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ep 2

 

 任務の待ち時間、ゴーシュに「俺たちはきっと地獄に落ちるな」と言われたことがある。あいにく俺はそういう宗教じみたものを信じる人間ではなく、興味もなかったのでその話は広がらなかった。


  王都は天才と呼ばれた先代の王が命と引き換えに魔法で作り上げたという大きな壁で囲まれている。この壁は様々な攻撃を受けているが、その壁が作られてから70年、未だに傷一つもついていない。


  酒場の窓からはそびえ立つその大きな灰色の壁が見えていた。壁の外側には王都を取り囲むように大きな街ができている。街と呼べるかもわからない。人々が生活に必要なものを詰め込んだようなゴミ溜め。道の左右には屋台が並び、よくわからない食べ物を売っている。


 幼い頃、好奇心で屋台に近づいた俺にシオンを「長生きしたければ食べない方がいい」と止めた。それ以降は食べようとしたことはないので味は知らない。なんでも普通は食べられないようなものを香辛料で無理矢理料理しているらしい。



 俺たちは行きつけの酒場に入り、空いていた窓際の席に座った。


「レイよぉ。お前は内側に行ったことあるか?」


 ゴーシュは窓の向こうにそびえ立つ壁を見ながら言った。


「あるよ。何度か」


「俺はさ、ないんだよ。確かに『軍人だ』ってあの受付みたいなところで言えば通れるけどよ。別に行かなくても困らないからなぁ。俺らの世代は学園の卒業なんてどうでもいいってのが普通だったしよ」



  あの壁は、その中の楽園は戦争によって傷ついた人たちがその場しのぎの為に造った要塞だ。


 この国がまだ今ほど大きくなかった時代は百年近くにわたって戦争が続いていた。


  王都の中で暮らしている人はもう戦争を体験していない世代も多いが、それでも 波風を立てることを異様に嫌う という風潮は根強く残っている。


  あの雰囲気が俺は嫌いだった。


「スラム街は暮らしは地獄ってのはこんな感じなんだろうなって場所だった。けど王都の内側も取りようによっては地獄だ。うまく言えないけどね」


 ゴーシュはわざとらしく首をかしげる。


「わかんねえな。食べ物には困らない、生活に必要なものは手に入る、魔法も学べる、まさに天国じゃねえか」


「表情が死んでるんだよ。天国なはずなのにさ。どこか満ち足りない、全員がそんな顔をしてる。大体そこまで天国天国ってんならなんでお前はあそこで暮らさない?」


「性に合わねえんだよ。俺もお前さんと似たようなもんだ。俺みてぇな奴が幸せにまみれた奴らのところでうまくやっていけるはずがねえ」


 ゴーシュはそう言うと運ばれてきたぶどう酒を一気に飲み干し、窓の外を少しだけ見た。そこには大きな灰色が横たわっている。壁の近くに建っているこの店は夕方になるともう日は当たらない。道の屋台の灯りと黒い壁が見えるだけ。

 

「そうだな。うまくやっていけるはずがない。それなのに平和ボケした人と共に三年間だ。どうしたもんか」


「学園では何をするんだ?」


「通うにあたって少し調べたが、俺は実践任務科という科に配属されるらしい」


「配属って、あそこは軍じゃねぇだろ」


ゴーシュはやれやれとため息を吐きつく。それを無視して俺は続ける。


「定期的に課題が出されてそれをやる。王都の外に出るもので、そこでの経験を重視した学科だ」


「なるほどなぁ。レイくんには経験が足りていないと……」


「違うよ。俺が希望したんだ」


  王都の外に出るという性質上、必然的にこの学科の人数は少なくなる。王都で暮らしてきた人からすれば外は何が起こるかわからない危険な場所だ。毎年希望者が少なくなる。


「そこではまともな任務をしろよ」


  ゴーシュは珍しく声のトーンを落としてそう言った。まだ子供といえる年齢の俺に殺しをさせていることに引け目を感じていたのだろうか?もう何年も続けていることだ。それこそ軍に入る前から。


「気にするなよ。生活と自分の意地のためだ」


「とにかく、これで三年間は自由に会えなくなるってことだな」


 とゴーシュは笑った。


「死ぬなよ。ゴーシュ」


  気づいたら俺はそんなことを口にしていた。

 

「散々こんなことしてきて、自分だけ赦してなんてのは都合の良すぎる話だな。努力はするが、いつ死んでも文句は言えねえや。それに再会は意外と早いかもしれないぜ」


  その後ニッと笑い三杯目のぶどう酒を一気に飲み干した。


  俺にはその少年のような笑顔がすごく眩しいものに感じた。それからしばらく雑談を交わしてから宿に戻った。


 どんよりと曇った空はまるで俺の心を映し出しているかのようだった。

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