魂の浮遊
鮮やかな斬撃が騎士の剣を捉え、弾き飛ばした。そして、更にもう一度放たれた斬撃は、やはり鮮やかで、騎士の喉を、いや、首を丸ごと切り落とした。
「せ、先輩!!」
「か、カナブン!」
「何をやっている?貴様ら」
威圧的であり、しかし、落ち着いた声は二人を恐怖に陥れた。いや、片方の騎士が恐怖を感じたのはもしかしたら存在しないカナブンなのかもしれない。
「け、血雨のゼーヴン…あ、いや、ゼーヴン団長!」
そう、先程の鮮やかな斬撃は烈皇騎士団団長であり、シュラト共和国戦争担当大臣でもあるゼーヴン・ラックだった。
肩まであるしなやかな金髪に長身、そしての身を覆う銀と赤で彩られた豪華な甲冑。背には烈皇騎士団の証が刺繍された外套がなびいていた。
「いや、あのこれはオーダイ様の命令でして…」
「そうなんです。カナブン様の命令なんです」
「お前は黙ってろ!」
「それで、こんなところで何をしている?だいたい、浮遊族の集落が燃えていることも含めて説明してもらおうか」
ゼーヴンの鋭い眼光に騎士達は逆らえなかった。いや、ゼーヴンという男を知っていれば、逆らうつもりになどなれないだろう。
まだ正常な騎士の方が、事情を事細かに説明した。恐れからか、聞かれてないことまで話していたが、それは全くの無駄な話だった。
「そうか。お前達はもういい。処分に関してはあとで通達する。いいな?」
「は、はい!!し、失礼します!お、おい。行くぞ」
「ラジャー」
二人の騎士は一刻も早くここから離れたいのか、足早に立ち去っていった。
「大丈夫か?」
ゼーヴンがイセトに手を差し伸べたが、イセトはそれを無視し、いち早くレイルに駆け寄った。
「レイル!レイル!レイル!ねぇ、レイル!!目を開けてよ!!レイル!レイル!!レイル!!!レイ―――」
ゼーヴンが後ろから肩に手を乗せ、イセトの悲しき叫びを遮った。
「手遅れだ。もう死んでいる。諦めろ」
「レイ……ルぅ」
涙が零れた。
「なんで、なんでレイルが死ななきゃいけないんだよ…」
手の中で静かに眠るレイルは大粒の涙の雨に濡れ続けた。
「すまなかった。俺がもう少し早く駆け付けていれば…」
「うっうっ……うぅ…」
泣き続けていたイセトだが、その涙が不意に止まった。イセトは両目を拭き、突然散乱する書物を漁り始めた。
「違う…これも違う!」
「どうした?」
「ある筈なんだ…あれさえあれば」
何かを探すイセトの意図がゼーヴンには分からず、ただ傍観することしかできなかった。
「あ、あった!」
イセトの手には『魂説明書』と名のついた分厚い本が握られていた。
「魂説明書…?一体、何をする気―――」
「黙ってて!!」
それを読み漁るイセトには気迫が感じられた。
「よし!」
魂説明書を読み終わると、それを投げ捨て、イセトはレイルのもとに歩み寄った。
「これより、魂の浮遊を始める」
呟くと、イセトは凄まじい程の集中力を纏った。
「大気よ…我に力を」
イセトの言葉に呼応するように大気が震え、風がイセトに巻き付いた。
「何を―――」
そしてその巻き付いた風はイセトが差し出した両手に集まり、光を持った。圧倒されるようなその大気の源にイセトの全てが吸われていった。
イセトの体は徐々に細くなり、最終的には骨と皮だけの、骸骨のような姿に変わってしまった。
光る大気の源を中心に辺りには強風が吹き荒れる。ゼーヴンは飛ばされないことで精一杯だった。
「魂を浮遊せよ」
イセトはその大気の源をレイルに注いだ。大気の源がレイルの体に吸い込まれると、一瞬でレイルの傷が塞がれて、強風が収まった。
「何をした!?説明してくれないか」
「浮遊族最大の禁忌、魂の浮遊です。死にゆく人の魂は浮遊していき、いずれは消えてしまう。それを繋ぎ止め、戻すのが魂の浮遊なんです。前に一度だけ父さんから聞いたことがあったから」
「まさか…人を生き返らせたというのか!」
信じがたい事実にゼーヴンは声を荒げた。
「はい。でも、条件や代償があるんです。死後一時間以内に行うこと、そして、使用者の肉体を破滅させるということ。僕は多分、あと何日かの命になりました。魂の浮遊で肉体を破滅させた人間は一週間も生きていたことはないそうですから」
そう書いてありました、とイセトは力無い笑顔で付け足した。
「なんてバカなことを…!!自分が何をしたか分かっているのか!!!」
「いいんです。これで、いいんです。レイルが死んでしまったら、もう僕には家族がいなくなってしまう。だから、これで良かったんです」
「君はそれでいいかもしれない。しかし、彼女はどうするんだ!?」
「ゼーヴンさん。僕の最後の願いを聞いてくれませんか?レイルを、ゼーヴンさんに任せたいと思っています。きっと、浮遊族だということが分かれば、レイルはこの国で生きていけなくなる。一生、追われる身になってしまいます。でも、ゼーヴンさんなら、レイルを匿ってあげられる筈。僕らにはもう頼れる人が誰もいないんです。わがままなことを言ってごめんなさい」
「都合がいいな」
「でも、レイルの為に、お願いします」
「ふん。お前の父親とは知り合いだ。いいだろう」
「ありがとうございます。あと、もう一つだけ。レイルが起きたら伝えてくれませんか?全てを忘れて幸せになって、と。きっと、レイルの為にもその方がいいんです」
「あぁ、わかった」
「それじゃあ、僕はもう行きます」
イセトはおぼつかない足取りで踵を返した。
「おい、どこへ行くつもりだ?」
「死ぬのくらいは、皆と一緒の場所がいいだけです」
ゆっくりと、一歩ずつイセトは火の海に向かって歩いていった。