悪いがもう転生はしたくない
ちょっと変わった異世界転生物語を書いてみたいなと思い立って書きました。
元の世界ではか弱かった主人公が転生世界においていかにチート能力とヒロインに支えられているのかということを描ければなと思いました。
途中までは異世界チート転生物語ですが、途中から変わってきますので最後まで読んでいただければなと思います。
《登場人物》
・桜田和也……主人公、社会人一年生、異世界転生を夢見る
・佐々木……転生局に務める公務員。転生者の仕分けを行う
・エレナ……和也が異世界で最初に助けた少女。金髪とリボンがトレードマーク
・リルム……幼竜、魔法で人間の魔法剣士になる。基本フリーダム。
・鎧の女性……和也とは異なる転生者。和也に転生システムの罠を警告する。
・ミカエル……大天使、転生局とは全く関係なく、気に入った人間を転生させるお茶目な天使。
2022年、オリンピック景気後の不況にあえぐ日本は、ある福祉サービスを開始した。
その名も『国民転生サービス』。
全ての国民に対し、望めば死後の異世界転生を約束するというサービスである。
日本政府がどのようにして国民を異世界転生させる技術を手に入れたのかは謎であった。さらに、本当に政府によって死後に異世界転生が行われているのか、死んだ人の体験談を聞くわけにもいかないのでそれも定かではない。
しかし、生前の努力量に応じて転生後に能力が上積みされる(チート能力が手に入る)という触れ込みもあり、経済的には効果があった。具体的にいうと、国民は死にものぐるいで働いて経済に貢献したのである。さらに、年老いて楽しみを失った国民は長生きを望まず、社会保障費も大幅に削減された。こうして日本は不況から一気に立ち直ったのである。
だが、なぜそもそもこのような国民転生サービスなどという馬鹿げた試みを国民が信じたのか。これには政府の巧妙な作戦があった。
2000年代から俗にいう『異世界転生小説』というものが作品として現れ、2015年前後には大流行する。そして小説はアニメやゲームとなり若者に浸透、二次創作やそれに類するものがネット上に溢れ、誰もが異世界転生というものに一定の理解を持っていたというのが国民にすんなり受け入れられた原因だろう。その異世界転生物語の大流行に際して、日本政府が一枚も二枚も噛んでいたという説がまことしやかに囁かれている。
また、有名な異世界転生ものはどれも転生した主人公が異世界で活躍するというものばかりで、国民に「異世界転生はいいものなのだ」というイメージを植え付けたのだろう。
さて、そしてこの俺、桜田和也も今まさにその『国民転生サービス』を利用しようか悩んでいた。
「……っと、これだけやれば十分でしょ…」
俺は会社の自分の椅子で伸びをすると、7日間徹夜してクマのできた目をこすった。大学卒業後、23歳でこの会社に入って1年も経っていないのだが、仕事がつまらない。
もちろん会社は7日間徹夜なんて強いてはいないし、別にブラックではないのだが、俺が徹夜してまで仕事を持ち帰り、こなしてきたのはただ『国民転生サービス』によって転生後の能力を上積みされる基準をクリアするためである。異世界で生きるにあたってチート能力は持っておくにこしたことはないだろう。そのためには7日間の徹夜など…
「……っ!?」
俺は唐突に眩暈を覚え、気を失った。しかし別に死の恐怖はない。むしろ「ついに来たか!」という感じでワクワクさえした。
これでこのクソッタレな人生にオサラバできる!
ーーーーーー
(……ここは?)
