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銀の鳩  作者: 犬墓久司
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銀の鳩1

以前某誌に投稿してボツになったものです。三回に分けて投稿しますのでよろしくお願いします。

地平線の彼方に赤く沈む夕日が見える。いびつに歪むその姿は奇妙な美しささえ感じさせる。

コランはそんな光景を情感をもって眺めていた。単純に感動していたのだとも言える。

「若、急がないと。城門が閉まります」

守役のレジガルデが声をかける。これから二人はホルサム国の首府クスタンへ向かうところだった。

「そうだな」

コランはつと視線を逸らすと馬を歩ませた。城内の鐘楼からは閉門を知らせる鐘の音が響いてくる。それでもコランは別段急ぐ風もなく、城内へ入る人の列の最後尾についた。かなりの人の数で中々前に進まない。

「途中で門を閉められでもしたらことですぞ」

レジガルデが憂慮の声をあげる。

「そうなれば野宿でもすればいいさ」

コランは鷹揚に答えた。といっても彼自身、野宿など一度もしたことがないのだが。手持ち無沙汰のコランは暇潰しに並んでいる人々をあれこれ観察していた。人相、風体からどこの出身か、職業は何かと想像するのだ。その中で一人、特に彼の目を引く相手がいた。

それは一人の女性だった。まず注目すべきは見事にさまになっている乗馬姿である。かなりの乗り手と見受けられた。身を包む衣からするとホルサムのかなりの身分のものだろう。それだけなら高貴な令嬢といったところだが、その予想を裏切るのが彼女の腰に吊るされた太刀だった。使い込まれているようで、彼女の身体に馴染んでいた。

そうだとすれば彼女は武人か。そう思ってみれば身のこなしにも機敏さが窺える。ただ一つ残念なのは顔がヴェールで被われてよく見えないことだ。俄然興味の湧いたコランは列を離れ、彼女の方へ馬を寄せた。

「若、どこへいかれます」

 いぶかるレジガルデを無視して。

「随分待たされますね。いつもこうなんですか。私はこの街に来るのは初めてなもので」

「それではお主は災難に行き会ったことになる。ここ最近、街道筋での盗賊の跳梁が激しくなっての。それで詮議が厳しくなっておる」

女性は涼やかな声でさらりと答えた。

「盗賊、ですか」

コランは思案げに呟いた。だとすると野宿などもってのほかということになる。心配性のレジガルデが聞いたらなんというか。このことは自分の胸にしまっておこうと決めた。

「では早く城内に入らないと。締め出されてしまいます」

「案ずることはない。そのような無体なことはせぬ」

「そうだといいのですが」

「私が請合おう」

彼女の言葉には有無を言わさぬ響きがあった。ヴェール越しに覗く黒い瞳の光も彼女の誓言に力を与えていた。

そうこうするうちに列も短くなってき、自分達の番が近づいてきた。彼女の言った通り、日が沈んでも門が閉じられることはなかった。

「確かにあなたの仰る通りでしたね」

コランは謝意を示した。

「得心がいったか。ならばそろそろ列に戻るがよい。割り込みは許さぬぞ」

ここらで潮時だろう。コランは言われるままレジガルデのもとへ戻った。取りあえず顔見知りになったところでよしとすべきか。彼女の素顔を拝むのは次の機会ということにしておこう。また彼女と会えるであろうことをコランは確信していた。

城内に入った二人は適当な宿を見つけて旅装を解いた。だが落ち着く暇もなく、コランは宿を飛び出した。向かう先は歓楽街である。レジガルデは渋い顔をしたが黙っていくばくかの金を渡してくれた。

行ってみるとこの街の盛り場もなかなか繁盛しているようだ。思わず笑みがこぼれる。コランが真っ先に向かったのは賭博場だった。彼は博打に目が無かった。決して強い訳ではなく、いつも負けてばかりいた。賭けるという行為そのものに興奮を覚えるたちだった。

今夜も期待に胸躍らせながら賭場へと入っていった。


 コランの放ったくしゃみは夜空にカンと響いた。彼はぞくりと身体を震わせると首をすくませた。冷たい夜気が身に堪える。それもそのはずである。なにせ下帯一枚きりの素裸なのだから。

