浮遊族の日常
「おとーさん!見て見て!!」
目を輝かせながら家に飛び込んだ少年、イセトの手には、まだ生きたままの隼が握られていた。隼は生きてはいるものの、手加減知らずに首を握られている為、ぐったりとしていた。
嬉しそうな声に答えたのは重苦しい空気の中で険しい表情をした大人達の冷たい視線だった。
「なんじゃ。族長のせがれか」
「全く、子供とはいいものだな。こんな状況でも、こうして笑ってられて」
「なんだよ。何も教えてくれないのはそっちだろ!?」
大人達の言葉にムッっとしたイセトは反抗的な態度で言い返した。その感情の被害を受けたのは他ならぬ隼だった。
この空気のせいか、いつもは聞き流す筈なのだが、大人達の中でも特に若い男、ログダンが立ち上がってイセトに歩み寄った。
臨戦態勢をとったイセトと今にも殴りだしそうなログダンの間に柔らかな声が注がれた。
「あらあら、いけませんよ?大人が子供をいじめたりしちゃ」
そこに現われたのはスラリとした体型に天使のような笑顔を持った女性、ルナだった。集落一番の美人として評判であり、この集落にいるその殆どの男性がルナに対しては強い態度をすることはなく、特にログダンはルナに弱かった。
しかし、強い態度に出ないのにはもう一つ理由があった。
「ル、ルナさん…だってね、こいつが……」
「ログダン、大人が子供相手に言い訳しちゃ駄目よ。子供達はこの集落の、いえ、私達浮遊族の大事な財産じゃないですか」
笑顔のまま諭すように紡がれた言葉に大人達はタジタジになってしまった。
「そーだ、そーだ!!子供をいじめるなんて最低だよね、ルナ姉。ログダンにはもっと言った方がいいよ!こいつ、僕のこと殴ろうとしたんだ。もう最低最悪、鬼、悪魔、ロクでなしの人でなし!ベーだ!!」
イセトもそれに乗じ、ルナの後ろに隠れてあることないこと言いたい放題だ。
「黙って聞いてりゃ、このガキは…」
「こーら!二人ともよしなさい。イセト君もそんなにログダンのことを煽らないの。ログダンも席に戻って」
「でもよ…」
「ログダン!」
「はい…」
ログダンはルナに言われるままに席へと戻った。
「そーだ。ルナ姉、おとーさんは?今日さ、隼捕まえちゃったんだよね。だから、おとーさんに褒めてもらおうと思ってさ。僕も我浮は結構上手くなったんだよ」
嬉しそうに話すイセトにルナは微笑ましく笑い、同じ目線までしゃがんだ。
「そうなの。相変わらず凄いね、イセト君は。でもね、お父さんは今日は出掛けてていないの。帰ってくるのも夜になるって言ってたし…」
「そうなんだ。つまんないの。もしかして、今こうしてるのと関係あるの?」
「子供には関係のないことよ。ほら、外で遊んでらっしゃい」
「はーい…」
少し落ち込み気味にイセトは家を後にした。