五十点
森の闇を切り裂くように駆けていく馬の影がそこにはあった。
「レイバントの森は何回か通ったことあるけど、夜はなんか不気味だね…ね?バイス」
ハーネは少し怯えた表情でバイスに賛同を求めた。
「あぁ。ハーネ、気は抜くなよ」
「二人とも、いちゃつくのは全てが終わってからにしてください」
ガルゼナの呆れ顔に二人は声を揃えた。
「いちゃついてねぇ!」 「いちゃついてない!」
照れ気味のバイスと嬉しそうなハーネ。二人が揃っていたのは声だけで表情はまるで対照的だった。
「そういうのをいちゃつくというのですよ?」
口元をニヤリとさせ、皮肉を言い放った。
「勝手に言ってろ」
「そーそー。ねー?バイス?」
「お前がそういうこと言うからいちゃついてるとか言われるんだぞ」
「えぇ?私のせい?バイス…酷い…」
「えっあっ、悪い…」
「じゃあ許す」
「意味分かんねぇな、お前は」
「いい加減にしませんか?もうそろそろですから、緊張感を持ちましょう」
痺れを切らしたミトロが口を挟んだ。
「あぁ、そうだな。悪かった」
「ごめんなさい」
「だから言ったんですが…」
「ガルゼナ、貴方もですよ」
ミトロはガルゼナにもその言葉の矛先を向けていたのだ。
「すみません…」
「やーい、ガルゼナも怒られてやんの」
「元はと言えば、ガルゼナが言いだしたんだしな」
――こいつら、いつもこんな感じで戦場に向かってたのか?
三人の呑気さに驚きと疑いと、そして不安を抱いた。先頭を駆けていたミトロは不意にその馬の足を止めた。
それに従うように慌てて後続のバイス達や精鋭の兵士達が行動を習った。
「どうした?」
「もうそろそろです。今度こそ、本気で緊張感を持っていただけますね?」
「もっちろん!」
「ハーネ、黙ってください」
「ごめん…」
「皆さん。お静かに」
ミトロの言葉に部隊が息を殺すと、視界の奥から金属のぶつかり合う音が微かに聞こえてきた。
「本当だ…」
――この人、案外すごい人なのかも…私なんて全然気付かなかった…
――流石はミトロ・ロル。これほどまでに遠くの気配を嗅ぎつけることができるとは見事ですね。
――バカな…常に気は張ってたつもりだったが、気配なんて微かにも感じられなかった。こいつ、化け物か…?
三者三様の反応だったが、どれもがミトロの凄さを物語っていた。
その部隊は騎馬隊が先行していて、更にその騎馬隊の先頭にはスキンヘッドの男、ギレが悠然と向かってきていた。
「で、どうするんだ?ミトロ」
「とりあえずはここで待ちましょうか」
その発言は先ほどのミトロの言葉とは思えないほど呑気なものだった。しかし、脈絡も何もない三人の会話とは違い、ミトロにはしっかりとした勝算の上での発言なのだろう。
部隊がゆっくりと揺らめく明かりと共にこちらに向かってくる。ミトロの勝算を知っていても、バイスを始め少数精鋭の部隊二十人は焦燥や不安を誤魔化すことなどは出来ず、全員に緊張が走る。
「ね、ねぇ…ホントに大丈夫なのかな?ミトロはあんなに自信あったけど」
ハーネが緊張の空気に耐え切れず、小声でバイスに尋ねた。
「そんなことわかんねぇよ。ただ、俺達にはもうこいつに賭けるしか選択肢がないってことは確かだな」
「その通りですね」
ガルゼナが二人の会話に割って入った。
「ただ、重要なのは彼が私達にとって天国へと導いてくれる天使なのか、地獄へと突き落とす悪魔なのか、ということです」
「そうだね。ここまで来たら覚悟決めなきゃ…」
決心の表情を浮かべ、力強く拳を握り締めた。そして、部隊がミトロ達の目の前まで辿り着いた。
部隊はミトロ達を発見しても襲撃してくることはなかった。それどころか、突然現れた筈の敵の大将を見ても、部隊は取り乱すことなく落ち着き、統制がとられていた。
先頭にいたギレはミトロ達のもとで止まり、静かに言葉を紡いだ。
「久しいな」
その一言はバイス達全員を驚かせるには十分だった。それと同時にミトロに対する不信感を確信させる決定的な一言にもなった。
「なっ…てめぇ!どういうことだ!!」
バイスはミトロの裏切り、いや、スパイであったと思い、声を荒げた。
「残念です。ミトロ様。貴方がこんなにも姑息な方だったとは…」
「くそっ!!だから俺はこいつを信用してなかったんだ!!最初から怪しいとは思ってたが、まさかだな!!」
ミトロは無言だった。
「どういうこと?ねぇ、バイス!ガルゼナ!!」
いまいち状況を飲み込めていないハーネだったが、それでも今置かれている状況が危険なことだと察してはいた。
「こいつはな、最初から正規軍の人間だったんだ。そして、俺達をおとしめる為に軍に入り込んだんだ!もっと慎重にしてれば…くそおぉ!」
「えっ…?ね、嘘でしょ?ミトロ、嘘だって言ってよ!!私、まだ短いけど貴方のこと仲間だと思ってたのに…ねぇ!ミトロ!!なんとか言ってよ!!」
ミトロがその重い口を開いた。
「五十点、というところですかね」