対照的に、無防備にはだけさせている胸元や、股下が僅かしかないようなホットパンツから晒されている脚がちょっと妖艶過ぎてどうにかなりそうです。
お前なんでそんなパジャマ姿なんだよ俺以外にその姿死んでも見せるなよふざけんなっ!
『男って猿だよねー』みたいな女タレントの意見をいつぞやのテレビで聞いたことがあるが、彼女が出来た今なら分かる。
若い男の性欲は猿どころじゃないぞ。もっとヤバいぞ。
多分、もし俺に一流アスリート並みの体力があったなら1日中盛れる自信があると思う。
昨日の国語の授業の時なんかは暇すぎて、物語文の設定を使って祥子と繋がる妄想をめっちゃ捗らせたからな。
妄想で満足してしまってそれを行動に起こせないあたりが俺の童貞たるゆえんだろう。
うーん、流石にヤバいな俺。
振り返ってみるとキモすぎるだろ。
というか今真っ先に考えるべきはそんな事ではない。
なんとか、どうにかしてこの状況を打開する術はないのか!?
俺が悪戦苦闘している間にも、祥子の計画は着々と進んでいってしまう。
「お、おい、どうしたんでいこんな遅くに」
なんとか口を開いたはいいが、思わず粋な江戸っ子みたいな口調になってしまった。
「ふふ~ん、そりゃあ勿論告白をしに来たんだよっ!!」
勝ち誇った笑みを浮かべて、俺の予想通りのセリフを言われてしまう。
やっぱりかぁ!!完全に先手を取られてしまったっ!
十中八九このセリフが返ってくると分かっていたのに、まるで不意を突かれてしまったかのように一切の動きが取れなくなる。
そもそも告白を明日にしようと考えていた時点でダメだったか……。
とりあえず、その場に放置しておくわけにもいかないので、祥子を部屋に招き入れる。
暗闇に慣れきってない瞳では祥子の細かな表情までとらえきれない分、その声や息遣いが余計に良く聞こえてくるような気がして、何だかやけに熱っぽくて思わず反応しそうになってしまうのでアブナイ。
多分『お 新 香』とか『サ ッ ク ス』とか耳元でそれっぽくまるで俺を誘うかのように囁かれたら余裕でいきり立ってしまう自信がある。
思わずそんな光景を想像してしまって、その時の俺の情けなさに身震いがした。
もしそれが現実になったら余裕で死ねるが、祥子なら本気でやってきそうだから怖い。
俺の妄想上でも俺を怯えさせることが出来るとか、コイツもしかして新手のスタンド使いか?
「と、とりあえず電気付けるわ」
そんな危機を回避するべく、部屋の入口のスイッチを押そうとして、
「ま、待って、このままで喋らせて!」
その歩みは祥子の声に遮られる。
祥子に背中を向けた状態の俺に訴えかけてくるその声が余りにも痛切すぎて、さっきまで考えていた俺の適当な冗談はすべて霧散してしまった。
「わ、私ね?結構これでも焦ってるんだよ?」
「焦ってる?」
果たして、その彼女の言葉は、真実かそれとも演技なのか。
普段の会話をしている感じ、とてもそんな風には見えない。
なにせ俺たちはまだ付き合ったばかりなのだ。
時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりじっくりと仲を深めていけばいいと俺は思っていたんだが、祥子の方はそうでもなかったということだろうか。
「だってさ、
そもそも告白の後に直ぐに夜這いに来ない時点でおかしくない!?
二次元ならむしろ告白の前にエッチしてるよ!?
エッチスケッチワンタッチだよ!?」
「知ってた」
やっぱり残念だった。残念なのが予想通りである時点で中々に救いようがない気がする。
というかその死語は俺以外には多分通用しないと思うぞ。
「残念ながらここは現実だしそもそも童貞がそんなこと出来るわけないだろ?」
なにせ人生で初めての彼女である。
大事にしなきゃ……。という思いが強すぎるそんな状況でエッチしちゃうとか、流石にそれはエロ漫画かAVの世界だけに留めておいて欲しい。
というか早く二次元の世界からお前は脱却しろ。
積分して三次元に戻ってこい。
「えー、純情すぎ~~。まるで付き合いたての彼氏みたいじゃ~ん」
「彼氏だよ!!!!」
さっきの祥子の痛切な叫びはどこへやら。
どうしてこう、俺たちの間では真面目なノリがすぐに消えてしまうのだろうか。
柄じゃないというのはあるにせよ、いくら何でもシリアスになる瞬間が短すぎる。
「というか、さっきからすっげー疑問だったんだけどさ、告白ってもうちょっとムードのある時にやるものじゃないのか?」
『告白するぞっ!』って意気込んで乗り込んで来たのもそれはそれでおかしいが、このムードの中で告白するとかそれはもはや常識にとらわれない変態の所業にしか思えない。
常識にとらわれない変態かぁ。あれ、合ってるじゃん……。
「え?そんな好きだなんて分かり切ったことを言う必要なくない?」
サラっとそんな嬉しいことを言うな抱きしめるぞ。
……。じゃなくてっ!
