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スズセル VS 浮遊族

 火矢が放たれた浮遊族の集落は完全に、もう手遅れなほど豪快に燃えていた。

 そんな火の海になった集落を二人の男が歩いていた。

 一人はこの火災の原因であるオーダイだった。もう一人は太い刀を持ち、着物を着ているオーダイより若い男、スズセルだった。

 スズセルが手にしている愛刀、獄望刀とスズセル自身の瞳は不気味に、そして妖しく光っていた。

「おー、派手に燃えてるなぁ。お前もそう思わねえか!」

「…………………」

 スズセルは無言のままで、その燃え盛る集落を目にしても無表情を崩さなかった。

「ったく、無愛想だと女にモテねぇぞ?」

「……………………」

 やはり反応はない。

「つまんねぇな。せっかく派手な演出をしてやったのによ。まぁそれは俺が楽しむためだけどな!カッカッカッカッカ!!」

 オーダイはまるで戦う気がないのか、高笑いの後に手に持っていた酒瓶の酒を飲み干し、それを投げ捨てた。

「ぷはあ!!うめえぜ!最高の肴があると、やっぱ酒はうめえなぁ!!」

 騒がしいオーダイと無言のスズセル。二人は対照的ながらも歩だけは同じ方向を向いていた。

 そして、二人が行き着いたのは族長の家、いや、族長の家だった燃え盛る何か。その家の前には浮遊族が集まって臨戦態勢に入っていた。

 各々が武器を手にしていて、ログダンは巨斧を、ルナは投げナイフを持っていた。集団の中で子供と呼べるのはイセトとレイルの二人だけだった。

「おお!メインディッシュじゃんか!!もう食前酒は呑み過ぎたからなーああーああーっと!!」

 オーダイは語尾を歌のようなリズムで伸ばした。オーダイは本格的に酔っ払ってきたのか、言葉や態度が完全に壊れかけていた。

そこにいるのはもう天葬騎士団の副団長ではなく、酒に呑まれたただの青年だった。

浮遊族の集団の先頭に立っていたガンドが覚悟の表情で重く呟いた。

「来たか」

「おい。どういうことだ?たったの二人じゃねぇか!しかも一人は酔っ払ってるみたいだしよ」

「ログダン。油断は禁物よ。もう一人のあの男、なんだか嫌な感じがする」

 ルナは冷静にスズセルのことを分析していた。

「そうじゃ。あの男、何かに飲まれておる」

「呑まれてるってそれ、お酒じゃない?」

 ガンドの後ろにいたイセトは誰にでもなく問い掛けた。

「イセト、そっちじゃないわよ」

 普段のレイルなら間違いなく怒鳴ってるだろうが、この時ばかりは怒鳴らなかった。しかし、それはこの状況だからではなく、イセトが無理に振る舞っていることに気付いたからだろう。

「お?おお?おおおおおオオオ!?みなさんおそるいでぇ。てか、前から思ったたんだけ俺ってイケメンでね?しかも天葬騎士団で副団長とかやっちってるし、もう女とか代わる代わるでバンバンよ!」

 意味不明な話を始めたオーダイの手には既に新たな酒瓶が握られていた。一体どこから出したのだろうか。

 そんなオーダイを余所にスズセルが一歩踏み出た。

「いーね!スズセルっち、カッコいいよ!こんな奴らは一捻りでやっちゃってぇ!」

「御意」

 スズセルは刀に手を掛け、構えた。そして、鋭い眼光のまま、言い放つ。

「来い」

「てめえなんか俺がぶっ潰してやる!!みんな行くぞ!!」

「おおーー!!」

 ログダンが勢い良く飛び出し、その勢いが他の大人達に感染した。

「ダメ!待って!」

「待つのじゃ!」

 ルナとガンドが滝のように流れ出す人の波をなんとか止めようと叫んだ。しかし、それで止まった者は誰もいなく、イセトとレイル、それにルナとガンドだけが取り残された。

「うおおおおぉぉぉぉ!!!」

 先頭で出ていったログダンは巨斧を振り下ろした。スズセルは寸前で残像だけを残し、回避する。

「なっ…!どこ行きやがった!」

 スズセルを捉えたと思ったログダンは手ごたえのなさに一瞬表情を驚きに歪ませた。しかし、すぐにスズセルの姿を探し、左右を見回したが、ログダンの視界がスズセルを捉える事はなかった。

「ぐはああ!!」

 人の群れの中心で痛ましい叫びが聞こえてきた。そう、スズセルはその人ごみの中に飛び込んだのだ。

「なめんじゃねぇ!」

 周りにいた大人達がスズセルに襲いかかる。その大人達をスズセルは顔色一つ変えずに次々と切り捨てていき、乱戦になってしまった。もうそれをルナやガンドに止める術はなかった。

 スズセルの口元はそれを望んでいたかのように笑みを作った。

 それを満足そうに眺めていたオーダイはもう何本も酒瓶を空け、それが周りに散乱していた。

 その乱戦が収まった頃にはもうほとんどの浮遊族の人たちはスズセルの愛刀の餌食となっていた。

死に行く者、苦しみのたうつ者、それでも立ち上がろうとする者。そのどれもが共通していることは獄望刀に血を残しているということだけだった。

獄望刀は血に塗れていて、まるで生き血を啜る悪魔のような存在感を放っていた。

「なんだよ、おい…嘘だろ……たった一人に…」

 傷を負ってもなお、スズセルに挑んだ中でただ一人立ち続けていたログダンは今までの勢いを失い、恐怖におののいた。恐怖を抱いたのはログダンだけでなく、浮遊族全員だった。

