ミトロ・ロル
イヅナとオヤビンはルオル城の城門まで辿り着いた。
イヅナは眼前に広がるその城にまるで田舎者のように挙動不審に周りを見ていた。
「イヅナ、キョロキョロするな」
「ごめんっス。オヤビン…あっ。ミトロ様」
「次間違えたらどうなるか分かるよな?」
「怖いこと言わないでくれっス」
「行くぞ」
二人は門番のもとまで歩み寄った。
「すみません。私はミトロ・ロルという者ですが、ここに反乱軍のリーダー、バイスさんはいらっしゃるでしょうか?」
ミトロと名乗ったオヤビンの突然の口調の変化だったが、イヅナもそれには慣れているのか、驚きは一切なかった。
「なんだ、てめぇらは。リーダーなら今はここにはいない。さっさと消えろ」
反乱軍が今緊張状態にあるからなのか、門番の表情も強張っている。
「本当ですか?では、今いる方の中で最も上の方に話を通してください。客人が来たと」
「いいか。てめえらみてえな素性のしれない奴を中に入れる訳にはいかねえんだ。かえらねぇんなら…」
門番は腰に携えていた剣に手を伸ばす。
「物騒なことを言われても私は帰るつもりはありません。私は反乱軍を助けてあげようと言っているのに」
「いい加減にしろ!!」
門番は剣を抜くと、居合切りの如き太刀筋でミトロの首元を狙った。
「やめろ!!」
後ろからの叫び声に門番の剣はミトロの首筋を捉える寸前で止まった。ミトロはその瞬間まで微動だにしなかった。
ミトロは剣先が止まることを予測していたのか、それともあの瞬間からでも回避する自信があったのか。どちらにしても、自分は殺されない自信があったのだろう。
叫んだ男が数人の男を引き連れてミトロのもとまできた。
「客人に対してのご無礼、私からお詫びさせていただきます。しかし、我々反乱軍が今警戒状態であることもご理解していただきたい」
「分かっています。ちなみに貴方は?」
「私はガルゼナ・ライドと申します。反乱軍では参謀として尽力させていただいております」
「そうでしたか。私の名はミトロ・ロル。バイスさんに折り入って話がございまして…」
ガルゼナはミトロの名前に僅かに反応した。そして、全身を見、右肩の刺繍でその目を止めた。
「……ミトロ・ロル?失礼ですが、あの…?」
「あぁ、知っていただいているのですか。光栄ですね」
「こちらこそ、貴方のような方にお会いできて光栄です。とりあえず、立ち話でもなんですから、中へどうぞ」
ガルゼナが二人を招きいれようとするが、ミトロの足は動かなかった。
「しかし、私はバイスさんに―――」
「バイスなら中にいますよ。さあ、行きましょう」
「ねぇ、どうするの?バイス、このままじゃ…」
「うるせぇハーネ!!んなことは分かってるんだよ!!くそっ…どうすれば……」
「ごめん…あーあ、こんな時にセオネイアの奇傑みたいな救世主でもいればきっとこんな戦争なんて簡単に勝てちゃうんだろうなあ」
「黙ってろ!」
「ごめんなさい…」
机に肘を突き、頭を抱える男、バイス・ザンザ。彼を年の割に幼い顔立ちや雰囲気を持つ女、ハーネ・マーズは心配そうに見詰めていた。
その二人の許に、ノックの音が届いた。
「失礼します」
ノックの返事を待たずして、ガルゼナが部屋に入ってきた。その後に、ミトロとイヅナが続く。
「どうした、ガルゼナ」
「バイス、酷い顔をしてますね?」
確かにバイスの顔色は優れてはいなかった。それは今まで休みなく続いた戦闘の疲労とこれからのことの心労が重なってのことだろう。
「寝てねぇんだ。これくらいは仕方ない」
「少しは休んだらどうです?貴方が倒れてしまってはもうこの反乱は終わってしまいます。貴方はもう少し、自分自身の立場を理解した方がいい」
「どいつもこいつもうるせぇんだよ!!そのくらい、俺だって分かってるよ!!!だけど、今は休んでられるような状況じゃないだろうが!!」
怒鳴り散らすバイスにハーネの心配そうな表情とは対照的にガルゼナは呆れ顔だった。