目が覚めるとそこは刑事ドラマの取調室を彷彿とさせる灰色の部屋だった。俺は容疑者のように椅子に座らされており、目の前にはお約束の机とその上にライト。さらに…
「桜田和也さまですね?」
そう声を掛けてきたのは、刑事ポジションに座っているメガネの男性だ。スーツを着込んでおり、真面目な印象がある。
「は、はいっ」
緊張しつつも返事をすると
「私、えー、総務省転生局の佐々木と申します。」
「は、はぁ…」
転生サービスって総務省の管轄でしたか……。
突然の公務員の登場に気の抜けた反応しかできない。
そんな俺に、佐々木と名乗った男は手元の書類を眺めながらさらに続ける。
「あー、残念ながらあなたは亡くなってしまいました……死因は……えー、過労死ですね。」
「そ、そうですか…」
そんなこと分かっている。半ば自殺のようなものなのだから。あと、いちいちあー、とか、えー、とか言うのがうるさい。
「えー、そこでですね。国民転生法第5条1項に基づきましてですね。えー、国民転生サービスを受けられるかのですね。あー、意思表示の方を……」
「します!」
俺は待ってましたとばかりに叫んだ。国民転生法なる法律があること初耳だが、この際どうでもよかった。
「……は?と申しますと?」
「やります!転生、します!」
要領を得ない佐々木に対して若干イライラしながら俺は言う。とにかく今は早くこの居心地の悪い取調室から出て、素晴らしい異世界ライフを楽しみたかった。
「はぁ……えー、承知いたしました。……つきましてはですね。こちらの同意書の方よくお読みいただいて、サインをしていただきましてですね。えー……」
と言いながら佐々木に差し出された紙を半ばひったくるように受け取ると、俺はざっと流し読みして(半分も頭に入ってこなかった)、紙の下部のサイン欄にそこら辺に転がっていたボールペンでサインをした。
「しました!」
「えー、ではですね。あー、桜田さまの努力数値によって転生後の能力の上積みをですね…」
きたぞ、政府がどのような基準で努力数値というものを決めているのかは謎だが、俺は死ぬ前に7日間も徹夜したんだ。大学も出てるし結構努力したはずだ。
「……努力数値は、えー、59ですね。」
「……それは、高いんですか?」
「あー、高くもなく低くもなく、でしょうかね。ですがご心配なく、異世界の生活においては全く困らない程度の能力が付与されます。」
一瞬ヒヤッとしたが、それならまあいいだろう。徹夜した甲斐があったというものだ。
「……よかった」
その時、ピヨピヨという気の抜けた音が響いた。何事かと身構えると、佐々木がスーツの胸ポケットからスマートフォンを取り出して耳に当てる。
「はい、佐々木ですが…………はい…………はい、転生ご希望で…………えー、はい、そうですね。はい、はい、ありがとうございます。失礼しますぅ。」
「……?」
いったい誰からの電話なんだ……
「桜田さま、転生先の世界が決まりましたので、これよりご案内致します。」
「はい!お願いします!」
俺の転生先の異世界……いったいどのような場所なのだろう。
かわいい女の子とかいるといいな……
とかなんとか考えていたら、佐々木が唐突に立ち上がり、俺の首筋に何かを突きつけた。
「……えっ!?」
バチン!という衝撃が首筋を襲う。……スタンガン?
そう思うまでもなく、俺の意識は再び闇の中に落ちていった。
ーーーーーー
あー、もう最悪の気分だ。例えるなら、学生が月曜日の朝起きたくないけど起きなきゃいけないような義務感を感じているような気分だ……。
「……くそっ!」
と声に出しながら勢いをつけて起き上がると、そこは一面の草原だった。
「……あっ」
そういえば俺は異世界に転生することになってたんだっけ……
それにしても綺麗な草原だ。抜けるような青空に吹く風も心地よい。
「ここが。俺の異世界……」
まず自分の身なりをチェックする。
俺はRPGの勇者のような赤いマントと革の鎧を着て、腰には剣を刺していた。
「ふーん、こんなものか。」
そしてあたりを確認する。
どうやら俺は草原のど真ん中にいるようだが、右の方に視線をやると遠くに白い筋のようなものがあり、そこを小さいものがゆっくり移動していく。街道だろうか。
とりあえず街に行かなくては話にならない。
街道らしきものを目指して歩いていく。
しばらく歩いていくと、白い筋は大きくなり……人や馬が行き交う。やはり街道だ。だが少し様子がおかしい。
街道の一部に人の集まりがある。何かやってるのだろうか。
俺はその方向に向けて走り出した。
すると、驚いたことに俺は凄まじいスピードで草原を駆け抜けていた。これが上積み能力(チート能力)の恩恵か!
