GW直前の日-2
「いや、こういうのは直接本人の口から言ってあげた方が良いと思う!
私ちょっと言ってくるね!」
祥子はそう言うなり会話の輪から突然席を立ち、噂話をしていた男子のところへ向かっていった。
いやまあその噂は噂というよりも大正解なのですがね。その童貞センサー優秀すぎるだろ俺にもよこせ、と思ったが俺はもう童貞じゃないから使えないのか……という事実に気づいて少しだけ寂しくなった。
今までの16年間、お前と一緒で楽しかったよ、ありがとう、童貞……どうてえええぇぇぇ!!!
脳内で親指をグッと立ててマグマの海に沈みゆくターミネーターのシーンを思い浮かべながら、泣き旧友(?)に想いを馳せつつ祥子の方を見やる。
登校してた時の表情は思い出すだけでも興奮してしまう程に煽情的だったのに、こうして会話しているときの祥子は普段の凛とした、いかにも優等生オーラを振る舞いているようなクールな表情に見える。
女の表情は百面相だという言葉を聞いたことがあるが、あの言葉は確かに本当なのかもしれないと今こうして思ってしまうくらい、今の祥子の外面には厚い仮面が被さっていた。
「太田君と、斎藤君、だっけ?
本当かどうか分からない話をするのはやめた方がいいよ」
「「……うん、すまん」」
祥子本人からの指摘に、たちまち二人が顔を俯かせる。
腐っても進学校だ。正論には驚きこそすれ、逆ギレするようなアホはいない。
あぁ良かった、今回ばかりは噂が尾ひれをついて広まることはなさそうだ――――
ん?
そんなわけなくね?
条件反射で思い出した事実に、ぼーっとしていた脳がようやく目覚める。
このとき、俺は昨日からの流れにやっぱり浮かれていたんだと思う。
でもなければ、こんな当たり前の事実を見逃すはずがない。
彼女が、祥子が火を見つけて消火するはずがない。
彼女が火を見つけたら、その火に油を注ぐに決まっている。
「まあ今回は本当だから何にも言わないでおくけどさ、次からは気を付けてね☆」
へーい、と謎のボディタッチをして、彼女がこちらへと帰ってくる。
さっきまで騒がしかったはずのクラス全員を黙らせて一人歩く姿は、まさにこの教室に咲いた一輪のバラのように美しかった。
そう、確かにこのとき、彼女は美しかったのだ。
クラス全員が黙り込んだ、その一言にさえ考えなければ。
おいちょっと待て??
へいへいへーい、なに暴露してんだこのくそアマ????
突如として放り込まれた爆弾にクラス全体が沸き立ち、静寂が過ぎた空間にはさっきまでとは比べ物にならないくらいの騒音が響き始めた。
「え!?マジ!?マジ!?」とただ騒ぎたいだけの者、「この世の終わりだ……」と絶望する者、「いや遅くね?俺ならもっと早く手出してるわ」と謎イキリを始める者、様々な反応が教室内にこだまする中で、俺は感情に任せて席を立つまでにこんなことを考えていた。
例えば、「減災」という言葉がある。
これは、自然災害などの未然に防ぐことが不可能な災害に対しての対策として、ある程度の被害の発生を想定した上で、その被害を低「減」させることを目的とする言葉である[1]。
つまり、今の俺が考えるべきは、『どうすれば祥子の問題行動を未然に防ぐことが出来るか』ではなく、『どうすれば祥子が問題行動を起こした時にその被害を減らすことが出来るか』ということだ。
……一瞬本当にそうか?とも考え直したが、やっぱり今の祥子が巻き起こすのはどうみても自然災害に違いなかった。