決意の戦い
「ねぇ、どうしてそんなに上手くならないの!?もう日が暮れそうじゃないの」
確かにレイルの言う通り、空は夕暮れを伝えるように赤く染まっていた。あれから、ずっとレイルに教えてもらっていたのだが、一向に成長する気配すら見せなかったのだ。
「いや、それは、もしかしたらレイルの教え―――」
言葉はレイルのビンタによって遮られた。
「あんた、それ以上言ったら今度はゲンコツだからね…分かってるわよね…?」
「は、はひ」
――なんだか最近のレイル、性格がルナ姉に似てきちゃったな…
そのことを言ったら、きっとレイルは怒ると思い、心の中にそっとしまった。
「今日はもうおしまい。せっかく私が教えてあげてるのにうまくなりそうにもないし。帰るよ」
「はーい」
二人は練習場を後にし、集落へと戻ってきたのだが、集落の様子がいつもと違っていた。いつもなら、一日の中で一番活気がある時間帯である筈なのに、誰の姿も見付けることができなかったのだ。
「誰もいないね。皆してどこか旅行にでも行ったのかな?」
「バカ!こんな大変な時にそんな訳ないでしょ!!」
空気の読めない発言はレイルの勘に触ってしまったようだ。
「じょ、冗談だよお。そんなに怒ることないでしょ…あっ、じゃあ―――」
「煩い!!もう黙ってて!!」
「ご、ごめんね」
イセトは俯いてしゅんとしてしまった。
「とにかく、誰か探さないと…ほら、行くよ」
「はーい」
二人は集落を回ったがやはり誰一人として姿を見ることはなかった。そして、最後に行き着いたのが、集落の奥にある一番大きな族長の家、つまりイセトの家だった。
「もしかしてさぁ、神隠し?」
呑気に放ったその一言にレイルは反応した。
「あんた、そんなに私のこと怒らせたいの…?」
豹変したように怖い顔になり、指をポキッパキッと鳴らし始めた。
「え、あ、いや、う、おえ、あぁ、ご、ご、ごめ―――」
謝罪を遮ろうとレイルの拳がイセトの頭に迫ったが、その行動も遮られる。
「ふざけるな!!」
怒鳴り声を家の中から響き、二人は驚いて同時に家に視線を向けた。
「な、なんだろうね?」
「とにかく、入りましょう」
「だね」
二人がイセトの家へと入っていくと、家の中には集落に住む浮遊族全員が集まっていた。中央のテーブルには浮遊族の顔となる面々が座っていて、その他の者達は周りを囲んでいる。
そして、先程の怒鳴り声はログダンのものだった。
「どうして、投降しようなんて言えるんだ!!この書類を読まなかったのか!?俺達に奴隷になれって言ってるんだぞ!!お前らはそれで平気なのか!!」
ログダンが激情に駆られるのをいつもなら止めに入る筈のルナは隣で座って黙っていた。というより、絶望に俯いているという感じだ。
ログダンの向かいに座っていた男が机を強く叩き、立ち上がった。
「そんなこと言ってねぇだろうが!!ただ、だったらどうするんだ!!?まさか、浮遊族の滅亡をそのまま受け入れようなんて言うんじゃないんだろうな!?」
男の隣にいた青年をそれに便乗した。
「そうだ!殺されるくらいなら奴隷の方がまだましだ!!生きていられるんだからな!!」
「何よそれ!?奴隷なんかになって一生過ごしてもいいの!?いえ、それ以前に貴方達には浮遊族としての誇りがないの!!生きていられればそれでいいなんて、それじゃあ死んでるのと変わんないよ!!」
ルナは涙まじりに言い放った。その言葉は一瞬、奴隷賛成派を怯ませてそれが沈黙を呼び込んだ。しかし、男達は意見を通そうと、再び怒鳴り始めた。
結局、言い合いが続くだけで解決策を練るどころか、話し合いにすらなっていなかった。
「何があったんだろうね?レイル」
「イセト、分かってないの?」
「全然」
「じゃあ、また変な事言い出すから分からないままでいていいよ」
「……………」
言い合いのさなか、テーブルの奥に座っていたガンドが静かに呟いた。
「戦おう。それしかない」
そのたった一言が言い合いを続けていた大人達を一瞬にして静まりかえらせた。
「じいさん。今なんて言った?」
「戦うしかない。そう言ったのじゃ。いいか、皆の者、よく聞いてくれ。儂はずっと考えておった。こんな時、族長ならどうするか。彼ならば、きっとそう答えをだすだろうと思った。儂は間違っておるか?」
その問い掛けに誰もが黙りこくった。彼らが知っている族長なら、確かにそう判断するだろうと納得したからだった。
「あの、ガンドさん。族長はどうしたんですか?まだ帰ってこないですし…」
ルナが不安そうに尋ねた。返答はルナにだけではなく、ここにいる全員に向けられた。
「皆にはまだ話していなかったが、族長はもう帰っては来ない。明日、処刑されることが決まったそうだ」
場の雰囲気に衝撃が走った。それは誰もが予想できない事実だったからだろう。
「族長にもこの選択が迫られたそうだ。その時、族長は答えを出さず、暴れたそうだ。それこそ、彼らしい選択ではないか?そして、我らも彼の選択に従うべきではないか?皆はどうだ?」
「えっ…?ちょっと待ってよ…ねぇ!!」
イセトは理解するのに時間がかかったのか、漸く父親が殺されるということを理解した。
「ちょっとイセト!」
レイルの制止も振り切り、テーブルの上を駆けていき、ガンドに詰め寄った。
「それってどういうこと?父さん、死んじゃうってこと…?殺されちゃうってこと…?ねぇ、ねぇ!」
ガンドは一言も発しなかった。いや、イセトに掛ける言葉が見付からなかったのだろう。
「ねぇ答えてよ!」
「イセト、落ち着いて」
「煩い!それより、答えてよ。処刑って何?なんで父さんは殺されなきゃいけないの?父さんは悪いことするような人じゃないのに!なんで…なんで…」
感情的になったイセトはテーブルの上で泣き崩れてしまった。泣きじゃくるその声以外は沈黙だった。そんな重い沈黙の中、ログダンが言葉を紡いだ。
「大丈夫だ。イセト、これからあいつらをやっつけたら、族長を助けに行こう。なっ?」
「本当…?」
「あぁ。俺が約束は破らない男だって知ってるだろ?」
清々しいほどに決意に満ちた表情で、ログダンはそう言い放った。
「約束だよ…」
「皆!戦おう!!そして勝って族長を助けよう!!」
「それしかないよね」
ルナもログダンの言葉に賛成した。
「あぁ、そうだよな」
「やるぞー!!」
「皆、この戦いは皆が強く意思を持ってもらわなければ勝てない戦だ。もう戦うしかないのだ。やるぞ!」
ガンドの言葉に皆が奮い立ち、叫びを持って答えた。
「おおぉぉぉーーーーーーーー!!!!」