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約束されし勝利の味

これっくらいの♪おべんとばっこに♪おにぎりおにぎりちょいと詰めて♪


とやっている子どもの9割は、お弁当箱よりもおにぎりの方がでっかくなっているらしい。


根拠はないけど。

「「いただきます」」


口を揃えて、両手を合わせて俺たちは昼食をとる。


上段のおかず箱には、卵焼きをはじめ、ミートボールやポテトサラダ、ベーコンのアスパラ巻きなどのザ・テンプレといったおかずが勢ぞろいしていた。


見た目にもキチンとこだわろうとしたのはいいが、『これじゃあ通学中にバラバラになって汚くなるよなぁ』と悩んでいたところ、母親が緩衝材の代わりとして入れた方がいいとアドバイスしてくれた付け合わせのブロッコリーにミートボールのソースやポテトサラダがべっとりとついてしまっているのを見て、『主婦ってすげえ……』と思わず場違いな感想を抱いた。


「さて、それじゃあ召し上がれ」


「え!?これ義明が作ったの!?」


朝早くに起きてから俺が言おうと待ち望んでいた台詞を、ようやく口に出すことが出来た。


まさか俺が作るとは思っていなかったのか、祥子からも予想通りの反応が返ってくる。


「うん、野菜の付け合わせだけは冷食だけどな、それ以外は俺お手製だぞ」


よしよし、いい流れ、ここまではシミュレーション通りだ。


ここから『私より先にお弁当を作るなんて……!』とひねくれた反応になるのがプランA、『え!?すご~い!!』という素直な反応になるのがプランBだ。普通ならば逆だが、コイツは普通じゃないのでこれが多分一番正しいと思います。


「お前……まさか!?最初から私がお弁当を作る方向に誘導したというのか!?」


まるで偽のアリバイを見抜かれた犯人のように、慌てて祥子がこの流れを止めにかかる。


やっぱりこうきたか。これはプランAの3パターン目『突然演技をしながらその真偽を問いかけてくるパターン』で対処できる。まるで異世界バトルもののデータキャラみたいな戦い方してんな俺。


だがしかし、どんな戦い方をしたところで、勝てば官軍なのである。


勝つために俺が考えに考え抜いた執念、甘く見るなよ?



「クックっク……流石は俺の恋人よ、そこまで見抜くとは……だがもう遅い!!


残念だが、貴様には俺の作った弁当を食べてもらおう!!」


祥子の演技に俺も合わせるように、高らかに勝利宣言を口にする。こんなくだらないことで右手を掲げ上げたとしても、俺の心はなんとも言えない幸福感や達成感に包まれるという割とどうでもいい新事実を発見した。


というか『恋人』という言葉に反応してちょっと照れられると可愛すぎてこんなクソ茶番ほっぽり出して抱きしめたくなるのでやめろ。


「クソ! 貴様の手のついた料理を食べるなど、私の彼女としてのプライドが許さんz」


ぞ!という最後の言葉を遮るように、ぐぎゅる、とかわいらしく祥子のお腹が空腹を伝えてきた。


さっきまでのシリアスな空気が、そののどかな音で一瞬にして消え失せる。


「「……」」


必死に笑いをこらえる俺と、恥ずかしさのあまり何も口に出すことが出来ない祥子。


そよ風が吹いて、木々のカサカサという音だけが響く中、俺たちは意味の違う沈黙を貫き続けていた。


それにしても、お腹が鳴る音にカワイイという感覚を覚えたのは人生で初めてかもしれない。


彼女にとってはまさに泣きっ面に蜂だが、俺からするとその仕草一つ一つが可愛すぎてそろそろ尊みしか感じなくなってきた。もはや祥子を教祖にした新興宗教が作れるまである。教祖にガチ恋とか信仰心高すぎるだろ俺。


「ぐぬぬ……チクショウ!!この恨み、必ず返してやるからなっ!!」


ちょっと涙目になりながら、祥子は1段目のおかず箱を机から奪い取るように手に取ると、まるで俺に復讐を誓うかのような鋭い視線を送ってきた。


二人の間には依然としてシリアスな雰囲気が漂っているが、ただ単にお弁当を食べようとしているだけである。


俺には鋭い視線を向けながらもいざお弁当を前にするとその顔が少し緩んでしまって、必死に引き締めなおそうと努力する姿がなんとも愛らしい。


おかしいな。


彼女のためにお弁当を作ったら、何故か涙目になった彼女が彼氏を恨み始めているぞ?


しかも、彼氏の方も何も悪いことしていないのになんだか罪悪感が湧いてきたぞ?


第三者視点で見るとどうみても理不尽な扱いを受けているはずなのに許せてしまえるのは、祥子の可愛さの賜物だろうか。


このままでは俺が祥子の尻に敷かれる未来しか見えないが、『祥子の尻に敷かれるとか最高かよ!』と思い始めている辺り既に俺の方も末期かもしれない。


つーか形容詞を本当に真に受けんなよ。祥子がどんなに可愛くても目に入れたら痛いに決まってるんだよなぁ……。


「はぐっはぐっ……!?」


俺の傷ついた内心をよそに、祥子は中央に置かれた卵焼きを一口で一気に頬張ったあと、その勢いのままでミートボールを口にする。その両方を咀嚼しながら、まるでテスト時間ギリギリで計算ミスに気付いた時のように、カッと目を見張った。女の子がそんな豪快に食べるんじゃありません。


祥子家では普段は甘い卵焼きだったのにしょっぱかったからビックリした、とかそういう訳ではない。その辺の派閥も間違えないように、昨日のうちにキチンと聡里さんに確認を得ているので問題ない。目玉焼きにソースをかけるのだけは未だに納得がいってないけど。


そしてその目が驚きの視線のままでこちらを向いてきた瞬間に、俺はこの勝負の()()()()を確信した。



例えば、おでんは白米のお供になりにくい。


その理由は、おかずとなるおでんの塩味が不十分だからだ。



彼女が卵焼きを食べた瞬間に驚愕したのも、ほぼ確実に同じ理由だろう。


つまり、俺はキチンと計算して、その白米のお供たちをあえて普段よりも薄い味付けにしていたのだ。



何故そんなことをする必要があったのか。


その理由は、わざわざ丁寧に祥子が伝えてくれた。


「お前まさか……ここまで読み切っていたのか!?


