同行者
「あっ、待てっ!」
ふいをつかれて後れを取ったシャンが慌ててミルティを追う。
「見逃して!」
「そういう訳にはいかない。俺はおまえを連れて帰るように言われて来たんだ」
走りながら言葉を交わす。
「わたし、帰らないわよ!」
「とりあえず止まれ。話をしないことには……あ、おいっ!」
「だから嫌だって……きゃっ!」
石畳にできた窪みに足を取られ、ミルティがつんのめる。
次の瞬間、ミルティの体は浮いていた。シャンが素早い動きで、ミルティの体を抱え上げたのだ。
ミルティのすぐ脇を辻馬車が走り抜ける。
馬鹿野郎! という怒声を残し、馬車が走り去った。
冷たいものがつうと背筋を伝った。
「ミルティ」
「放っておいて」
抱き上げられたまま、すぐ傍にある灰青色の瞳をにらみつけてミルティがぴしゃりと言う。
「そういうわけにはいかない。わかるだろ」
「トルクに会うまで、絶対に帰らないわ」
「トルクに会ってどうするんだ。だいたいあいつにはもう……」
「会いたいの! もう、こんなの嫌なの。結婚相手は自分でみつけるわ。お兄さまもお姉さまもいるんだもの、三女のわたしが誰と結婚しようと、別に構わないじゃない!」
「そういうわけにはいかない」
「シャンはお父さまとお母さまの味方だものね! とにかく下ろして!」
シャンはトルクの友人で、ミルティたち三人はいつも一緒だった。子どものころはふたりとも自分の味方だったのに、とミルティは哀しくなる。
「断る」
「シャン!」
「もし、おまえになにかあったらどうするんだ」
「大丈夫よ。トルクのところにたどり着けば、あとは彼がなんとかしてくれるわ」
「そのトルクのところに行くまでが心配なんだ」
うっ、とミルティは詰まる。
今まさに怪しい連中にだまされたところを助けられたばかりなだけに、言い返す言葉がない。
「じ、じゃあ、シャンも一緒に来ればいいじゃない。まさか、あなたがついていて、わたしになにかが起こることなんて、ないわよね?」
今度はシャンが詰まる番だった。
ふたりしてしばしにらみ合う。
折れたのはシャンのほうだった。
「……わかったよ。どうせおまえは言い出したら聞かないし、俺だっておまえを連れずにひとりで帰るわけにはいかないんだからな」
そう言って長いため息を吐く。
ミルティはその返事を聞いて、心の底からほっとしていた。
さっきの件もあることだし、実はひとりだけの旅には不安を感じていたのだ。
「よかったわ。よろしくね、シャン」
ミルティの言葉に、シャンはもの言いたそうな顔をしたけれど、渋々うなずいたのだった。