(6)
そこはある種異世界のような物だった。 遊びを許さない厳かな雰囲気、故人に対する人への様々な感情、悲しく妖艶に咲く彼岸花。 墓地だった。
「かれこれ一年ぶり……かな、色々あってこれなかったんだよな」
「君は色々あった、仕方ないさ。 何、墓の周りの掃除なら僭越ながらやらせてもらってるしそこまで思いつめる必要は無い」
「それって罰当たりに当たりませんよね? よく墓地のマナーとか知らないのですが」
どこか誇らしそうに葵は呟いた。
「まあ、葵さんの通常モードの愛想なら先祖も許してくれると思いますよ。 むしろ俺がおろそかにした分を何処で喰らうかって考えると怖くて仕方ないですね」
「それは天罰だと思って諦めるんだね」
「墓地で天罰って言葉は流石に罰当たりって考えますが」
「何、この美貌なら少しの罰も許してくれるだろう」
「同じような事をさっき自分で言いましたが撤回したくなってきましたね」
そんな事を話しながら彼方達は目的地へと向かった。 彼方の手には花と桶、葵は何故か慣れた手つきで剪定バサミを弄んでいた。
『彼方、用事とはこれだったのですか?』
「姉ちゃんが死んで今日で二年目、覚えてたかな?」
『無論です、相棒でしたから』
アリスはどこか淋しげに返答している。
その淋しさへの優しさが見当たらなかった彼方は声をかけられなくなり無言が訪れた。 が、その無言の終局もすぐに訪れた。
「彼方君彼方君、何処へ行くんだい。 君の家の墓地はここだろう」
「あ、すいません。 久しぶり過ぎてどこか忘れてました、どうかしてましたね。 自分の記憶力は中々と自負していたのですが、そうでもなかったようです」
少し考え過ぎていた彼方は気付けば葵とある程度距離があった。
駆け足で戻ると彼方は少し苦笑した。
「葵さん、ここは違いますよ。 僕の家の墓はこんな芸術的な綺麗さはありませんでした。 さらに見てください、今供えたんじゃないかってぐらい瑞々しい花があるじゃないですか。 嫌ですねぇ、やっぱりもう少し先だったんですよ。 さあ行きましょ、葵さんの仕事も残っているわけですし」
「いやでも、ここに蒼創家って書いてあるけど」
「はぁ!?」
あまりの驚きに普段は出さないような声を出してしまった。
確認してみると、そこには確かに蒼創家と刻まれていた。
「あの……姉ちゃんと一緒に来た時、周りには迷惑にならなければいいや程度にしか考えていなかったのですが。 木とかこんな綺麗に生え揃っていなかったのですが」
「私の実力、って所かな」
くるくる回していた剪定鋏を彼方の方に向けドヤ顔をする。
「やめてくださいよ、こんなの維持できません」
「なに、行方ちゃんが眠っているんだ。 何時だって私は来るよ」
「仕事は終わって無いでしょう」
「こんな仕事は次来る時までに終わらせるさ、それが私の覚悟だ。 行方ちゃん、君は私の代わりに殿なんて務めて死んだ、その事は許さない」
蒼創行方の最期、太平洋撤退戦の後死体は見つかっていない。 死んだと言う証拠は飛ばされてきた掃滅銃アリスとの契約が破棄されていたという事実を以てだ。 故に、この墓に行方は眠っていない。
「私には私の人生がある、行方ちゃん縛りの人生なんて私は送らない。 ……ま、頼み事ぐらいなら頼まれるけどさ」
表情が悟られぬよう顔をうつむけながら独白した、その言葉からも感情を推し量る事は出来ない。
墓から一歩下がり、彼方と位置を入れ替わる。
そして、彼方は思いを語る。
「俺は姉ちゃんが何かを隠してるとしか知らなかった。 知らなかったし知らなくていいと思っていた、それぐらい姉ちゃんがくれた世界は楽しかった」
それでも、泣きそうな声で続ける。
「姉ちゃんは死んだ、世界は壊れた。 では、どうする?」
アリスを墓石に向けた。
「俺が世界を救う、姉ちゃんの代わりに、姉ちゃんとして」
色々な感情を隠した笑みを浮かべる。 その笑みはくしゃくしゃになっていた。
「安心してくれ、俺には姉ちゃんの相棒と姉ちゃんの親友がついているんだ。 しっかりと姉ちゃんの代わりになって見せるさ」
そうして彼方は自分が死人の意志を受け継ぐと誓い直した。