銀の鳩3
これでこの話はおしまいです。今回は慣れない作詞にも挑戦してみました。お恥ずかしいかぎりですが、寛大な目をもってごらんください。
いぶかしげに見守るうち、触れ役らしい男が前に出、何事かしゃべりだした。だが歓声に紛れて聞き取れない。それから触れ役の男が下がるのと入れ替わりに現れたのは頭巾を被り、手に大きな湾刀を持った男だった。
コランは得心した。間違いない、あの男は首切り役だ。するとこれから行われるのは処刑ということになる。男は湾刀をきらめかせながら儀式めいた舞を踊っている。その間に先程うずくまっていた人間達が引き立てられてきた。
何の気無しに見つめていたコランの目が突然見開かれた。なんと罪人の列の中にあろうことかヤスミナの姿があったのである。
コランは絶叫した。だがその叫びは群衆の喚声の中にかき消された。そうしている間に首斬り役は準備を整えると、まず一人目の首をおもむろに刎ねた。首を無くした胴体から鮮血が噴きあがる。警護の兵士は用済みの死体をどけると次の男を手早く処刑台に据える。
その間に首斬り役は刀を研ぐ。そしてあらたに罪人の首を打ち落とす。
そうやって滞り無く処刑が進むうち、ついにヤスミナの番がやってきた。コランは呆然とし、普段祈らない神に奇跡が起きることを願った。だがそれははかない望みだった。
実を言うとコランは彼女が処刑された瞬間を見ていない。なぜなら恐怖のあまり意識を失ってしまったからである。気がついたときコランは宿屋のベッドで寝ていた。
「どうなされました」
レジガルデが心配げに尋ねる。幼い時からコランの守役を務めてきた彼には絶大の信頼を寄せている。
そのレジガルデから親身になって尋ねられては答えないわけにはいかない。コランは寝床から身を起こすと全てを話した。
「そうですか。処刑された人々の中に美しい女性がいましたがあれが若の……」
レジガルデの口からヤスミナが確かに亡くなったことを知ると、コランの目から涙が流れ落ちた。それは後から後から溢れ、ついにコランは寝床に突っ伏して嗚咽しはじめた。 その震える肩にレジガルデはそっと手を置き、無言でさすり続けた。
それからの数日、コランは悲しみに打ちひしがれ、ろくに食事も取らずに日々を過ごしていた。
一方都では新王即位への準備が着々と進んでいた。街は祝賀模様に包まれ、何かとざわめかしかった。
コランはその喧騒が耐え難く、終日寝床にもぐりこんでいた。しかしそれでも音は聞こえてくる。苛立ったコランは何か気散じになるものはと思い、部屋中を見渡した。
すると片隅に立てかけられたキーラが目に止まった。今となってはヤスミナを偲ぶ縁となる品物である。その為コランは却ってそれに目を留めないようにしていた。見るとヤスミナのことが思い出されて悲嘆に暮れてしまうからである。
しかし、今、コランはじっとキーラに視線を注いでいた。それからそろそろと寝床から起き上がると部屋隅へ歩み寄り、おもむろにキーラを取り上げた。
寝床に戻ると寝具の上に胡坐をかいて座り込み、キーラを奏する構えをした。
一つ深呼吸した後、つとコランはキーラを奏で出した。耳に馴染んだ曲を思いつくまま次々と演奏していく。一心不乱に。コランはキーラに没頭した。
そうやって興に乗って演奏していくうち、指が勝手に『銀の鳩』のさわりを奏で出した。
コランは一瞬躊躇した。しかし音の流れは止め難く、コランはそのまま身を任せざるを得なかった。
やがて歌の部分に入る。コランはちゃんと声が出せるか不安だったが、彼の喉から溢れ出したのは圧倒的な美声だった。我ながら惚れ惚れするような声だ。
歌い終わったとき、コランは言い知れぬ満足感に包まれていた。生涯最高の『銀の鳩』と言えた。それとともにコランの心中で何かがゆっくりと溶け去っていくような気がした。
それからコランは一日中キーラを演奏するようになった。合間には食事も取るようになり、レジガルデは安堵の笑みをこぼした。
そんなある日のこと、宿の亭主がひょっこり顔を出した。
「お客さん、無理を承知でちょっくら頼みたいことがあるんだが」
彼は申し訳なさそうな様子で声をかけてきた。
「何です」
「あんたいつもキーラを弾いてるだろ。誓って言うがあんたの腕前は大したもんだよ。そこで物は相談なんだが一つ下の酒場でキーラを演奏してはくれんかな。もちろんただでとは言わん。どうだろう」
一瞬考えたあげくコランはやってみようという気になった。
「ええ構いませんよ」
「そうか、それはよかった。では早速今晩からやってもらえんかね」
こうしてコランは観客の前でキーラを弾くことになった。私的な宴席以外では初めての経験である。
夜になって酒場にはぞくぞくと客がやってきた。満員となったところでコランの出番である。と言っても皆飲み食いに夢中でコランの方など見向きもしない。
そんな中でコランはキーラを奏でだした。
すると騒いでいた客達が潮が引くように口を閉ざし始めた。
やがて酒場は静寂に包まれた。聞こえるのはただキーラの音だけ。と、コランの演奏が止んだ。すると割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
こんな経験は初めてなのでコランは我知らず興奮した。頬を紅潮させたままコランは次の曲に入った。『銀の鳩』である。
窓辺に佇む銀の鳩に
我が恋歌を捧げよう
鳩よその歌を携えて
恋人のもとに飛んでおくれ
………………………
コランは興の赴くに任せ歌い上げた。歌っている間中、ヤスミナの面影が脳裏を過ぎった。それは心苦しいものだったが、今は耐えることが出来そうな気がした。
そして演奏は終わった。一瞬の沈黙の後、爆発するような歓声があたりに満ち溢れた。中には興奮して席を離れコランに駆け寄る者もいた。祝福の接吻を浴びせる女性もいる。
もみくちゃにされながらコランは言葉では言い表せない満足感に浸っていた。頬にはうっすらと涙が流れていたが彼自身は気づかずにいた。
その演奏の噂は瞬く間に街中に広まった。翌日からコランの音楽を目当てにぞくぞくと人が集まった。彼らの間で人気が高かったのが『銀の鳩』である。コランもそれに応えて毎夜演奏するようにしていた。
観客の熱狂的な声援に接するうち、コランの心中に自信のようなものが生まれてきた。音楽で身を立てる。それも悪くないと思えるようになってきた。
「若は変わられましたな」
ある時レジガルデしみじみと呟いた。
「前はふわふわと頼りなげでしたが、今はなにか身体に一本芯が通ったようで、見ていて安心感があります」
そういうものだろうか。変化とは自分では気づかぬものらしい。今ではヤスミナのことも美しい思い出として反芻出来るようになった。
今日もコランは舞台に立つ。彼を待ち焦がれている観客の為に。