「え!?そういう意味の告白対決じゃなかったの!?」
好きです付き合ってください的なものだとずっと思ってたんだけど!?
「「……。」」
お互いに何度か目をパチパチさせながら、無機質な沈黙が二人を包む。
どうやら彼女と俺との間の『告白』対決は、お互いに意思の疎通ができていなかったということでノーゲームになってしまったようです。
俺がさっきまで必死に唸って考えていたのは何だったんだ……。
はぁ~~。と零れたため息は、一体どちらから聞こえたのだろう。
「え?ちなみにさ、『好きだよー』って言って欲しかったの?」
「いや、まあそれはそれで期待していたというか……。」
ごにょごにょと、まるで面倒な女子のように、語尾を小さくしながらもおねだりしてみる。
言い終えてから、無意識のうちに言葉に出ていた本心に自分でも驚く。
俺の本心、そんなことを期待していたのか……。有能かよ。
ポロっと出た感じが祥子さんのお気に召したのか、両頬をぺちぺちと叩いてから、俺の彼女は期待に応えてくれた。
「じゃあしょうがないなぁ。彼氏様のご期待に応えまして。
義明、好きだよっ!にひひ……。」
そう答えてくれた祥子の笑顔があまりに煽情的過ぎて、俺はしばらくその顔から目を逸らせなかった。
無防備なパジャマ姿で素朴に笑っているだけなのに、暗闇に慣れだした瞳に映るその笑顔は可愛さと色っぽさを共存させていて、俺の思考をピンク一色に塗り潰していく。
お前、命拾いしたな。
もし俺が童貞じゃなかったら既に襲っていたに違いない。
ふぅ。
あああああああムカつくううううぅぅ!!
こんな一言で最高に昂ってしまう自分にムカつくうぅぅぅ!!!
普段読んでいるようなエロ漫画であればもう既に男が襲わないといけないような展開だが、これだけ弄ばれてから完全に主導権が握られている状態で襲うのは男のプライドが許してくれないので、目を瞑りながら尻に力を入れて全力で性欲を逸らす。
決してヘタレだからではない。断じて違うからな。
まさか以前お前から教えてもらった「お尻に力を入れるとムスコが静まる」という無駄知識が活躍してくれるなんて思ってもみなかった。
普段は役に立たない下ネタしか教えてくれないが、今回に関しては感謝してやらなければならない。
さて、少しだけ冷静になって考えてみたところで、ようやくこの状況がおかしいことに気が付く。
そもそもなんでお前がこっち来てんだむしろ俺がお前の部屋に行きたなんでもない。
「ほら、俺が変な気起こす前にさっさと帰れ」
祥子の背中を押して窓の方へ誘導してやる。うわ何コイツの身体柔らかすぎ最高かよ。
一歩間違えば本当に襲いかねないぞ。そんなことを起こす度胸も甲斐性もないけど。
「えー、今日は一緒に寝てみない?」
「そんなことしたらお前の良い匂いがして妄想の中で何度もお前を犯す羽目になって眠れなくなるからやめろ」
甘い誘惑を断ち切るように怒涛の攻勢で黙らせにかかる。男子高校生舐めとんとちゃうぞゴラァ!!
しかし、流石は俺の彼女だ。格が違う。
一切俺の話を聞こうとせずに、俺の方を見ようともしないでベッドに横たわりやがった。
おいおい待って?
これは襲えという無言のメッセージなのか?
それともただ単に俺をからかって遊んでいるのか?