 何より恐怖を与えたのはスズセルに傷を付けるどころか、誰も触れられなかったという事実だった。

「こんなことが…くうぅ」

 ガンドは目の前で行われた惨劇に唇を噛み締めた。

「ガンドさん。落ち着いてください」

「あぁ。分かっておる。分かっておるが…」

「今、ガンドさんまでが冷静さを失ってしまってはもうどうすることもできなくなってしまいます」

「そうだな。すまぬ、ルナよ」

 佇んでいたスズセルは不意にログダンの方に向き直った。

「どうした?こんなものか?」

「ふ、ふ、ふざけるなああぁぁああぁあぁぁあ!!!」

 ログダンは恐怖に押し潰されそうな感情を怒りに駆られることで抑え込み、スズセルに向かっていった。

「ログダン!浮遊磁石!」

 ルナは腕を突き出して握ると引いた。それに反応するようにログダンの体が軽く浮き上がり、そして引っ張られるようにルナのもとに戻された。

「落ち着きなさい!!怒りに任せて向かってもただ殺されてしまうだけだわ!!」

「ルナ…悪い…俺のせいで皆が…もうダメ―――」

 ログダンの弱音をルナが遮った。

「しっかりしなさい!!」

 ルナは弱気になっていくログダンに一喝した。

「ごめん…そうだよな。今は諦めるんじゃなくて、どうするかを考えないとな」

 立ち直ったログダンの表情にもう迷いはなかった。

「イセト、レイル」

 ガンドが振り返らず、後ろにいた二人を呼び掛けた。

「何?ガンドじいちゃん」

「なんですか?」

「二人とも、今から言うことを聞けるか?」

 二人からはガンドの表情は分からなかったが、その険しさは顔の皺が更に際立たせていた。

「任せておいてよ」

「勿論です」

 ガンドは静かに手を挙げると、その手に吸い寄せられるようにどこからか中身がパンパンに詰まったリュックが飛んできた。そして、そのリュックを二人に投げ渡した。

「その中には浮遊族に関する書物が詰められておる。あとはこれを」

 ガンドは上着の中から折り畳まれた一枚の紙を差し出した。

「何これ?」

 イセトがそれを受け取った。そして、開こうとしたが、ガンドのまるで後ろに目が付いてるかのような言葉がそれを制した。

「開かなくともよい。それはカーロン王国のブーズ市の市長への紹介状じゃ。それを持って彼のもとを訪ねるのだ。分かったか?」

「でも、それじゃあ…」

 イセトの言葉をレイルが続けた。

「皆を見殺しにしろということですか!?私は嫌です!確かに私達は力になれないのかもしれないけど、だからって皆を置いて逃げるなんて…そんなの考えられません!」

「そうだよ、ガンドじいちゃん…僕も族長の息子としてそれはできないよ」

「これは子供の遊びじゃないんだ!!」

 怒鳴り声に二人は一度だけビクッと体を震わせ、怯えの表情を浮かべた。

「いいか?君達はたった二人しかいない浮遊族の希望なのだ。それを分かっておくれ」

 イセトは考え込み、神妙な面持ちで答えを出した。

「ガンドじいちゃん…分かった」

 いつになく真剣な表情でイセトが了承した。

「ちょっと!何言ってるのよ、イセト!」

「レイル。ガンドじいちゃんの気持ちも考えてあげようよ?ね?」

「私は嫌よ!行くなら一人で言って!」

「レイルちょっとごめん。ガンドじいちゃん」

 突然のイセトの言葉の意味が分からずに首を傾げた。そんなレイルをしり目にガンドは静かに呟いた。

「閃光遊」

 ガンドは光り出した右手を振り向く勢いのままレイルの目の前で振り払った。すると、レイルの意識は急速に遠のいていった。それはまるでレイルの意識をガンドの右手がかすめ取ったようだった。

 イセトはリュックを背負うと、レイルを抱きかかえた。

「すまぬな。イセトよ。それと、レイルを頼んだぞ」

「任せて!だって僕はお父さんの息子だもんね!レイルは必ず守るよ!!」

 笑顔で答えたイセトは振り返ると、そこにあったのは笑顔ではなく、決意の表情だった。

「だから、お願いだから、みんな死なないで…」

イセトは言い残し、駆け出した。

 ガンドがイセトの背中を見送り終わると、気だるそうに呟いた。

「さてと」

 ガンドは首を鳴らし、気合を入れた。

「ルナ、ログダン。覚悟は出来ておるか?」

「覚悟する前に一言だけ言わせてくれ。ルナ」

 ログダンはルナの瞳を見詰めた。

「この世で一番、君を愛してる」

「えっ…うん…ログダン…私も」

 状況にそぐわない、不謹慎な告白ではあるが、ルナは嬉しそうに頬を赤らめた。

「もう良いな?」

「あぁ!」

「はい!」

 燃え盛る住宅が崩れ始めるなか、三人はスズセルに向き直った。スズセルはそれに答えるかのように刀を振り払い、付いた血を落とした。

「飽きるほどの命の取り合いを、しようか」

 余談ではあるが、オーダイは完全な熟睡状態で親指をくわえていた。

「ママあぁ……ムニャムニャ…」


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