盗み聞き
「バッカみたい。十二歳にもなってまだ我浮の練習してるなんて。我浮なんて浮術の初歩も初歩じゃない。私なんてもうとっくに連浮の練習してるもんね」
突然の罵倒に振り向くと、その視線の先には仁王立ちしているイセトの幼馴染、レイルがいた。
「うるさい!てか、聞いてたの、レイル。盗み聞きなんていい趣味してないね」
「聞いてたんじゃなくて聞こえてきたのよ。そんな趣味はないわよ。イセトって相変わらずログダンとは仲悪いのね。そんなことより、その子大丈夫なの?」
レイルの視線がイセトから手元の隼に落ちた。
「……あぁ!」
握っていたにもかかわらず、その存在まで忘れられていた隼のぐったりした姿にイセトは驚き、手放した。
「大丈夫?死んじゃ駄目だよ。死んだら僕が生け捕りにしたって皆に自慢できなくなるじゃん!」
「気にするとこはそこじゃないでしょ?」
イセトが打つ手なく動揺しているのを余所に、駆け寄ったレイルは隼の状態を見始めた。
「大丈夫かな?」
恐る恐る尋ねるイセトにレイルは自信ありげに言葉を返した。
「とりあえずは大丈夫じゃないかな。首の骨が折れてる訳じゃないし、気絶してるだけみたいだから」
「ふぅ。流石は医者の娘だね。尊敬しちゃうなぁ」
「適当ね。それよりさ、何かあったみたいだよね。うちのお父さんも集落の大人達が揃いも揃ってイセトの家に集まってるじゃない?」
「そーみたいだけど、子供には関係のないことだってルナ姉が言ってたよ」
「でもさ、気にならない?」
不敵に笑うレイルの表情は興味一色に彩られていた。
「そりゃ気にはなるけど…」
「じゃあさ、ちょっと何話してるか聞きに行かない?」
「それは駄目だよ。ルナ姉に怒られちゃう。てか、やっぱり盗み聞きが趣味なんじゃん」
「何か言った?」
冷たい視線が突き刺さる。
「い、いえ。なんでも」
「まぁいいじゃない。ちょっとくらいなら怒られないわよ。ほら、二階のイセトの部屋に行くわよ」
そう言うと、レイルの体が徐々に浮き上がり、ある程度浮き上がったら一気に二階の窓まで飛んでいった。
「あっ、待ってよ。レイル」
イセトも同様のことを繰り返しレイルの後を追った。部屋に着くと、レイルは忍び足でイセトの部屋を出ようとしていた。
「ほら、何やってるの、早く行くわよ」
「う、うん」
イセトは仕方なくレイルについていくことにした。先を行くレイルが部屋を出て階段を慎重に降りていくと僅かにしか聞こえていなかった話し声が鮮明になっていった。
そして階段のちょうど真ん中辺りではっきりと会話が聞こえるようになり、そこでレイルの足が止まった。
「しかし、どうするんだ?こんな嫌疑をきせられてはどうしようもないではないか?」
「ガンドじいちゃんだ」
「確かに僕らの先祖がスナス人だって言われても僕らには否定する方法はないですよね」
「だいたい、スナス人だからって何故私達の一族が罰を受けねばならんのだ!?それが納得いかんな」
「そもそも、スナス人って何?」
とぼけた声はログダンの声だと二人はすぐに分かった。ログダンは集落でも頭が悪いことは周知の事実だったからもあるだろう。
「いい?ログダン。スナス人って言うのはね、レブ帝国を築いた昔の戦闘民族なの。彼らはね力で全てを捩じ伏せてきたから、このシュラト共和国でも法律によって迫害することが決まっているのよ。確かもう何百年か前に種族自体は滅亡している筈なんだけどね」
「ルナ姉、流石だなぁ」
「しっ。イセト、声が大きい」
二人は気付かれない為に小声で会話していた。
「話を戻すが、一体どこから我々がスナス人であるという話が浮かび上がったのだろう?」
「そういえば、セオネイアの奇傑もスナス人かも知れないって聞いたことあるぜ」
「話を戻すと言っただろう!」
「ごめん…」
「我々にスナス人ではないということの証明ができるか、或いは他の方法で何か罰を免れる案があるものはいないか?」
「…………………」
沈黙だった。誰もこの状況を打破できる程の案を持っていないということだ。
「とりあえずはさ、族長が返ってくるのを待つしかないんじゃない?族長ならなんとかしてくれるかもしれないしさ」
「そうだな。我々には今はまだ待つことしかできないだろう。しかし、皆よ。何かいい案が思い付けばすぐに私に教えてくれ」
「はい!」
「では、今日は解散とする。御苦労だった」
話し声は消え、物音が増えたのは大人達が家を後にしていること示していた。物音が落ち着いてくると、イセトとレイルはゆっくりと階段を下りていった。
しかし、もう誰もいないと思っていた二人の前に立ちはだかった人がいた。
「二人とも、何をやってるのかな?」
二人が見上げると、そこには怖いくらいの笑顔でいるルナの姿があった。
「あっ、ルナ姉…」
「ルナお姉ちゃん…」
「悪い子達にはお仕置きをしないといけないよね」
ルナの笑顔の不気味さに二人はそこで気付いた。
「いや、でもね…」
「違うんだよ、ルナお姉ちゃん。イセトが勝手に行くから私は仕方なく…」
二人の苦しい言い訳をルナは一喝した。
「コラーーーーー!!」