「で、そいつらは誰だ?」
「客人のミトロ・ロル様ですよ。そう言えば、そちらの方は?」
ガルゼナの視線がイヅナに向いた。
「彼は私の弟子で、イヅナと言います。イヅナ、御挨拶を」
「はい。オヤ―――」
その言葉の続きを紡ぐ前にミトはイヅナの口に笑顔で裏拳がかました。イヅナはその裏拳に口を押さえて悶えている。
「親?」
「あぁ、いえ。何でもありません。彼が私のことをよく親父と呼ぶものでしてね。いつも注意はしているのですが」
「あぁ、そうなんだ」
ハーネの相槌には少し戸惑いを見せた。
――それにしても、裏拳って…この人、見た目とは裏腹に怖いのかも……
「すみませんでした。ミトロ様。私はイヅナと申します。よろしくお願いします」
「それで、彼が貴方に話があるということでお通ししました」
「ガルゼナ、お前こそ分かってんのか?客人だかなんだか知らねぇが不用意に城の中に人を入れるんじゃねぇよ」
バイスの言葉にハーネが腰の両側に備えたナイフを取り、構えた。
「そうだよ。もしそいつらがバイスの命を狙う輩だったらどうするのさ?」
「ハーネ。そう警戒しないでください。二人ともミトロ・ロルという名をご存知ではないんですか?でしたら、彼の右肩の刺繍を見てください」
二人の視線がミトロの右肩に集まる。
「あれって…」
「ビーグ王国の紋章か?」
「えぇ。私から少し話しておいた方がいいみたいですね。彼はビーグ王国の独立戦争の際の一番の立役者と言われ、その独立後のたった十年でビーグ王国を世界でも一、二を争う程の巨大国に押し上げた天才策略家、とでも言っておきましょうか」
――ま、実際は違うんだけどな。
「なっ…その話、本当か?」
ガルゼナを見続けていたバイスの力強い瞳がミトロに向く。
「いえいえ。天才だなんて、私には勿体ないお言葉ですよ。ですが、ビーグ王国の独立と繁栄にお力添えしたことは確かです。あそこまで大きくなれたのは私だけの力ではありませんが」
「そんなすごい人なんだ。でも、そんな人が私達に一体何の用なの?」
「単刀直入に申し上げましょう。私は貴方がたを助けに来ました」
「どういうことだ?」
「貴方がたの戦いを色々と調べさせてもらいました。兵の士気が高く、実力者も揃っているいい軍だと思います。しかし、私から見たら戦い方が粗すぎる。今までは真っ向勝負でもなんとか勝ってきたが、それでは失う兵も多いでしょうし、そのつけが今になって回ってきてはいませんか?兵士達は疲弊し、軍の規模自体も既に僅か。勝つか負けるかよりも、これで本当に最後まで戦い切ることができるか私は疑問ですね」
「私達の戦い方が間違ってたって言いたいの!?」
ハーネがミトロに詰め寄ろうとするが、ガルゼナはその前に止めた。
「落ち着きなさい、ハーネ。話はまだ終わってません」
「何が言いてぇんだ?」
バイスは僅かな苛立ちに拳を握り締めた。
「私はね、戦争というものは騙し合いだと思っています。いかに相手の先を行き、いかにこちらの手を読ませないか。それが勝利のカギだけでなく、兵士達の未来も握っていると」
バイスは少しの沈黙の後、静かに語り始めた。
「俺達はこの戦争の為に犠牲は幾らでも払ってきた。仲間だって、大切な人だって、皆死んでいった。でもな、この戦争を起こしたことも今の戦い方が愚かだったとも思わない。そう思うことは、死んでいった仲間に対して失礼なことだと思ってるからだ。戦況的にも、次の戦いが最後なんだ。もう後には引けないし、引こうとも思わない。だから、俺の想いに集ってくれたもの達の為にも、最後まで戦って、戦って、戦い抜いて必ず勝ってやる」
ミトロはゆっくりと頭を下げた。
「すみません。侮辱したと取られたのなら謝罪します。しかし、私は貴方がたに勝ってもらいたい。この国の未来の為にも」
ミトロはそれから一呼吸置き、言い放った。
「その為にも、約束しましょう。最後の戦いは誰一人も死なせずに勝利することを」