盗賊
「違うな」
シャンがそう言ったのは、ミルティにようやく馬がたてる砂煙が見えるようになったころだった。
「わたしを追ってきたんじゃないってこと?」
「たぶん。全部で五頭ほどだな。どこかの荒くれ者の集団のように見える。盗賊かもな」
「と、盗賊っ!?」
頓狂な声を上げたのは例の男だ。
「おや。それは大変だ」
マシューが少しも大変そうに聞こえない口調で言う。その表情にも動揺は見られない。
「まあ、旅に盗賊はつきものだからな」
シャンはなんでもないことのように言うと、御者台のほうへゆき、後方から迫る連中のことを伝えている。
「怖くないの?」
シャンが離れた隙にと、マシューがミルティに近寄り声をかける。
「シャンが一緒だから、たぶん大丈夫」
「信じてるんだね」
マシューが口笛を吹く。
「だって彼から剣を取り上げたら、なにも残らないもの」
「なんとでも言え」
いつの間にか戻ってきていたシャンが、ふんと鼻を鳴らした。
「取り得がひとつでもあるってのはいいことだよ」
マシューが取り成すように言う。
「御者は武器の扱いには自信がないらしい。だが……おまえは使えるんだろ?」
「なにを?」
「とぼけるな。その胸にしのばせてある短剣のことだ」
シャンに指摘されて目を丸くしたマシューは、苦笑を浮かべた。
「へぇ、驚いた。確かに護身用に短剣を持っているけれど、残念ながら期待に添えるほどの実力はないよ」
「なんでもいい。いざとなったら、その男を守ってやれ」
「君は?」
「俺はこいつを守る」
シャンがきっぱりと宣言した。その言葉に、ミルティの心臓が何故か飛び跳ねる。
シャンはそれが仕事なのだから、当然のこと。
そう自分に言い聞かせるけれど、なかなか鼓動がおさまらない。
マシューがにやりと笑う。
「できるだけのことはするけどね。でも僕が窮地に陥っていたら助けてよ」
「可能であれば」
シャンのあいまいな返事に、マシューは肩をすくめた。