突如として心理戦が始まってしまった。
コイツ相手の心理戦とか絶対勝てる気がしない。
相手のルール違反くらいしか勝ち筋が思い浮かばない。心理戦のルール違反ってなんだよ。
祥子にベッドの左側を占領されてしまったので、ひとまずはその反対側に回り込んで身体を横たえてみる。
……。
気まずい。気まずすぎる。
俺が勝手に気まずさを感じているだけなのかもしれないが、二人の間にあるほんの少しの距離がやけに遠く感じて、かけようとする言葉が見つからない。
だったら眠るなら眠るで俺も目を瞑ればいいのに、目の前の少し小さな背中に向けたままのその目は閉じようとしてくれない。
いや、こんな状況の中で眠れるわけないのは分かっているんだが、それにしてもこうして間近で祥子の後ろ姿を見ることなんて滅多になかったから、
まだしっとりと濡れているその髪の毛なんかが妙に艶まかしく見えてきて、いつの間にか早くなっていた鼓動が更に早くなっている。うわエッロ。今なら髪コキの意味も少しだけ分かる気がする。
やっぱりこのままの状況は危険だな。むしろ逆に俺が祥子の部屋で寝れば解決なのではないか……?などと頓珍漢なことを考え始めたところで、不意に彼女が口を開く。
「こういうのってさ、義明的にはどうなの?」
「こういうのって、例えば?」
「ほら、こうやって一緒に寝ようと押しかけてみたり、とか。あとは、突然『告白対決だ~~』なんて吹っ掛けてみたりとか。
義明はいっつも受け止めてくれるけど、それだといつか愛想を尽くされるんじゃないかって、付き合いだしてから急に怖くなって……。なんでなんだろうね?」
いつか聞いたようなか細い声を聞きながら、俺は彼女越しに窓の外を見上げる。
夜というものは、人を不安にさせる。
不安だから、何かに頼りたがる。
だからこそ、こんな風に弱音を吐いてくれることだってある。
はぁ、アホかお前は。
窓の外で輝く月に少しだけ感謝しながら、その弱音をも受け止めるように俺は言い返してやる。
「あのなぁ、こんな風にいつも引っ張ってくれるところが好きになったに決まってんだろ。
彼氏とやってみたいこと、親友とやってみたいこと、まだまだいっぱいあるんだろ?
だったら全部俺とやればいいじゃねえか。」
少しだけ縮こまった後ろ姿に向けて、俺の独白は続く。
「春休みに言ったろ?
守ってやるって。どんなことがあってもお前の味方でいるって。
むしろ逆だな、俺に守らせてくれ。
こんなに見栄を張りたくなるくらいには、俺も好きなんだよ、分かってくれそんくらい。」
そうしてぶっきらぼうに言い終えてから、少しだけ思う。
あああ~~~絶対これ明日の朝思い出してまた黒歴史になるやつじゃあああん……。
いや、言ったことに後悔はしていないし、むしろ言って良かったと思ってるけど、無性に恥ずかしくなってしまうのは何故なのだろう。
目の前のコイツとは違って、あんまり本心を曝け出すのに慣れていないからだろうか。
それとも、こんな風に好きな女に弱みを晒すのが恥ずかしいからだろうか。
……きっと両方だな。
それでも、好きな女に俺の本心を伝えることが出来たこの今だけは、少なくとも心地よかった。
その後ろ姿は変わらないままで、祥子からも返事が返ってくる。
「義明ってさ、すっごいムカつく。
カッコつけすぎだし、私にずーっと付きあってくれるような変人だし、付き合ってから更にカッコよくなったし、毎日毎日好きになっちゃうし、今日のこれもまた一生思い出に残っちゃうような出来事に変えちゃうし……。
本当に、大好きだよ。
好きすぎて悔しいくらい。
そして、本当に幸せだよ。
だから、明日からもこの幸せを義明にも分けてあげるからねっ!」
少し涙ぐんだようにも聞こえたそのか細い声はさっきよりも自信に満ち溢れていて、俺の好きな明るくて元気な声にちょっぴりと近づいていた。
「……おう、楽しみにしとくよ」
あああかわいいいいいいい!!!
と跳ね上がった心を落ち着かせようとして、普段よりも若干低い声になってしまった。
俺の真芯を捉えたその言葉にキュッと胸が締め付けられるようにドキドキして、彼女の裏でこっそりと足を浮かせてぶんぶん振り回さずにはいられない。
はいはい天使天使。まーた天使が現れてしまったのか。
しばらくこのままの状態でボーっとしていると、いつの間にかすやすやと寝息が聞こえてきた。
祥子の中で、不安が解決してすっきりしたのだろう。
そして、思わず一人では抱えきれなくなるくらい大きな不安だったんだろう。
『なんだよその程度でこんなに悩むなんて』と考えそうになってしまうが、それは違う。
俺にとっては『その程度』のことでも、祥子にとっては死活問題だったってことなんだ。
俺と祥子は4年来の親友でありながら、まだまだ新米のカップルでもある。
だからこそ、今日は彼氏として、彼女の不安を取り除いてあげることが出来て良かった……。とほっとしながら、俺は思う。
あのー、祥子さん?
なに勝手に一人で眠ってんの?
俺、眠れないんですけど?
ゴメンなさい、全然妄想が捗らなくて……じゃなくて、アイデアが出てこなくってめっちゃ遅れました。
今度私は『予定』という文字を辞書で調べなおす必要があると思います。
もしよろしければ、評価やブクマ、感想などを送っていただけると生きがいになるのでもっとやってください。
それでは、今回もありがとうございました!!