今回も景気良く負け続けた。尻の穴までむしられるとはこのことで、衣服まで剥ぎ取られたあげく、路上に放り出されてしまった。今はこうしてとぼとぼと宿へ向かっているという有様である。

だからといって彼が意気消沈しているというわけではなかった。むしろ傍目には清々しているように見えたことだろう。

それはこれが彼にとっては遊戯にすぎないからである。もとより全財産を無くしたわけではない。衣服だってレジガルデに頼めば見繕ってくれるだろう。だからなんの心配もいらないのである。博打は彼にとって、身に危険の及ぶことのない、安全な遊びだったのである。

「うう冷えるな」

しかしこのままでは風邪を引きそうだ。早く宿に帰って温かい汁でも恵んでもらおう。そう思って足早に角を曲がった途端、出会い頭に誰かとぶつかった。

そしてそのまま相手の懐に入り込む格好になってしまった。顔の所にふくよかな胸が当たる。女性のようだ。しかもコランより背が高い。

「すみません」

慌てて身体を振りほどきながら顔を上げると、月明かりのもと、ヴェールから覗く双眸と目があった。見覚えがある。さっき城門で話した女だ。こんな所で出会うとはなんと奇遇な。相手もそれと気づいたのだろう。「お主ではないか」と呟くとコランの姿を上から下まで眺め渡した。

「しかし、なんだそのなりは」

呆れるのも当然だろう。こんな夜更けに下帯一枚きりで通りをほっつき歩いているのだから。不審を解くためにコランは事ここに至った経緯を説明した。

「しょうがない奴だ」

納得した女は溜息を一つついた。一方コランはこの邂逅に感謝の念を覚えた。彼女との不思議な縁を感じずにはいられない。

その時、大人数が行進しているような足音が通りの向こうから聞こえてきた。

「まずい」

女は慌てたように叫ぶとコランの腕を掴んで駆け出した。

「どうしたんです」

「巡警だ。見つかればお主、牢に放り込まれるぞ」

「なぜです」

「話はあとだ」

女は構わずコランを引っ張り続ける。かなりの力だ。

やがて彼女は大きな邸の前で止まった。そして木製の扉を叩く。程なくして脇についた通用門が蝶番を軋ませながら開いた。

「入れ」

促されてコランは門を潜る。そこには明かりを手にした小柄な男がいた。従僕らしい。

「これで大丈夫だ」

後から入った女が安堵の声をあげた。

「何をそんなに慌てているんです?」

「この街は風紀に厳しくてな。人前で裸を晒しただけで捕まってしまうのだ」

すると危ういところを救われたというわけか。コランは改めて女に感謝した。

「これも何かの縁だ。今夜はこのまま私の邸に泊まるがよい」

「ありがとうございます。それではお近づきの印にお名前を教えて頂けないでしょうか。私の名はコランと申します」

「ヤスミナだ」

彼女は簡潔に答えると目元に笑みを浮かべた。どうやら好感を抱いてくれたらしい。彼女の名を知った事とともに大きな収穫を得たといえた。

「取りあえず中へ入ろう。ダミル、何かこの者に合うような服を見繕ってくれ。ところでお主、いける口か」と言って杯をあおる手真似をする。

「ええ」

「ならばお主、ちょっと遅いが一献つきあってはくれまいか。丁度時間も空いたのでな」

「喜んで」

酒と美女とは願ってもない取り合わせである。コランは顔も見ないうちから彼女の事を美女だと決めつけていた。

その時、ふとレジガルデのことが脳裏を過ぎった。彼のことだ、寝ずにコランの帰りを待っているに違いない。どうしようかとも思ったが結局放っておくことにした。これまでも朝帰りということは何度かあったし、多分大丈夫だろう。

「では酒肴の準備が整うまでしばらく待ってもらおう」

コランは別室に通された。少したって下女が衣服を持ってきてくれた。上質の絹織物だった。コランはヤスミナの気前の良さに感じ入った。

 やがてさっきのダミルという男がやってきて、酒宴の用意が出来たことを告げた。コランは彼の案内のもと、客間へと足を運んだ。

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