あっという間に人の集まりのところへ到着した俺は、その異変に気づいた。
どうやら人の集まりは1人の少女を取り囲んでいるらしい。
近くに来たので声も聞こえてきた。
「ですからこのお金は私が1年働いてやっと稼いだお金なんです……」
「嘘つくなよその程度の金、魔王様の下っ端の下っ端の俺たちでも1日で稼げるぜ。だから寄越しなよ。」
「1日で稼げるならなにも私から奪わなくても……」
「うるせえ!あとな、女は魔王様に差し出すとたくさん褒美が貰えるんだよ!だから大人しく俺たちと一緒に来てもらうぞ!」
どうやら屈強な男達がか弱い少女を誘拐しようとしてる現場に鉢合わせたらしい。しかも魔王だって?それならこいつらを叩きのめして女の子から感謝されてもいいってことか!?
そんならいっちょ、チート具合を確かめてみますかね。
「おいお前ら、大の大人が寄ってたかって女の子をいじめて、恥ずかしくないのか?」
俺は少女を脅していた一際体格のいい男の肩を後ろから掴みながら声をかけた。この台詞、一度言ってみたかったのだ。
「なんだおめぇ……俺らが魔王様の手下だってのをわかって言ってんのか?」
体格のいい男がこちらを睨みながら言ってくる。つられて他の男達もこちらを警戒するかのように近づいてきた。
「ああわかってるとも。ただ残念ながら俺は女の子をいじめる男は許せないんでね。」
「調子に乗るなクソが!野郎ども、畳んじまうぞ!」
男達は武器を構えると一斉にこちらにかかってきた。が、俺の体は勝手に反応し、腰の剣を抜くと、一人、また一人と次々と掛かってくる男達を凄まじい勢いで切り倒していった。
そして瞬く間に半数の仲間を失った男達は
「ちくしょう、覚えてやがれ!」
と言いながら逃げていった。なんともテンプレな賊だ。
「あ、あの……ありがとうございます。」
と助けた少女。こちらもテンプレの反応だ。なので俺も
「当然のことをしただけさ。」
とテンプレの答えを返す。
「わ、私はエレナといいます。冒険者さんは…」
「俺は桜田和也。」
「さ、サクラ…?」
「サクラダカズヤだ。カズヤでいいよ。」
「カズヤ……さん。助けていただいてありがとうございました。あの、お礼といってはなんですが…」
「ちょっと待って、俺はちょっと別の国から来てここの事詳しくないんだけど、ここのこととか、さっきのヤツらのこととか、いろいろ教えてくれるかな?」
なおも何かを続けようとしたエレナという少女を遮って俺は言う。佐々木からこの異世界についての説明を受けてない以上、この世界の誰かから情報を仕入れないことには動きようがない。
「はい、ではスリヤーの街までご案内します。歩きながらいろいろお話しますね?」
これが俺と旅のパートナーであるエレナの出会いだった。
エレナは出会った時は汚れで目立たなかったが、洗うとキラキラ輝く美しい金髪の少女で歳は16だという。金髪の上に揺れる大きな赤いリボンがトレードマークの少女だ。
この世界は魔王によって支配されており、先程出会ったような下っ端が街や街道で狼藉をはたらくことも多いらしい。
俺はエレナに案内されてスリヤーという街に到着すると、そこで魔王の情報を集め、身寄りのないエレナと共に魔王討伐の旅をすることになった。
そして魔王に協力する魔竜の討伐まで漕ぎ着けたのだが、それまでの過程はよくある異世界転生物語と大差ないのであまり重要ではない。
重要出来事が起きたのは魔竜を討伐して数日後のある日の夜のことだった。
俺たちはひとまずのねぐらにしている小屋にいた。
「それにしてもいよいよ明日は魔王討伐ですか……あっという間でしたね。」
とエレナ。これでも一応出会ってから数ヶ月は経っている。
「そうだな。振り返ってみたらいろいろあったな。」
割愛したが、本当はいろいろあったのである。
「とかなんとか言っちゃってるけど、相手はあの魔王だよ?いくらカズヤでも倒せるの?」
と言ったのは燃えるような赤いツインテールの少女。名前をリルムという。リルムは少し前に仲間になった幼竜で、人間ではないが魔法で普段は人間の姿に変身している。
「多分大丈夫だろう。魔竜も簡単に倒せたし、それに……」
「……?」
「いざとなったらリルムもいるし。」
「それね!頼っていいのよ!」
得意げなリルム。彼女の実力は折り紙付きだ。なんてったってドラゴンだからな!
