これまでも、これからも
自室に戻ってきた後は、『偶然早起きしちゃった』という建前を引っさげて何食わぬ顔で今朝をやり過ごした。
別に隠すようなやましいことではないが、流石に親を相手に大人の階段を昇ったなんて報告をするのもアレなので適当にやり過ごそうとしたら、「祥子ちゃんとはあれからどう?」というまさかのド直球が朝食中に飛んできたせいでみそ汁が思いっきり肺に入ってしまった。何なのエスパーなの???
俺も俺で、あまりに焦って「今日は、今日は何かするよ!!」って食い気味に言っちゃったもんだから、今朝の潮家のリビングには俺も親も困惑する謎の空間が発生した。なんで考えうる限り最悪のセリフを口に出してるんですかね……?
はぁ、まあしょうがない。心が荒んじゃったので癒されに行くか。
普段と変わらない時間まで待ってから、祥子の家のインターホンを鳴らす。
さて、俺の方はなんだか悶々と、もっと正確に言うなら余裕でムラムラしてる訳なんだが、はたして祥子の方はどういう風になってるのやら……
「ぶっwwwww元男に発情するやべ―奴じゃんwwwww」
「すみません、人違いでした」
秒でドアを閉め、玄関先で一人考え込む。
ん?いつの間に俺のお隣さんは変わっていたんだろうか??
いやいや、まさか、あんなクソ女が昨日俺が抱いた女なはずがない、うん、きっとそうだ。
まったく祥子の奴、連絡の一つもよこさないで引越ししやがって。おっかしいなぁ!!!
「俺のムラムラを返せ」
「いでっでで髪掴まないで折角セットしたのにいいいぃぃ」
「お前が髪の毛にこだわってるのはめっちゃ嬉しいけど今だけは俺に全力で謝れ」
世界中どこを探したとしても、初夜の翌日に髪の毛を引っ張って彼女にブチギレている彼氏なんていないんじゃないだろうか。
……はぁ~~~。
泣きそう。
こんな女に本気で発情してしまった自分が情けなさ過ぎて泣きそう……。
悔しい!でも襲っちゃう!!ムラムラ みたいなこの感覚を漫画で例えるとするなら、さしずめ俺は女騎士の方から誘惑されて思わず襲ってしまったオークといったところだろうか。なにその展開薄い本あくしろよ。というかそもそもビッチな女騎士ってなんだ……?
「ふぅ~~やっと解放されたぁぁ……」
「お前さぁ、分かってる?今の状況。
昨日の今日だよ?もうちょっとムード大事にしようとか思わないの?」
「思わないけど」
「でしょうねぇ!!!」
そういえばお前はそういうヤツだったよ!!完全に忘れてたわ!!
「ぶっちゃけさぁ、義明はヤってる時に昔の俺を思い出して萎える……とかなかったの?」
「いや、全然。目の前のお前が可愛すぎてそんなとこまで頭回ってなかったわ」
「あの、そうやってさりげなく嬉しいこと言われるとまたルンルン飛び跳ねて気分悪くなるんでやめてもらっていい?」
電線に止まった小鳥のさえずりが響くような爽やかな朝の登校路に、爽やかとは正反対の爛れた会話が弾む。
普段の日常は、仲の良すぎる親友として。
二人きりの夜は、互いを知り尽くした恋人として。
その二つが織り交ざってしまった今ではその境界線だって少し曖昧だけど、それでも、二人の変わらない絆だけは、左手に感じる温もりが証明してくれている気がした。




