無口な男
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ある喫茶店のヒトツのテーブルで向かい合うように座る男女。お互い年の頃は20代の前半といったところだろうか。男は無表情で女を見つめていて女の方は、そんな男の視線が恥ずかしいのか俯いてしまっている。
周りにいる客や従業員からみたら、二人は付き合い始めの初々しいカップルなのか、あるいは女の一方的な片思いをしてデートに誘っているように見える。
だがこの二人、友人でもましても恋人なんぞでもない。この二人、つい五分前にこの喫茶店で出会った、丸切しの初対面であるのだから。
この二人の関係を言うのであるのならば、それは殺し屋とその依頼人であるのだ。
「・・・・・・あの・・・遅れてしまい本当に申し訳ありません。・・・電車が人身事故を起こしてしまいまして・・・なんとか急いで別の電車に飛び乗ってきたのですが・・・はい、本当にすいません。今後はこのようなことがないように・・・って私たちは今日限り会わない関係でしたね、すいません」
女、飯田裕子はそう言って申し訳無さそうに顔で何度も頭をペコペコと下げた。
「・・・・・・・・・別段、気にする必要はない・・・・・・」
重厚な響きで重い口を開く男、黒田。その声色には確かに人を落ち着かせる物があった。
「そ、そうですか! 良かったです! あっ、注文まだですよね? 遅れてしまったお詫びといってはなんですが、ここの料金は私がお支払いさせていただきます!」
「・・・・・・では、ブレンドコーヒーのホットを・・・・・・」
「はい、わかりました。すいませーん!」
裕子は手をあげて近くにいる店員を呼んだ。客もまばらにしか居ない時間帯だったので店員はすぐさまに馳せ参じた。
「ブレンドのホットと・・・・・・あと、小倉トーストセットでドリンクはロイヤルミルクティーで、あっ、あと食後にいちごパフェをお願いします」
注文された物を紙に書き写して確認の為に注文したもの復唱した店員は、「かしこまりました、少々お待ちください」と言って厨房へと姿を消して行った。
「・・・・・・・・・・・・」
黒田が裕子を怪訝そうな表情で見てきたので、裕子はバツの悪そうな顔で――。
「あ、あはは~実は私、今朝からなにも食べていなくて~。いや~本当にどうしようもない女ですね~私。女子力が真っ逆さまに落ちていっちゃってますね~あはは~」
「・・・・・・・・・・・・」
なんとかこの気まずい雰囲気を打ち壊そうとする裕子だが、黒田はクスリとも笑いもせず、ただただ無表情で裕子を見つめるだけであったのだ。
まいった。こんな無口で寡黙な人だとは思わなかった。これでは殺しの段取りを決めるのは疎か、意思疎通すら無理ではないのかと裕子は思った。
(やっぱり、最初からメールだけのやり取りで良かったんじゃないかな~。わざわざこんな人の耳がある喫茶店に呼び出すなんて・・・何、考えているんだろうこの人)
裕子はジッと黒田を全体的に見てみる。
全体的に無骨な顔で冗談が効かなさそうな――いや、実際効かなかったので、無骨で冗談が効かない男なのだろう。
グレーのスーツ姿にロングコート、その無骨な顔と一緒に合わせると一層に色々とヤバイ。街で彼と出会ったら大抵の人は道を思わず道を譲ってしまうだろう。勿論、裕子もその一人に入る。だって彼は絶対に最初にヤがついて最後にザがつく三文字の職業な人に見えるからだ。
「・・・・・・・・・なんだ?・・・・・・・・・」
「ひゃやゃ!! い、いいいいいえ。な、ななんでもありまへぇん!! す、すいません! すいません!」
「・・・・・・・・・ならば、そろそろ本題を話し合うべきだろう・・・・・・こうして我々が会っているのを見られのはマズイのではないのか? ・・・・・・・・・」
「そうですそうです、すいません。小倉トーストセット頼んですいません。デザートにパフェなんて頼んですいませんすいません!」
「・・・・・・もういい謝るな・・・・それよりも依頼をしたい・・・・・・殺し屋よ・・・・・・」
「そ、そうですね! はい、申し訳ございません! では、さっそくターゲットを教えてくれますか?」
「・・・・・・なんか色々と不安になる殺し屋だな・・・・・・」
「あはは、それよく言われます。本当に殺せるのか? とかなんて100回以上言われましたから」
「・・・・・・そうだろうな・・・・・・」
現に黒田もそうおもっていた。そして黒田は今もこの女は出来と容量の悪い女にしか見えなかった。
「安心してくださいよ・・・成功率は100%ですから。濃縮還元じゃない100%ですから」
「・・・・・・」
やはり、依頼するのやめようか。と黒田一瞬そう思いかけた時――。
「――じゃ、ターゲットの話をしましょうか――」
さっきまでのとぼけた感じとは違い、能面ような顔に黒田は戦慄した。
 




