追っ手
「そんな……」
金を与えれば満足して去ってゆくと思っていたミルティは、愕然として男を見上げる。
身代金、売っぱらう、その言葉が脳内を巡る。
なんとしても逃げなければならない。
そう決意したミルティは次の瞬間、男の股を蹴り上げていた。
くぐもった声を上げて、ミルティの手を掴んでいた男がうずくまる。
その男を飛び越し、ミルティは路地の奥へと駆け出した。
が、ぐいと髪を掴まれたミルティは頭を後ろに引っ張られ、数歩走っただけで囚われる。
「逃げられないぜ?」
大男がミルティの髪を吊り上げるように掴んでいる。
「いや――っ!!」
声の限りに叫ぶが、すぐに口を塞がれる。ミルティが両手足を思い切り動かしてなんとか逃げようともがいても、大男は一向にこたえた様子を見せない。
「ミルティ!」
名を呼ばれ、ミルティは、はっと動きを止めた。
聞き覚えのある声。
「シ、シャンッ!?」
シャンとは幼なじみで、昔からミルティの両親とも知り合いだ。
両親は、ミルティに対してなにか困ったことがあると、大抵シャンに頼ってきた。
今回も、シャンは両親に頼まれてミルティを探しに来たのに違いなかった。
見つかってしまったという思いと、助かったという思いが交錯する。
「このゴロツキが! その手を放せっ!」
言うなりこちらに駆け寄る足音と、なにかが風をきる音が聞こえた。
続いて鈍い音がしたかと思うと、大男の体がゆっくりと傾く。
ミルティは力の抜けた大男の手から髪を抜き取った。
ずしんという地響きとともに、大男が路上に倒れる。
「大丈夫かっ!?」
手に鞘に入ったままの剣を握ったシャンが、心配そうな顔をして立っていた。
光を弾く月光色の髪に、灰青色の瞳。きりっと上がった眉と、薄い唇。
ミルティが子どものころからずっと傍にいる青年だ。年齢はミルティより3つ上の18歳。
「シャン、あの……」
ミルティはあとずさった。
「ミルティ?」
「ごめんなさいっ!」
言い捨ててミルティは素早くシャンの横をすり抜けた。そのまま大通りに飛び出す。
助けてもらったのに悪いけど、まだ連れ戻されるわけにはいかない。
あんな、いつも蜘蛛蜘蛛とばっかり言ってるひとのところに、嫁ぐわけにはいかないのだ。