愛の逃避行!?
ミルティとシャンは乗合馬車で一路レッツェル山を目指していた。
馬車にはミルティたちの他にふたりの客が乗っている。
ひとりは栗色の髪と同色の瞳の痩せた男。
なにかにおびえている様子で、鞄を抱えて隅で丸くなっている。
もうひとりは金髪に灰色の瞳、仕立てのよい服を着込んだ男装の人物でマシューと名乗った。
女装をすれば女性にも見えるだろう。
色が白く、整った顔をしている。
マシューは正面に座るミルティにときどきちょっかいを出そうとしてシャンににらみつけられている。
初めて乗った乗合馬車はひどい揺れでお尻が痛かったけれど、贅沢は言っていられない。
これもあの、一に蜘蛛蜘蛛、二に蜘蛛蜘蛛、始終蜘蛛蜘蛛と言っている婚約者との結婚を阻止するためだと、ミルティは耐えていた。
シャンはそんなミルティの横に、剣を抱えて腰を下ろしている。
馬車は今、二番目の町を発ち、のどかに草原の中を走っていた。レッツェル山まであと半分といったところだ。
異変はそのとき起こった。
最初に気づいたのはシャンだった。ふいに腰を上げると、荷台の後ろにゆき、幌の隙間から後方の様子を窺い始めた。
「どうしたの?」
「馬が向かってくる」
「嘘!?」
ミルティもシャンの隣に並び、外を見る。けれどミルティの目にはなにも見えない。
「どこ?」
「まだ遠い。でもいずれこの馬車に追いつく」
「まさか追っ手?」
思わず呟いてしまってからはっと振り向くと、乗客の視線がミルティに集中していた。
「君、誰かに追われてるの?」
マシューが興味津々といった風に問いかける。
「え、いやあの……」
「ど、どういうことだ!? 巻き添えはごめんだぞ!」
隅で丸くなっていた男がきつい口調で言う。
「安心しろ。俺たちのせいで迷惑をかけるようなことはしない」
「口ではなんとでも言える。本当に迷惑をかけないと言うのなら、今すぐ降りてくれ」
シャンの言葉に、男が食ってかかる。
「僕からすれば、あなただって充分に怪しいよ」
マシューの言葉に、男はぐぅっと喉の奥を鳴らして黙り込んだ。
「あの、本当にそんな怪しい者じゃないですから。追ってくるとしても、うちの者です。わたしが勝手に家を飛び出してきてしまったので……」
安心してもらおうと口を開いたミルティの言葉に、ふたりはミルティとシャンを交互に見てから納得した、という風にうなずいた。
「なるほど、愛の逃避行か」
マシューが愉快そうににやりと笑った。