優しい手
時は既に夜更け。
窓の外には淡い光を放つ丸い月がぽっかりと浮いている。
シャンのことが気になって眠れないミルティは、もそもそと布団の中から這い出ると、そっと鍵をはずしてドアを開いた。
と、すぐそこに灰青色の瞳があって、驚く。
「本当に朝まで起きてるつもり?」
「ああ、当然だ」
「でも、寝ないと明日が大変よ?」
「一晩寝ないくらい平気だ」
なんでもないことのように、シャンが言う。
「でも……」
「おまえは早く寝ろ。おまえこそ体がもたないぞ」
シャンの口調から、ミルティのことを思いやってくれていることが伝わってくる。
「わたしだけ寝るなんて無理だよ」
「今更なにを言ってるんだ。俺たちは普段からおまえたちが寝ている間も警備してるんだぞ。いつものことだ、気にするな」
「気になるよ」
こんなにすぐ近くにいるんだもの。
シャンは小さく息を吐くと、その大きな手をミルティの頭に乗せた。
そしてそっと髪をなでる。
「いいんだよ、気にしなくても。俺はおまえの面倒をみるのには慣れてるんだ。この程度なんでもない。おまえだって覚えてるだろ?」
「なにを?」
「おまえを追いかけようやく追いついたと思ったら、突き飛ばされて池に落ちて溺れ死にそうになった。おまえの作った落とし穴に落ちて骨折したこともある。おまえを怒らせて思い切り蹴りを喰らったこともな。トルクに告白して玉砕した日には、一晩中おまえが泣くのにつき合わされた」
「そりゃあ、子どものころから数えたらきりがないくらいあるけど……」
それにしてもひどい、とミルティは自分の行状に目を覆いたくなる。
そして、何故シャンはそんな目にあってもまだ自分の傍にいてくれるんだろう、と疑問に思う。
なんでシャンの手はこんなに優しく頭をなでてくれるんだろう。
ふいに、ミルティは泣きそうになった。
好きでもない男に嫁がされそうになって、愚痴をきいて慰めてほしくて幼なじみのところを目指して家を飛び出した。
道中悪いやつに騙されそうになったり、辻馬車にひかれそうになったり、盗賊に追われたりとひどい目にあって、何故か両親の味方(つまりミルティの敵)と思っていたシャンに優しくしてもらっている。
こんなところまで来て、わたし、なにやってるんだろう。
そう思った途端、そんなつもりはなかったのに、涙がせきをきったように溢れだした。




