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ep 13

 

  その日の真夜中。俺は予定通りに目を覚ました。睡眠不足からくる鈍い頭痛と少しだけ戦ってから体を起こした。


  夕食のあとアリシアに魔獣との戦い方をレクチャーしてから眠りについた。農村ということもあり、街灯もない窓の外からは月明かりだけが細々と差し込んでいる。


  隣のベッドではアリシアが寝ていた。その寝顔を拝みたい気持ちも少しはあったが、今はそれよりも優先しなければならないことがある。


  今回の事件が人為的なものだとすれば犯人はこの村のどこかにいる。そして人目につかない真夜中の山ほど都合の良い場所はない。


  俺は軍の時から愛用していたカーゴパンツに履き替える。学園の制服や生活用の洋服とは違う、慣れ親しんだ重み。音を立てないよう慎重に宿の外に出て、辺りに誰をいないことを確認した。


  山間の村ということもあり、夜は静かで冷たい。そんな夜の冷たさを纏った空気が俺の頭に残った眠気を振り払った。

 


  襲われたという民家のさらに北に大きくそびえる山脈。その中腹に小さな灯りが見えた。魔獣か、そうでなくてもそれに関わる何かがあると確信して、その小さな光を目指した。


  わずかな月明かりを頼りに森の中を歩く。山道を外れ、傾斜の緩い場所を探しつつ、ゆっくりとその光の場所に近づいていく。幸い野生動物とも出会さず、大きな音を立てることもなかった。


  こうして夜の森を歩くことは軍では珍しくない。不法入国、紛争地帯でのキャンプ地、むしろ舗装された道を歩くことの方が少ないくらいだ。王都から出た経験の乏しいアリシアをここに連れてくるのは厳しいだろう。


  無心で森の中を歩き続けていると光が木の影から漏れるように見え始めた。その灯りはそれが洞窟の入り口に灯されたランプのものらしい。


  洞窟内の様子は遠目では分からないが、あの中に犯人か、魔獣か、あるいはその両方がいる。


  その確信を胸に一歩一歩、慎重に近づいていくと洞窟の中から男が現れた。村長から村一番の兵士だと紹介された、シドという男だ。彼は洞窟の前で辺りを見渡したあと、


「いるんだろ?そこに!」


 と大声で呼び掛けた。俺が自分のことを言われていると理解する前に彼は真っ直ぐにこちらを見た。


  距離があり、藪に隠れている状態でも目があったのがわかる。奴は俺の存在に気づいている。


  ここまであっさりと存在に気づかれることなどまずない。明らかにおかしい。


  不要な危険を冒さず、彼の言葉を無視して引き返すという選択肢もある。だが、ここで引き返せばシドがここで何をしていたのかを突き止めることはできない。


  俺は隠れることをやめ、いつでも相手の攻撃に対応できるよう神経を研ぎ澄まして歩いた。


  俺がシドの目の前に現れるとシドはニヤリと笑い、洞窟の前に座り込んだ。軽装で武器を持っている様子もない。


「あなたがここで何をしていたのか聞かせてもらおうか」


 できるだけ平坦に言う。すると彼は気分を害した様子もなくどこか嬉しそうに答えた。


「君を待っていたんだよ。レイ・アイヴィアス。君は僕の憧れだった」


「憧れ?」


「そうだよ。君の師が倒れたそのあと、7歳だった君は相手の武装集団を壊滅させたんだよ。たった1人で相手を1人残さず氷漬けにした。あの時の君は美しかった。何にも喩えがたいあの感動、あの瞬間から僕は君のファンなんだ」


  思い出したくない記憶がチクリと胸を刺す。それを押し殺し真っ直ぐにシドを見つめる。この動揺を悟られるわけには絶対にいかない。


  そんな俺の視線を無視してシドは続ける。シドの顔には出会った時の寡黙な男という印象からはかけ離れた恍惚の表情を浮かんでいた。


「いつか君とこうして対峙する時に僕も同じ次元に立っていたかったんだ。そのためには力が必要だった。そして、これが僕が手にした力だ」


 そこまで言うとシドは立ち上がり手を前に突き出した。

 

__来る!


  俺は氷の魔力を解放させた。俺の周囲の温度が下がっていく。大気中の水分を凍らせることでの防御を可能にするための魔力の解放。


  シドが手に力を入れるとそこには黒い魔獣の腕があった。鋭い爪のような指、金属のような怪しい光沢、明らかに人間のそれではない手がシドの腕に繋がっていた。


  俺は認識してから魔法で防御という目算があまりに甘いものだったということを知った。


  シドが上げた腕を振り下ろすとシドの足元が爪痕のように抉れた。あれを認識してから防ぐことなどできない。


「もう少しお喋りをしよう。人の魔獣化って聞いたことあるか?というかそもそも魔獣化って物自体初耳か」


 シドは自身の手を見ながら言う。俺の理解を置き去りにして、シドは続ける。


「魔獣がどうやって生まれるか、まずはそこだよな。魔獣は魔石を喰らうことによって生まれる。それが子の世界の通説だろ?だが違う。魔獣は強い想いによって生まれるもんなんだよ」


「お前のその腕が想いによって変貌したとでも?」


 シドはその腕をブラブラと振り回しながら否定する。


「いや、違う違う。説明が悪かったな。魔石を喰らうのと同じ、ステップの1つだって話だ」


「お前は魔石を?」


「喰っちゃいないさ。取り込みはしたがな。だが世界には大小様々な魔石がある。それを取り込んだだけで魔獣化はしない。魔獣化にはその中でも強い魔石と自我を失うほどの強い想いが必要なんだ」


「魔獣は想いと魔石の力が反応して変貌した動物だと?」


「そうだ。大抵の動物は生存本能、つまり生きたいという想いで魔獣化する。だから基本的に群れない。そこで僕は精神魔法でイノシシの精神に群れを守るという意思を植え付けた。どうなったかわかるか?」


「1週間前に村を襲ったブラックボアはお前の差し金か」


「群れを守るために村を襲った。僕の予期したことではないが。そして僕は力を求めるという想いをトリガーに俺は魔獣化に成功した。だが、驚くべきことに」


 そこまで言うとシドは自身の手から力を抜いた。すると魔獣化していた手は綺麗に人間の手に戻った。


「人には理性がある。つまり魔獣化のトリガーの一つである感情をコントロールすることができる」


 シドの腕はそう言う間にまた魔獣化している。そこまで聞いて俺は1つの決意を固めた。この情報は広まったらまずい。こいつだけはここで殺さなければならない。


  魔獣化したシドの両手足をランプの灯りが揺れながら怪しく照らしている。


「いくぞ」


  俺の目を再度見てシドはニヤリと笑って言った。

 


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