ep 10
「やっぱり外の世界に出て良かった」
実習二日目の夜、立ち寄った宿屋で食事をとっているときアリシアは言った。慣れないことを続けているせいか疲れているように見える。
目的地の村は王都から歩いて二日ほどとのことだったから早ければ明日の午前中には着くだろう。
アリシアはもうほとんど空のスープ皿にスプーンを置いて話し始めた。
「私、王都の外に行くのを反対されてた。ホワイト家の一人としてそんな勝手は許さないって」
「なんでそんなにこだわるんだ?」
「え?」
「アリシアくらいの実力があれば王都の外になんか一生出ずに暮らせる。家の反対まで押し切って外の街に出る必要はないんじゃないのか」
そう聞くとアリシアはいつになく自嘲的な笑みを浮かべた。
「外にいたレイくんはあんまり馴染みがないかもしれないけど、ホワイト家って四大貴族とか呼ばれるほど力があるの。私はどこへ行ってもホワイト家の娘。私をアリシアとして見てくれる人なんてどこにもいなかった」
彼女は「はぁ」とため息をついた。
「学園でもそうよ。ホワイト家をチラつかせれば、権力争いや貴族の意地の張り合いをどうにかするのは簡単だったわ。私はそんな立場に散々甘えてきた。けど私は1人の人間として、アリシアとして認められたかった。変よね、自分でもそう思うもの」
「アリシアは変わろうっていう決意を持って知らない世界に飛び込んできた。その勇気を自分で否定しちゃ勿体無い。まぁこれは受け売りだけどね」
アリシアは窓の外を見ていた。決して安全ではない、犯罪で溢れる外の世界。
「そうね、色々あったから少し気が滅入ってるのかもしれない」
そう言って言葉を詰まらせた。リューたちが目にしたような光景はそう珍しいものではない。ここは安全な王都とは違う。何があってもおかしくはない。アリシア達も何かしらがあったのかもしれない。
「誰かが傷ついたり、命を落としたり、そういうことが珍しくなくなるかもしれない。俺はそういう時にちゃんと心を痛められる人間で居たいと思ってる」
「珍しくなくなる……ね……。教えてよ、レイくんのこと。どういう風に過ごしてきたかとか。この年で軍に入っててなんてすごそうだけど」
「名前、呼び捨てでいいよ」
「え?あ、うん。じゃあレイ」
戸惑っている姿も絵になる。
もし、アリシアにとって俺の話をすることがなにかのプラスになるのなら話さない理由はない。俺を守ったシオンの気持ちが今なら少しだけわかる。
こんな風に誰かに期待する日が来るなんて。
「俺は軍に入る前シオンって人に救われんだ。スラムで拾われて魔法はその人に教わった。本当にすごい人だったよ」
「さっきの言葉もそのシオンさんの?」
面と向かって言われると恥ずかしいものがあるな。
「そうだよ。もう会えないけどな。恩返しさせる暇もなくさ」
「それじゃあ、この間のお墓って……?」
「そう、あれはシオンの。もう前のことだから気にしなくていい。それに賑やかなことが好きな人だったから、今頃きっと喜んでるよ。あの馬鹿弟子に友達ができたってさ」
「余計なお世話かもしれないけど、そのシオンさんは多分レイを責めるようなことは絶対思ってないよ。大事に思ってなかったら命を懸けてまで助けたりしないもの」
アリシアは少し考え込んだ後、申し訳なさそうに言った。
「そんな風に思ったことはないよ。あの人はそんなことで人を責めるような心の狭い人ではなかったから」
「ふうーん」
それを聞いたアリシアは悪い笑顔を浮かべた。
「強がるね、私にはお墓の前で泣いているように見えたけど……」
「……目にゴミが入ったんだろ」
そう冗談めかしてそう言うと
「レイってそんなに誤魔化すの下手だった?」
とアリシアは笑った。
俺たちは食事を終え、部屋に戻った。部屋を二つ取れるほど金持ちではないので、2人とも同じ部屋だ。
部屋は暗くアリシアの顔は見えなかった。