「……むっ」
そんな様子を面白くなさそうな顔で眺めているエレナ。こういうハーレムじみたマネができるのも、異世界転生さまさまといったところか。
「それじゃあ明日に備えてあたしは寝ようかな。」
「じゃあ私も……」
と2人が寝静まってしまったあと、俺はなぜか胸騒ぎがして小屋から少し離れたところを散歩しながら見回りをしていた。すると……
目の前に突如として光の塊が出現した。
「な、なんだ!?」
そしてその光が一層眩く輝くと、次第に収まり、光の中から誰かが現れた。
「……けほっ、けほっ……上手くいったの……?」
その人影は地面に横たわったまま咳き込んでいる。よく見ると金属の鎧を身につけた女性のようで、傷を負っているようでもあった。そして、何故かものすごく強力な魔力を感じる。
「あ、あんた誰だ……?」
「……んー?あっ、あなた『転生者』ね!?」
「はぁ!?」
この女、どうして俺が転生してきたと知っている!?この世界では誰にも話してないし、気取られないように気をつけていたはずだ。
「安心して、私も転生者だから。」
「どういうことだ?」
いくら日本が『一億総転生時代』だとか『国民皆転生』だとか言われている現代でも確か一つの異世界に転生者は一人だけ、そう決まっていたはずだ。
「私はあなたの世界……こことは違う異世界に転生した人間なの。」
「なんだって!?……だったらなんのためにここへ……」
「いい、落ち着いて聞いて。」
鎧の女性は真剣な表情で言う。
「その前に怪我の治療を……」
「いいから聞いて!もうあまり時間が無いの!」
「はい……」
なんだ……いったいなんの話が始まるんだ……
「あなた、ううん、転生した全ての人は騙されているわ!」
「えっ、だってちゃんと転生させてくれてチート能力も…」
「それは政府が異世界を支配するための障害……魔王を討伐させるためよ。多分あなたも魔王を倒した後そのうち政府の人間が来て、この世界を譲り渡すように言われるわ。」
「そんな……」
「私は幸い転移魔法を学んでおいたから他の人に知らせようと思って能力を消される前に……うっ!?」
続けようとした女性の胸を突然白い光が貫いた。
「おいっ!くそっ、どうなってやがる!」
「……きを……つけて……あいつ……は…」
そういうと女性はそのまま動かなくなった。そして
「えー、困るんですよ。勝手に秘密を外部に漏らされてはですね……」
このムカつく声は……
「……佐々木?」
「はい、佐々木です。お久しぶりですね桜田さま。あー、魔王討伐も順調なようで何よりです。」
暗闇から現れたのはこの世界に転生する時に少し話した佐々木だった。
「お前が何故ここに!?そしてさっきその女の人が言ったことは本当なのか!?」
「えー、一つずつお答えしますとですね。私は非常事態につき少々介入させていただいたまでですよ。そしてそこの女性の話したことは……本当です。」
「あんたらはこの世界を自分らのものにしたいから俺たちを利用して魔王を討伐してたのかよ……やるなら自分らでやればいいだろ。」
「えー、我々も人数が限られておりますので、皆様にご協力頂くのが一番効率的ですので。」
「騙してたんだな……」
「いいえ、ちゃんと同意書に書いてありましたよ?あー、裏面にですけど。」
「裏面……」
