(4)
人は限界を迎えるとどうなるのだろうか。 彼方が寝れない夜に時間潰しで考える脳内議題の一つだ。 目が虚ろになる、禿げる、胃痛で死ぬかもしれない。
最も、その結果を自分の身体で知るとは思わなかった。
「魔腐は再生の習性がありコアを破壊するのが常識コア探し方コアの周りに魔腐は溜まる駆逐者能力人間の数十から数百倍武器攻撃の特殊能力と身体への変化が大きな種類基本銃しかし例外的に違う武器魔腐の発生原因は魔人にある魔人駆逐が狙い魔人発生の場合コアは魔人とな」
『彼方、うるさいです』
「はぁぁぁぁぁぁ…………」
人生で一番勉強をした、一番高い密度の情報を受け取った。 脳に直接響く言葉は意識をシャットアウトをすることも出来ず、自分の知識とする選択しか無かった。
「まじで疲れた…… 駆逐者って大変なんだな」
『彼方、さっきも言いましたがこれは極めて初歩的な知識です。 今すぐ、とは言いませんがゆっくりと知識を深めていく事は必須です』
「勘弁してくれよ、俺は本当に頭が悪いんだ」
彼方の言葉にウソは無い。 事実、中学時代に死ぬほど(文字通り餓死するレベル)勉強した結果はよくも悪くも無い平凡な学力の学校だ。 その上、その学校では落ちぶれ底辺だ。
『安心してください、彼方。 彼方の頭の悪さなんて把握しています』
「そうか、真に頭のいい奴はハッキリと酷い事を言わないって知っているか?」
『私の言葉は彼方の脳内に直接響かせる事が可能です、何回も擦り込めば忘れるという事は無いでしょう』
「それは一種の拷問としてあったはずだ」
『彼方の中に私のを何度も擦り込み忘れられない身体にします』
「妙な言い方をするな」
彼方は頭痛に耐えるようにこめかみを押さえる。
「って、おい待てよ。 それなら、テストにアリスを持ち込めば俺の成績も上がるんじゃ」
「許可するわけがないでしょ?」
無駄に閃いたと感じた彼方は後ろから迫って来るチョップに気付く事は出来なかった。
「や、山村室長……」
「ん、今から外に出るんじゃないの? 私も行き先が一緒、だから階級なんて気にせず昔みたいに葵さんでいいんだよ?」
「一人で行きたいのですが」
「なら室長命令、外出権限取り上げるけど?」
ッチ、彼方は周りに聞こえる音量の舌打ちをした。
『山村室長、あなたに課せられた……いや、科せられた雑務は一日の猶予もあるものではないでしょう』
「それは心配ない、一日ぐらい古橋君に丸投げしたって文句は言わせないさ、なんのために与えた階級だと思っているのかって話だよ」
葵は少し引き攣った笑顔で話した。
最強の伝説の片割れ、山村葵。 蒼創行方が倒れてからその重要度は増したのにも関わらず事務職。 そんな状況を本部が快く思う訳も無く、その結果山のような雑用を不可能と思われるレベルの期限での提出を義務付けられた。 当然、一日でも間に合わなければ即刻戦線復帰という条件を付けられて。
「それに、私がもしも戦線に復帰したらこの雑用は古橋君の役目になるんだ、ならば練習と言う事でも悪くは--」
[あーあー、山村葵室長今すぐ戻ってこい。 なお全職員に告げる、暴徒鎮圧装備を準備した上で山村葵室長を捕えろ、捕えた者には一週間の休暇を与える。 繰り返す、繰り返す]
「…………」
『…………』
絶句、である。 息苦しい沈黙が流れる。 通路の先からは「あそこにいたぞ!」「麻酔銃の照準をつけろ!」等と聞こえてくる。
「あの……山村室長」
「葵さん」
「…………葵さんはどのレベルの仕事の丸投げをしたのですか?」
「いやぁ、昨日から取り組もうと思ってたんだけど魔腐が発生しちゃったでしょ? そっちの報告書仕上げてたら一週間分の何も書かれてない報告書があってね」
「提出日は?」
「ん、今日の夜」
「今すぐ帰って働くべきです」
「嫌だ、今日はお出かけって決めてるの」
まるで糞餓鬼だ、彼方は内心で思った。
完全に仕事のスイッチがOFFになっている、なら今の時間ももったいない、さっさと行ってさっさと帰って来るべきだ。
「いいんですね、クリーム」
『吾輩が何を言ってもこいつは聞かん、無茶を言うのではない』
話はまとまってしまった。
「さあ、車は向こうだ。 行こうか」
麻酔弾を手で止めながら葵は歩き出した。