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悪辣の呪男

 三日後。

 何もかもを燃やし、集落は完全に消えていた。その残骸の中心で佇む骸骨、いや、イセトは泣き続けていた。

「うっ…うっ……あああああ……あぁぁああ……」

 もう、ずっとこの調子で泣き続けていた。幾ら悲しみに暮れても何も取り戻せないと知っていても。しかし、泣いているとは言っても、骨と皮だけの体から涙が溢れ出ることはなかった。

 ただ、死を待つイセトはその恐怖よりも、浮遊族という家族を失った辛さの方が、何倍も強かった。

「なんで……なんでだよお………」

 やはり、イセトの悲しみが止まることはなさそうだ。

「まったくもってうっとうしいな。これだから…」

「へっ?」

 突然の言葉にイセトは顔を上げた。しかし、その視界が捉えたのは人ではなく、隼だった。

 イセトは何かの勘違いだろうと思い、辺りを見回した。しかし、人の姿はどこにもない。そして、視線が辿り着いたのはやはり隼だった。

「私を忘れたというわけではあるまい。なぁ?あれほど、首を絞めたのだから。のぉ?」

「えっ…どういう」

「私は普段、感情的にはなりにくい。いや、そもそも私には言語はあっても感情というものがあるのは疑わしいものだがな」

 はっはっは、と隼は最後に笑った。

「しゃ、喋った…?」

「私はある方から言語を授かったのでな。まぁ、気にするでない」

「ある方?」

「その方なら、君の後ろにいるのだが」

「えっ?」

 イセトはゆっくりと振り返る。そこに立っていたのは、黒で統一された服を身に纏い、漆黒に包まれた細身の男だった。短髪の黒髪に整った顔立ち、それは女性を魅了するには十分な容姿だった。

 男は不機嫌そうな顔で隼を睨んでいた。

「おい、アホ。こいつがホントに資格者なのか?せっかく言葉を与えてやったのに、使えねえなら、お前を使い魔で使ってる意味がないんだぜ?分かってるんだろうな。必要ないならどうなるか」

 どうやら、不機嫌の原因はイセトにあるらしい。

「いや、大丈夫だろう。彼はもっともいい資格者なのだから。もし私が間違えているのなら、君がくれたこの目が悪いのではないか、ということになるが?」

「責任転嫁かよ。きっちり仕事しねぇならいらないんだからな」

「はっはっはっは」

 隼は笑うだけで、反論はしなかった。

「まぁ、居心地のいい宿なら文句はないんだけどな」

 男はさて、と言い、話を始めた。

「まず、一つ聞く。イセト」

「なんで僕の名前を?」

「そんなことはどうでもいい。俺と契約を結ばないか?」

 突拍子のない話にイセトは付いていけてなかった。

「話が飛んではいないか?」

「今から説明しようと思ってたところなんだよ。俺は、悪辣の呪男って言ってな。十呪の一つなんだけどよ、十呪っていうのは―――」

 隼は呆れながら男の言葉を遮った。

「もういい。私が説明しよう。私はその為の言語だと思っている」

「こういうのは苦手なんだよ」

「十呪とは、その名の通り、十個の呪いのことだ。しかし、ただの呪いではなく、代償と共に力を授ける呪いだ。そして、彼はそのうちの一つ、悪辣の呪男。通称は宿狩り。彼は人に住み着くことからそう呼ばれる。つまり、契約とはこの男を体に住ませる代わりに力を手に入れられるということだ」

「言ってることが俺と大して変んねえじゃねえか。まぁ、要は力が欲しいかどうかってことだ」

 ――力…?

「契約書があるから、それを読んでから決断してもらって構わない」

「ほら、これが契約書だ」

 男が一枚の紙を手渡そうとするが、イセトはそれに反応しなかった。

 ――力があれば…僕に力があれば、皆を助けられた?ガンドじいちゃんも、ルナ姉も、ログダンも、父さんも、みんな、死なずにすんだ?