してやられた……。転生のことを考えると舞い上がってしまって裏面なんてあるの気づかなかった。
「とにかくですね。えー、知ってしまったからにはどうするのか決めていただく必要がありましてですね。」
「どうするのか…」
「そうです。予定通りに魔王を討伐して我々にこの世界を譲渡するか、えー、この時点で転生を放棄して死ぬか、ですね。」
「お前、そうやって今までみんな騙してきたのか……魔王討伐を成し遂げてハッピーエンドで終わるはずだった人から世界を取り上げてきたのかよ!?」
「えー、まあ概ねそうなりますね。」
「くそっ、そんなの嫌に決まってんだろ!」
俺はなんだかんだこの世界が好きだった。エレナも、リルムも、そしてこの世界全てが…
「では、国民転生法第7条3項の規定に基づき、行政代執行を行います。」
「来いよ、俺に勝てるならな!」
俺は剣を抜くと素早い斬撃を佐々木にお見舞いし……ようとしたが、できなかった。……剣が恐ろしく重たい。体も思うように動かなかった。
「あー、言い忘れてましたがね。あなたの上積み能力も我々が与えたものです。逆らうのであれば使えなくなるのは当然ですよね。」
「……くっ!」
くそっ……俺は所詮無力なのか……結局はチート能力に頼らないと何も成し遂げられないのか……
俺は無様に膝をつくしかなかった。自分の情けなさに涙が出てくる。
「さてと、さようならです。桜田さま。……っ!?」
手に光の槍を生み出し、俺に投げつけようとした佐々木を横から勢いよく吹きつける炎が包み込んだ。
「さぁせぇるぅかぁぁぁぁ!!」
この声は…
「リルム…?」
「はーい、そうだよ!もう、心配して来てみればこれだからさ……ごめんね、遅くなって。でもだいたい事情は察したよ。」
「俺は……俺は自分じゃ何もできなくて……」
「まあそうだね……カズヤの力が何者かに与えられたものだってことは、あたしも分かってたし……でも大丈夫!カズヤはあたしが守るから!」
「ありがとう!大好きだよ…!」
「はいはい、エレナちゃんが怒るから聞かなかったことにするね!って、しぶといわねあいつ……あたしのフル火力食らっても立ってるなんて…」
佐々木は、リルムの炎を浴びながらも立っていた。それどころか全く効果がないようにも見える。
「気をつけて、あいつやばいから。」
「わかってる、出し惜しみはしないよ。」
リルムは俺を庇うように前に立つと剣を構える。
炎を使う剣士、魔法剣士というのがリルムの戦闘スタイルだった。
「あー、熱いではありませんか……。とはいえ?異世界の住人の能力は消せませんのでね。えー、私も上積み能力で強化させていただきました。あしからず。」
「炎は効かなくても、斬撃ならどう?」
リルムが素早い踏み込みで佐々木に斬りかかる。しかし佐々木もチート能力で強化されている。難なく斬撃をかわすと、リルムの脇腹に光の槍を突き刺した。が、リルムも間一髪、脇腹に竜の鱗を実体化して弾き返す。
「ふぅ……危ない危ない……」
「竜の鱗……竜人ですか……」
「残念、ちょっと違うよ!」
そのままリルムと佐々木はしばらく戦っていたが、佐々木の方はリルムの攻撃を完璧にかわすのに対して、リルムは佐々木の攻撃を鱗で防ぐのが精一杯なので、徐々に押され始めた。