通常ならば『あ~ん』をしないとおかずとご飯を食べられないように仕組んでおきながら、その意図をくみ取った私が腹いせに、このおかず箱を全部食べ切って、白米を一切食わないようにするところまで!?」


「ああ、そうだ。


貴様が俺の作ったおかず箱を全て食い切ってこそ、俺の計画は完成するっ!」


高らかに腕を組み立ち誇る俺の姿は、まるで窮地に追い込まれた勇者に無慈悲な一撃を叩き込み、倒れる様子をじっくり観察している魔王のようにも見える。俺悪役かよ。


そして謎にハイレベルな心理戦が繰り広げられているが、ただ単に2人でお弁当を食べているだけである。


計画が上手くハマりまくってて笑いが止まらずに思わずにやけてしまう俺と、全ての勝ち筋を潰されてしまった祥子。


最後のあがきと言わんばかりに鋭く睨みつけていたその小さな瞳から、フッと戦意が失われる。


勝負は、完全に決した。


「……負けだ。完敗だよ。」


「……お、おう、そうか」


先ほどから時折カサカサと響いていた木々の音が、今だけは勝利のファンファーレのように俺を祝福しているように聞こえる。

何ともあっけない敗北宣言に少しの間戸惑っていたが、『そういえば勝った後の行動まではシミュレーションしきれてなかったな……』と考え出したところでようやく感情が目の前の現実に追い付いてきた。


ああああめっちゃ気持ちいいいいいいい!!!


今までの4年間、一度たりとも全く歯が立たなかった祥子に、俺は初めて勝ったんだ!!


勝った!第三部完!


うおおおおおおお今なら何でもやれそうな気がするぞおおおお!!!


グラウンドで遊んでいる数名の集団に向かってこの本能を叫ぼうかとも考えたが、さっきの火にわざわざ自分から油を注ぎに行くのはどうみても自殺行為だよな、という理性が勝ったのでやめておいた。


だって、何でもやれそうな気がする『だけ』なんだもん。ここテストに出るよ。


にしても、


「意外とあっさり認めるんだな?」


これが思った以上に予想外だった。


祥子の性格的には『私が負けと認めてないから負けじゃない』理論を繰り出してきてもおかしくない気がするんだけど。ちなみにその場合は『俺が勝ったと思い込んでいるから俺の勝ち』理論に持ち込むつもりでした。この理論を思いつく為に考えた俺の10分を返せ。


「だってそうしないと、リベンジが出来ないじゃない。


無様に負けを否定し続けるよりも、そっちの方が気が楽だよ」


無邪気なあの頃とは違う、それでいて爽やかな笑顔が俺の心臓を軽やかに撃ち抜いていく。


その笑顔の裏側にどこか少年時代の祥吾が重なって見えるような気がして、無性に見ているこっちが恥ずかしくなってしまった。


祥吾って確か顔を見たかったり見たくなかったりするクソ野郎だったはずなのに、何故か今思うとその姿を懐かしく感じてしまうのは、思い出補正とかいう脳のクソ機能のせいに違いない。


別に『昔の事でぐちぐち悩むより、今この現実を楽しもうぜ!!』などと、いかにもウェイ的なことを言いたいわけではない。

その時に感じた痛みも、苦しみも、悔しさも含めてこそ、自分の一生の思い出となって残っていて欲しいだけだ。でなければ、後悔先に立たずなんて諺が出てくるはずもない。


「そして!今回は勝ちを譲ってあげるけど、私の方が義明を好きなことには変わりないから、そこは間違えないようにねっ!」


祥子は左手を銃のポーズに変形させて、びしっ!という効果音が聞こえそうな程に鋭く俺の方を指さしてきた。


その堂々とした佇まいは、守ってあげたくなるような普段の小動物的な可愛さとはまた違って、まさに『背中は預けたぞ!』と言わんばかりに相棒として頼りたくなるような頼もしさを感じさせてくれる。


女性に後ろ指を指されて嫌悪感を感じてしまうことは何度もあったが、祥子がそれをやったところで一切の嫌悪感を感じなかった自分に驚いた。


「オーケイ、一生をかけて間違い続けるさ」


間違ったことを続けるのは嫌いな質ではあるが、生憎とその問題だけは是正する気にはならない。


ま、今日くらいは俺が主導権を握ってのんびりと過ごすような、そんな一日があったっていいだろう。


「え、一生って……やっぱり結婚するの?」


「よっしゃ市役所行こうぜ」




なんかいい話的な感じで俺たちの昼食劇は幕を下ろしたが、ただ単にお弁当を食べただけである。



あと、ちなみに。


「これ、別に食べ物を粗末にしているわけじゃないけどなんだか食べ物で遊んでる感が拭えないよね」という祥子の一言に俺が賛同したことにより、このお弁当対決の次回はなくなりました。

何がしたいのか分からなくなって迷走してました……


テスト近いので7月はペース落ちると思います……



それでは、今回もありがとうございました!!

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