「あっ、ちなみにお前はもうすぐ死ぬけど、契約すれば、もれなく肉体も付いてくるぜ」

 ――レイルも、一人にしなくてもいい?僕が力を手にすれば……

「おーい。って全然聞いちゃいねえな」

「そのようだな」

「あの…」

「なんだ?」

「僕でいいんですか?だって、僕はもう…」

 イセトはずいぶん前から話を聞いていなかったらしい。

「だから、死なないって。俺と契約すればだけど」

「じゃ、じゃあ!」

「待て待て。まずはこれを読めって」

 イセトのはやる気持ちを抑えるように一枚の紙を突き出した。

「これは?」

「契約書。とりあえず読んで、よかったらサインな。あっ、ペンも渡しておくな」

 イセトはその紙とペンを受け取り、契約書を読み始めた。


 悪辣の呪男、賃貸契約書。

 一、契約者は呪男に肉体を宿として貸すことを完全義務とする。

 二、契約者は呪男の力を借りることができるが、それは解放か合身の二つに制限する。

 三、初契約時の契約期間は一年に限定する。

 四、呪男の解放は契約者の利き手を差し出すこと、封身は利き手とは逆の手を差し出すこととする。これを守らなかった場合、契約者には当契約書の規定により、罰せられることとする。

 五、呪男の解放及び封身に関しての権限は契約者には与えられず、全て呪男の権限によるものとする。

 六、呪男との合身及び解放の際に与えられる全ての感覚を契約者が代わりに負担しなければならない。これによって契約者が死亡、或いは廃人及び精神崩壊に陥ってしまった場合を契約者は予め了承し、同意したものとする。

 七、代償については呪男の独断及び偏見に準じて決定されることとする。また、契約解除後でも代償の請求を可能とし、契約者はそれを拒否する権利を持たないこととする。

 八、この契約は呪男によってしか解除または更新ができない。また、契約者が前記を一つでも守れなかった場合、契約者の意思に関係なく、通告することなく契約の解除を可能とする。


 その契約は男に有利すぎるものであることは明らかだった。イセトには理解できない部分もあった。

「さて、どうする?」

「僕は力が…欲しい」

「じゃあ、サインを」

 イセトは契約書に自分の名前を書きなぐった。

「おし。じゃあ契約成立な。とりあえずは一年契約ってことで。それでイセト、お前の利き手はどっちだ?」

「右…だけど」

「じゃあ左手を出してくれ」

 言われるがまま、イセトは左手を差し出した。男はその手に握手した。すると、男の体が分解されるように消えていき、イセトの右手に吸い込まれていった。

 そして、男の体は完全に消えてしまった。

「えっ?」

「これが封身だ。理解できたか?」

 目の前で起きたことと隼の言葉を必死で理解しようとしていると、頭の中で言葉が響いた。

『どうだ?特に違和感はないか?』

「ええっ?」

 それは確かに今目の前にいた男の声だった。

『しっかし、居心地いいねえ。今までで一番かもな。これからは封身してる時はこうやって話しかけるから、一々驚くんじゃねえぞ』

「えええっ??」

 イセトの頭の中は確実に混乱していた。

『とりあえず、お前のその体を治してやるよ。契約祝いだ』

 そう頭の中で言われると、イセトの痩せ過ぎた、骸骨のような体が一瞬で人に戻った。

「ど、どうやって―――」

 質問する間も与えられなかった。

「じゃあ、次は解放だ。イセトよ、左手を差し出してみろ」

「えっ、あっ、うん」

 イセトは左手を差し出す。すると、封身の時を逆回転させたように男の肉体が構築されていった。

 そして、完全に姿を現した時、男とイセトは握手で対峙していた。

「どうだ?まぁとりあえずはこれくらい覚えておけば大丈夫だろ」

「そ、そうなの?」

 イセトはもう何がどうなってるのか、考えるのも嫌になってきた。

「後は…そうだな。俺の名前か。悪辣の呪男じゃ呼ぶのが面倒だろ?別になんて呼んでもいいけど、今までの奴は全員ヤドカって呼んでたぜ。宿狩りだからな」

「じゃあそう呼ぶよ。よろしくね、ヤドカ」

「あぁ。頼むぜ、相棒」



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