そしてついにリルムの防御が間に合わないスピードで佐々木の槍が振り下ろされ……
彼女の胸を正確に貫いた。
「リルムゥゥゥゥ!!!」
叫ぶことしか出来ない俺。
「終わりですね。」
「いや、まだまだぁぁぁ!!!」
トドメをさしたと油断した佐々木の一瞬の隙をついてリルムは竜の爪を実体化させて佐々木の脇腹を抉る。
「ぐぁぁぁっ!?」
佐々木は叫ぶと暗闇に消えていった。
そしてその場に崩れ落ちるリルム。やっと動けるようになった俺は彼女に駆け寄った。
「ごめんな……俺を守って……」
「いいんだって……あたしなんて、自分の好きなように生きて自分の好きなように死んだだけだから。」
「でも……」
するとリルムは微かに笑いながら
「カズヤは自分の好きなように生きるべきだよ。他人の言いなりになることはない。自分の人生なんだから、例え異世界から転生してきたとしてもね。」
そう言うと、リルムは静かに目を閉じて動かなくなった。
「……リルム」
自分の好きなように……か、それはもうこの世界では成し遂げられないのかもしれない。チート能力と、リルムを失ってしまったこの世界では……
「うわー!エレナ、遅くなりました!戦闘の音が聞こえて、小屋に誰もいないし!って、えっ!?」
小屋の方からエレナがリボンを揺らしながら駆け寄ってくるが、地面に倒れる鎧の女性とリルムを見て動きが止まった。
俺は涙を拭くと、そんなエレナの肩を掴んで
「聞いてくれエレナ!俺は……」
「は、はいっ!?いったい何が……」
俺は洗いざらい話した。鎧の女性が現れてから今に至るまで全てと、俺が本当は異世界からやってきた人間であること、チート能力で今まで乗り切ってきたこと、しかしそれを失ってしまったこと。チート能力がないとただの人間以下だということ。
全てだ。全てを話した上でエレナがどんな反応をするのか知りたかった。その上で軽蔑され、罵られても甘んじて受けようと思った。しかし彼女は、少し悲しそうな声で
「そう……だったんですね……」
「ごめん、黙ってて……軽蔑したでしょ」
「いえ、なんというか、びっくりです……あんなに頼りがいのあったカズヤさんが……こんなに自信を失ってしまうなんて…」
「当たり前だ。俺はチート能力がないと何も出来ないんだから……」
「カズヤさん……」
「もう何もできないし、リルムも失ってしまった。魔王討伐なんてできないよ……」
そう言って俺は泣き崩れた。そんな俺をエレナは小屋に連れて帰ると膝枕をしてずっと撫でてくれた。そして俺は泣き疲れて眠ってしまった。
ーーーーーー
目が覚めると、俺は小屋の冷たい床の上に寝ていた。
「……エレナ?」
ずっと膝枕してくれていたエレナはどこにもいない。疲れてどこかで寝ているのか、または……
俺はだるい体を起こしてゆっくり立ち上がると、小屋の中をうろうろし……
「あー、何かお探しですか?」
って、その声はまさか……
「佐々木!?生きてたのか?」
「あんな事で死ぬわけありませんって。」
小屋の中に唐突に現れた佐々木は俺の足元に何かを投げてきた。
それは……赤い
「……リボン?」
「桜田さまが余計なことをお話になるせいでまた要らぬ犠牲が増えてしまいました。えー、非常に心苦しいのですが…」
「……きっさまぁぁぁぁ!!!」
よくもエレナを、許さない、絶対に許さないからな!
