追われる者
シャンが荷台に片膝をつき、鞘に入ったままの剣の柄を握っている。
一方のマシューは二本の短剣を鞘から抜き、両手に持った状態だ。
もう、追ってくる馬の走る音がはっきりと聞こえる距離まで迫っている。囲まれた馬車が速度を落とし、やがて止まった。
「デオ・ゴーネル、大人しく出て来い!」
太く響く声投げかけられる。
「デオ・ゴーネル?」
誰のことかと視線をめぐらすと、鞄を抱えた男が真っ青な顔をしてがくがくと震えている。
ああ、とミルティは理解した。連中はその男を追って来たのだ。
「どうやら僕たちの出番はないみたいだね」
マシューが軽く肩をすくめて短剣を鞘に戻し、それをコートの内側にしまいこむ。
「おまえを呼んでいるようだが?」
シャンに声をかけられ、男がびくりと飛び上がる。
「あ、あ……あ……」
声も出ないといった感じだ。
シャンは嘆息して、剣を鞘に収めると幌に手をかける。
「シャン!」
「事情を訊いてくるだけだ。このままでは遅かれ早かれあいつらが乗り込んでくる」
「ま、待ってくれ!」
男が押し殺した、けれどかなり切迫した声を上げた。
シャンがちらりと男に視線を向ける。
「た、助けてくれ! 私は騙されただけなんだ!」
「なにもしてなけりゃ、追われることはないだろ?」
マシューが冷やかすように言う。
「事情を説明してもらえるかしら? 事と次第によっては、助けてあげなくもないわ」
「ミルティ!」
シャンがたしなめるように、ミルティの名を呼ぶ。
「どっちみちやりあうつもりだったんでしょ? だったら、この人が本当に悪いことをしていないとわかったら、助けてあげてもいいじゃない」
「余計な揉め事に巻き込まれたくはない。こいつが出て行って片がつく問題なら、とっととこいつを馬車から蹴落とせばいい。そうすればおまえだって早くトルクのところに行ける」
「シャン、あなた本当にそんな風に思っているの?」
「おや、修羅場?」
マシューに茶々を入れられ、ミルティはふぅとひとつ息を吐いた。
いけない、つい興奮してしまった。
シャンは剣士としてはとても優秀だけれど、融通がきかないところが問題だ。
「お願いよ、シャン。でないとわたしが出て行って話をつけてくるわよ?」
ミルティの脅迫じみた台詞に、シャンは深々とため息をついた。
そのあいだも、デオ・ゴーネルの名を呼ぶ声は外から響き続けている。
「やむを得ない。おまえの話を聞こう。だが時間がない。手短に、要点だけを」
シャンが苛立ちを押し殺した声で男に告げた。