俺は残り少ない力を振り絞り、佐々木に向けて右拳を……
振り抜くよりも前に俺の腹部を光の槍が貫いていた。
「ぐっ……」
「……残念です桜田さま。えー、でもご安心ください。桜田さまの亡き後、この世界は他の転生者の方に引き継いでいただいて魔王討伐していただきますので。……それではゆっくりお休みくださいませ。」
「な……」
結局誰も……鎧の女の人も、リルムも、そしてエレナも、俺のために無駄死にしてしまって何も変えられないなんて……俺はなんて無力なんだ……
現実世界で無力なやつは転生世界でも結局は無力なんだな……。
そんなことを考えながら俺の視界は闇に染まった。
ーーーーーー
「……終わりましたよ。」
転生者、桜田和也を始末した後、佐々木は物陰に隠れている人影に告げた。人影は静かに姿を現すと、和也の亡骸に駆け寄り
「……うぅっ、カズヤさん……」
と静かにむせび泣いた。
「あー、あなたの選んだ結末ですよ?エレナさん。」
「私、見てられなかったんです。カズヤさんがあんなに打ちひしがれているのは……そして、辛い選択を迫るくらいならこうして……」
「まあこちらとしては結果的に助かりましたが……」
佐々木は頭を掻きながら言う。
エレナは和也の足元に落ちている自分のリボンを拾うと、頭につけた。
「……では約束の報酬を…」
「承知しました。彼のところに送ってあげましょう。どちらにせよ、我々の秘密を知ってしまったあなたにこの世界で生きていられると不都合ですし。」
そう言うと、佐々木は光の槍でエレナの胸を貫いた。
ーーーーーー
(……ここは?)
目が覚めるとそこは刑事ドラマの取調室を彷彿とさせる灰色の部屋だった。俺は容疑者のように椅子に座らされており、目の前にはお約束の机とその上にライト。さらに…
「おはよー、桜田和也くんだね?」
水色の長い髪、翼、天使の輪……
「天使?」
「ピンポーン!せいかーい!ウチは大天使の一人、ミカエルっていうの!本物だよ!で、和也くん。君は死んじゃったんだけど、わかってる?」
「……あぁ」
そういえば最悪の死に方だった……もう二度目覚めたくなかったのに……ていうかここはどこだ?
「死因は心臓を貫かれたことによるショック死!で、なになに、過労死で一度人間の手で異世界転生したんだけど、ヒロインがみんな殺されちゃって自分も死亡……とかチョーウケるんですけど!?」
ミカエルは右手に持ったピコピコハンマーを左手にピコピコしながら言う。
「……笑うな……辛いんだから。」
「てへっ✩めんごめんごー!でさ、チョーウケるからウチがもう一回転生させてあげようってことになってるんだけどどうー?」
ノリの軽い天使だ。JK風ってやつか。
「悪いがもう転生はしたくない。」
「えー、せっかくチャンスあるのにもったいないっしょ!」
「ちょっとトラウマがな……もう転生するのは懲り懲りなんだよ…」
「そっかそっかぁ、まあそうだよねー、あんなことになったらウチだってちょっと凹むかもー」
「というわけだからもう俺をすんなり成仏させてくれよ。」
「あははっ✩天使に成仏なんて仏教単語は冗談キツいゾ!まー、そーいうことならわかったよ!」
「ありがとう……これでもう悩まされずに済むんだな……」
「そうそう、じゃぁ、頑張ってねー✩」
「えっ、がんば……うわっ!!」
ミカエルは突然立ち上がると、手に持って弄んでいたピコピコハンマーで俺の頭を思いきり叩き……
俺の視界はまたしても暗闇に染まった。……何回目だこれ。
ーーーーーー
(………?)
いい匂いがする。草と、風と、太陽の匂い……
「……すぅっ」
私は思いきり息を吸い込むと、勢いよく起き上がった。
目を開けるとそこは一面の草原だった。
ここはどこだっけ……そもそも私は誰……?
だめだ、思い出せない。
とりあえず自分の身なりをチェックする。髪の毛は長めの金髪、そして頭の上に手をやると大きな赤い……リボン?
……なんだろうすごく懐かしい。
記憶はないがすごく懐かしかった。
ここまで読んでいただいてありがとうございました!
いかがだったでしょうか。
少しでも新鮮だなとか思っていただければ嬉しいです。最後の方はあえて表現や視点をぼかして皆さんのご想像におまかせする形にしております。
もし好評なら続きも書こうかな……